一昔前に一世を風靡したマルチビジネス。
それは今の時代も確かに存在していて、ふとしたところに根付いている。
マルチにハマっている母親、マルチに勧誘されそうな友人、マルチで買わされた20万の鍋セット
日常的に使う商品をマルチの商品に代替えし、品が良いからと消費し、他人へと勧める。それは口コミで良いものを勧めているようでいても、他人はそれをどこか冷めた目で見つめている。
それって人的資本の切り売りで、マルチビジネスにのめり込むほどに人間関係は希薄になり、マルチの集まりに執着していく。
でも、その空間には確かに助け合える共同体が成り立っていて、世間から切り離されるからこそ、強い団結と結束感が生まれる。
そういう場に救いを得ている人も確かにいるのだ。
マルチビジネスはただお金を得るためだけではない。何かを抱え、何かを失い、何かを探している人たちが集まる場所。
そして、それに振り回される家族がいる。
そんな家族を持つ女の子がマルチビジネスのパーティに誘われて着いていく話し。
決してマルチビジネスを一方的に悪く言うでもないし、擁護するわけでもない。ただ純粋にそこにいる人々を優しく見つめる良作です。
>>「またママ、パーティ開いとるやん。ノルマ足りへん友だちのフォローまでして」
マルチとは、『生活』である。
日用品を買うだけで、日々が生き生きとするからだ。
>>「稼いでるトップの人に憧れて、「あの人みたいになりたい」から始まるんだ」
マルチとは、『権威』である。
何を買うかではなく、誰から買うかで価値が決まるからだ。
>>「アホで、愛想よくて、友達も無駄に多い。喉から手ぇ出るほど欲しい理想のカモだ」
マルチとは、『商売』である。
友達との会話にも、いつの間にかビジネスの匂いを混ぜるからだ。
>>「そうだ、今日は特別ゲストも来てるよ。元スーツアクターの×××……知ってるよね?」
マルチとは、『成就』である。
我々が見るのは、いつも成功した彼らの展示だからだ。
>>「でも今は違う。仲間がいる。苦しい時は、誰かが当たり前に手を貸してくれるんだ」
マルチとは、『友情』である。
みなが幸せの正解を知ってる顔をして、笑っているからだ。
……もしかして、間違ってるんウチの方なん?
マルチって、ほんまは悪くないんやろか。
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マルチとは、『誘蛾灯』である。
キラキラした光に酔わされ、最後は身も心も焼け落ちるのだから。
――絶望しろ。