第19話 居場所 (3)

あっという間に街を抜け、久保田の指示通り走る。

そこには広大な土地が広がっていた。街の南側は牛や豚、羊などの動物の放牧地域として活用されている。

点々と動物の姿が見えた。その中に獲物を探すように歩くゾンビもいた。

ハンカチが赤く染まる。だが、肘も膝も擦った程度で大した事はなかった。

ゾンビの首にカッターを突き立てた感触がまだ手に残っている。

あの時は成瀬を助けようと必死だった。

ワクチンがあれば、あのゾンビも助けられたかもしれない。頭の片隅に自責の念が渦巻く。

奴らからは血の匂いが染み付いていた。大学にいた人達をかなり喰らったに違いない。

あれは仕方がない事だったのだ。

清水は自分の行いを何度も自らに説得した。

太陽が傾き始め、オレンジがかった日差しが辺りを照らす。

こんな事をしてまで生きる意味はあるのか。ふとそんな疑問が浮かぶ。

別に生き延びた後にやりたい事もない。

全てが夢であればよかったのに。

変な夢を見たんだと他愛ない話を親友としたかった。

水平に広がる草原に目を向けながら、そんな現実逃避に思いをせる。

彼女は本当に死んだのか、それともどこかで生きているのか。

生きているなら、また一緒に過ごしたい。清水の中には、それしかなかった。

虫除けのおかげか、今ここにいるメンバーはゾンビ化していない。

しかし、ゾンビ化しようとしてなかろうと、残された時間はあと二十四時間もない。

死んでしまったら、再会が叶う事はない。

親友に会うためなら、ゾンビを何匹殺したって構わないのだと、清水は思いを強く持った。

太陽が完全に隠れ、暗闇が世界を包み込む。それと同時に景色が草原から林へと変わっていく。

もう三十分は走っただろうか。

成瀬が久保田に向けて再び呼び掛ける。


「あとどれくらいかかりますか?」

「三十分くらいだろうな」


本当にこんな辺鄙へんぴなところに研究所があるのだろうか。

道の周りに生い茂る木々が風に揺れる。日中とは違い、そのざわめきさえも不気味に感じた。


「なんだ?」


空を覗き込むように成瀬が外に目を向けていた。その方向を見上げると、見えづらいが林の奥から煙があがっているのが見えた。

すると、間もなくして木を押し退けるように民家が建っていた。平屋建てだが、かなり大きかった。最近建てられたものではなさそうだ。

先程見えた煙は煙突から出ていたもののようだ。家の中は明かりがついている。

こんなところに誰か人が住んでいるのだろうか。

成瀬は車を止めると後ろを振り向く。


「ここから黒岩先生の研究所はどれくらいですか?」

「あと二十分もかからないはずだ」

「ここでガソリンをもらえないか聞いてきます」


家の前には原付バイクが置かれ、その横にはガソリンタンクも三つあった。

運転席を覗き込むと、ガソリンのメーターがゼロに近くなっている。


「ここにもゾンビがいるんじゃないのか?もう研究所はすぐそこだ。そのガソリンタンクだけ盗って、このまま行けばいいだろう」


久保田が疑念を口にする。

発生源が蚊なのであれば、この家の主もウィルスに感染している可能性はある。


「ゾンビは昼頃から現れています。日中に家主が殺されていたり、ゾンビ化しているなら明かりは点いていないはずです。にも関わらず、火を使ったり電気を点けているという事は、ここの家主は無事だと思います。もしそうなら、この家の人にも事情は知らせておきたいんです」


成瀬の意見は説得力があった。わざわざ家主に事情を伝える道理は無い気はするが、ガソリンタンクを盗むよりは倫理的だ。

久保田も言い返そうとはしなかった。


「でも、確かにゾンビがいる可能性もあります。なので、只野さんにも来ていただけると助かります」

「はい、大丈夫です」


武器を所持している只野がいれば、成瀬も心強いだろう。

二人は車から降りると、やはり家からは人の気配を感じた。

暗くてよく見えないが、家自体はかなり古いようだ。玄関には「磯谷いそがい」という表札が掛けられていた。木製の雨戸が締められているので、中の様子はわからなかった。

玄関前に立つと、成瀬は中に向かって呼び掛ける。


「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー?」


只野は万が一に備えて臨戦態勢を取っていた。


「はいはい」


男性の落ち着いた声が聞こえてくると、只野はナイフを下ろした。この場所は安全だと判断したのだろう。

ガタガタと物音がした後、玄関の戸が開いた。

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