第24話 確執を解きほぐせ!
辺り一帯に木の匂いが満ちている。
どこはかとなく覚えがある。恐らく昔嗅いだ新築住宅の香りだ。
縄張りは基本的に村の一般的なものと同じ様だ。
あちこちで村人たちが忙しなく動き回っていた。
「おーい、そっち持ってくれ!」
「あらよー!」
場所は村の出入り口にほど近い開けた更地である。
これは別に新参者だからと言う訳ではなく、叡智の考えがアガサたちの意見と一致を見たからだ。
叡智が村を護って欲しいと言ったので、それでは危機が迫ればすぐに対応したいと言う意思をアガサたちが見せたのだ。
「主様! 先程振りだけれど何かありましたか?」
突然現れた叡智の姿を目敏く見つけたアガサが手を振りながら駆け寄ってくる。
表情はとても嬉しそうで、明るいものだ。
普段から冷静で真面目なアガサだが、無邪気な様子に少しばかり安堵する。
「アガサさん、おつかれさまです。大変そうです……」
額に汗するアガサを見て、紫苑も心配した様子だ。
それを聞いたアガサは紫苑に綻ばせた顔を向けて、両手で抱き上げると高く掲げている。
気遣いが嬉しいのだろうが、一方の紫苑は子供扱いが嫌なのか、ぶーたれている。
ラーズは村人と何やら話をしているが、周囲からは基礎を組み立てる
「ああ、ちょっと様子を見に来たんだよ。何か困ったことはない? 仕事は初めてだと思うけど慣れれそう?」
「はい。やり方は覚えました。ただ――」
言い難そうに口ごもるアガサに叡智が問い質そうとした時、村人の男に呼ばれて慌てて行ってしまった。
村人と何か摩擦がありそうだ。
そんなことを考えていると、横手からに不意に声が掛けられる。
「叡智様~! 私たちはもしかしたら歓迎されてないのかも知れませんね~」
驚いて顔を向けるとサラがにこやかにほほ笑んでいた。
だが言っていることは不穏だ。
それにしてもまるで忍びの者だ。気配を全く感じなかった。
いつの間にいたんだよ……。
「何かあったのか?」
「ちょっと心当たりがないですね~。ですけど人間との交流は研究所以外では初めてですし、私たちが無意識の内に何かしてしまったのかもです」
唇に人差し指を当てて、サラは少し考えて言った。
彼女たちは素直で良い
バイオドロイドとは言っても、人の気持ちを理解して気遣えると思っているし、はっきり言って印象は人間と全く変わらない。
「叡智ぃ! 何かあるんならダルトンに話してみたらどうなんや?」
「うーん……」
木を図面通りに鉄の
2人共に表情は真剣で、一生懸命に取り組んでいるのが良く分かる。
とは言え、まだまだ作業はぎこちなく、上手いとは思えない。
それはそうだ。初めてやることだし、いきなり色々と指示されてもすぐに対応するなど難しいに決まっている。
人間ですら手順書を見たり先輩からの指導を受けたりして、ようやく出来るようになるのだから。
「それは止めた方が良いな。上の立場の人に言いつけるようなことをすると、それが余計な反感を買う可能性がある……と思う」
あまり作業の邪魔をするのも悪いとは思ったが、叡智は作業中の棟梁に話し掛けてみることにした。
「どうもネディムさん、お忙しいところすみません」
叡智は他の村人たちに指示を出しながら、木材加工を行っていたネディムに話し掛けた。汗を拭って顔を上げた彼の表情からは、疲れを感じさせないほどに爽快な感じしか見て取れない。
「おお、サトシ君か。構わんぜ。急用かい?」
「はい。実はアガサたちのことなんですが……何かありましたでしょうか?」
少なくとも叡智は否定されていない。
それは理解できる。
恐らく最初に村を救ったのと、ダルトンの治療に携わっていること、食糧と道具を支援したことなどが大きいのだろう。
「いや特に何もないんだがね……」
ネディムは豪快でさっぱりとした気持ちの良い男性だ。
その彼が歯切れ悪く言葉を濁している。
それを見た叡智は、共に建設作業を行っている男衆に、アガサたちに思うところがあるのだと察した。
恐らく未知への不安――
すぐに取り除くのは困難だろうが、当たりを和らげることはできる。
「ネディムさん、今夜家を建ててくれている皆さんと一杯やりませんか?」
叡智は杯を傾けるような仕草をしてにっこりと笑い掛けた。
―――
村の外から来訪する客人用の建物に、ネディムを始めとした男衆が集まっていた。
紫苑とラーズには飲酒させるつもりはなかったので、村長宅にお邪魔させてもらっている。
ネディムもそうだが、皆一様に嬉しそうな表情で目を輝かせて期待に胸を膨らませているのが良く分かる。
「皆さん、
おお!とあちこちから歓声が上がり、場はますます騒々しさを増した。
あの後、叡智は日本に戻り、日本酒、ビール、カクテルなど色々な種類のアルコール類を購入してきた。
もちろん酒の
財布が痛い……アロルドには早く先立つ物を……。
そして酒宴が始まった。
薄暗い室内で、叡智は積極的に酒を進めて回る。
「こんな金属見たことねぇな! 開け方も変わってるしなぁってかどうやって中身を入れてんだ?」
「しゅわしゅわが堪らないぞ! こんなの初めてだ! 弾けやがるぜぇ!」
「この綺麗に澄み渡った酒の凄さが分からんのか……これは味だけじゃない。目も楽しませるな」
異世界ではワイン、エール、
滅多に飲めない、それどころか入手不可能な異世界の酒である。
皆の手が動きを止めることはなく、ひたすら呑み喰い、他愛ない話に花が咲く。
やがて
「えー皆さん、宴も
少し声のトーンを抑えて発せられた言葉の中に、叡智の真剣さを感じ取ったのか、全員の耳目が集まった。
ただ騒々しさ自体は収まる気配はない。
「サトシさんの話なら何でも聞くぜぇ!」
「よくしてもらってるからなぁ。今日も美味いもんが飲めてラッキーってなもんよ! 役得役得!」
酔っているだけあって陽気な者ばかりだが、本心を聞き出すためにも良いだろう。
叡智はあまり重くならないように気を付けながら話し始める。
「実は新しく村へ連れてきたバイオドロイドのアガサとドロシー、サラについてなんですが」
それを聞いた村人たちの騒ぎ声が徐々に小さくなっていく。
やはり彼らにも自覚はあるのだろう。
「もし彼女たちに何か思うところがあるようなら教えてもらえませんか?」
「おう……皆、サトシ君の話に正直に答えてくれ」
フォローを入れるネディムの言葉にとうとう全員が黙り込んだ。
多くの者が俯き加減になって何やら思案顔をしている。
「別に怒りませんから安心してください。俺は彼女たちとも仲良くして欲しいだけなんです」
叡智の一押しにぽつぽつと呟きのような声が漏れ始める。
「別に虐めようとしてる訳じゃない……だが何か拒否感があるんだ」
「そうだな。彼女たちは人間じゃねぇんだろ?」
「何だか怖いんだ。あの
「それを言ったら俺もこの世界の異物になります。魔法を使って人だって殺せる」
叡智が手にしたガラスのコップが、無意識の内に床に叩き付けられ強い音を立てる。
珍しく語気を強めた叡智に驚いたのか、村人たちが慌てたように言い訳を始めた。
彼らの気持ちは分かっているはずなのに、ムッとして言い返してしまった自分に叡智は愕然とする。
「いや、サトシさんは村を護ってくれた恩人だ!」
「そうだぜ……村長の病気も見てくれてるし色々と支援してくれてる……」
「それにカンジさんの曾孫さんだ。誰も心配してねぇよ」
いや、言い訳などではなく短期間で仲が深まったのは、彼らの言う通りなのだろうと思う。事件が起こったことが良い方向へ作用し、それが叡智を村へ馴染ませる一助となったのだ。
「確かに彼女たちは人工的に生み出された存在ですが、その本質は人間と同じなんです。彼女たちだって辛いと思うし、ちゃんと傷付く」
切実な叡智の訴えに村人たちは黙り込んだ。
誰もが気まずげに視線を落として身じろぎ1つしない。
「彼女たちはちゃんと心を持っています。そして何千年も遺跡に縛りつけられてきた。ずっと寂しい想いをしてきたんです」
感情的になってはならない。
バイオドロイドの事情とその人格は、短時間とは言え、濃密な戦闘を通して理解できた。
だがそれは叡智の話であって、何の関わりもなかった村人にいきなり理解を求めるのは違う。
「未知への警戒感を否定する気はありません。頑張っているから直ぐに認めて欲しいと言うつもりもありません。ですが少しずつで良いので彼女たちの人格を見守って頂けませんか?」
押し付けてはいけない。
叡智としてはただただ誠実に頼み込むことしかできないのだ。
それに彼女たちの存在は、もしもの時の武力にもなることを仄めかしておく。
「それにその恐れ――彼女たちの力が村を脅威から護ることに繋がることになるでしょう」
村人たちにはバイオドロイドと言う存在を丸ごと受け入れて欲しいし、そうでないとあまりにも寂しすぎるではないか。
単なる利害の一致だけの関係であって欲しくない。
お互いに思いやれる者であり、村を護る頼りになる存在。
村の一員として受け入れられねば――
「とにかく、彼女たちは殺人兵器ではなく……もう1度言いますが、中身はただの人間と変わりありません。俺がそれを言ってもすぐには信じられないでしょう。なので彼女たちの行動を見て少しずつでも距離を近づけてもらえませんか?」
畳み掛けるように一気に話し終えた叡智は、皆に向けて深々と頭を下げた。
それを見て慌てたのは村人たちである。
もう何度目になるかの取り乱しっぷりだ。
「皆、サトシ君がここまで言うんだ。サトシ君を信じてるんならバイオド……いやアガサ、ドロシー、サラを受け入れる努力をしてみても良いんじゃないか?」
ネディムがそう言ってくれたお陰もあって、村人たちからも納得の声が上がり始める。
未だ警戒して浮かない顔をする者もいるようだが、慌てても良いことはない。
少しずつでも受け入れてもらいたいと思う。
「ネディムさん、皆さん、ありがとうございます。彼女たちのこと、どうかよろしくお願いします!」
改めて叡智はネディムに御礼の言葉を述べた。
その姿勢に感じ入ったのか、彼も照れ臭そうに鼻をこすりながら視線を逸らす。
それでも無理やり表情を引き締めたネディムはきっぱりと断言してみせた。
「この村に除け者なんてないのさ。ダルトンさんもそう言ってたろ? それよりサトシ君が来て良い方向に変わり始めてるんだと思おうじゃないか!」
どうなるかは分からない。
だが、やらないよりはマシ程度のことはできたと思う。
「さて、辛気臭い話はこの辺にして。実はまだお酒は残ってます。もう一杯やっちゃってください!」
―――
外ではバイオドロイドの3人が、夜空に輝く星を見上げていた。
叡智の行動に何かを感じ取ったサラが他の2人を誘ったのだ。
「全く……丸聞こえだな。主様と言う方は……」
冷静な口調で言ったは良いが、アガサの表情は緩んでいた。
いつもの精悍な顔とは全然違う。
「叡智様はあたしたちのことを考えてくださってるんだねッ! もっと頑張らないとッ!」
普段から元気一杯で、泣き言など言わないドロシーですら瞳を潤ませているほどだ。
サラは今後、結果がどうなろうと構わないと思っていた。
もちろん未来のことなど分からないし、叡智の行動が正しいものなのか判断できるはずがない。
それでも叡智が自分たちのことを考えていてくれたことが嬉しいのだ。
「だ~から大丈夫って言ったでしょ~! 叡智様はちゃんと見てくれてるってね。それに仰る通り、私たちも村の人たちに理解してもらわないとね~」
だからこそ叡智の望むような未来へ向えるように、行動して行きたい。
呑気そうに言ったサラの言葉に、ドロシーの目が決意に燃える。
泣いた
「あたし、もっとコミュニケーションを取るわッ! なーに、あたしが本気を出せば村の人たちもメロメロねッ!」
「ふふッ……ドロシーはほどほどにな」
「ええッそれをアガサが言うの!? 一番お堅いのは貴女でしょーが!」
「なッ……私は慎重にだなぁ!」
アガサとドロシーが言い合いを始める中、サラは1人静かに考えていた。
研究所の世界が全てだと思っていた。
だが、叡智は呪い染みた縛めから解放して外の世界へと導いてくれた。
世界はもっと広いことを教えてくれた。
この村に受け入れられるように取り計らってくれた。
自らが縛られていたとは思わないが、戦闘しかしてこなかったサラにとってはこれまでの価値観は引っくり返った。
別に自身を護る必要などないと言う。
それでも私は――
「研究所の人たちとは違う御方……叡智様は私が護るわ……例え何があっても」
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