第5話 挨拶

土煙を帯びながら来た道を車で引き返す。舗装されていない道に、車内がガタガタと不規則に揺れる。

またあの街に引き返すのは憂鬱だったが、こちらも四人いる。多少は心強かった。


「私は清水美幸。このおじさんは成瀬って人」


清水は後部座席に座る二人を振り返りながら自己紹介をした。


「私は湯村ゆむら佳菜子かなこ。よろしく。って言っても、もう残り少ないかもしれないけど」

「私は只野ただのつかさです。よろしくお願いします」


湯村の方はワクチンの話を聞いて、少し気力を取り戻したようだ。

八方塞がりの中、唯一見出した道筋だったが、清水自身は上手くいくとは思っていなかった。

ただ自暴自棄になったまま過ごすよりは良いと感じた。そうしないと正常な精神状態でいられる自信がなかった。

清水は気を紛らわせるように後ろの二人に問いかける。


「お二人は知り合いなんですか?」

「違うわよ!」

「私が車を出そうとしたら、彼女が乗ってきたんです」

「いいじゃない、減るもんじゃないし」


見た目のジャンルが違いすぎるので、彼らの関係性が気になっていたが、偶然同乗しただけのようだ。

獄中都市ではどんな罪を犯してきたのかを聞いてはいけないとされている。

定期的に面談する刑務官から聞いた話だが、獄中都市で出会った二人が、事件の当事者同士だったそうだ。そして、俺の女を盗ったとか、お前のせいでムショ送りになったとか、理由はよく分からないが、とりあえず大きな騒動に発展したらしい。

明確な罰則があるわけではないが、そんな慣習がずっと続いている。

もちろんこの場でもそれは例外ではない。

つまり、ここにいる全員が何らかの犯罪を犯している。それだけは揺るぎない事実だ。


「あなただいぶ若いわね。まだ未成年?」

「いえ、先月二十歳になりました」

「そうなの。はい、これあげる」


渡されたのは一本のタバコだった。

なぜこんな物を彼女が持ってるのだろうか。

これは嗜好品のはずだ。

獄中都市にいる彼女が持っているはずがない。


「あれ、もしかしてまだ吸ってないの?真面目なんだ」


湯村は只野や成瀬にも勧めたが、二人は吸わないと断った。


「あの、これ…」

「ん?ああ、これはもらったのよ」


湯村はショルダーバッグからタバコを取り出すと、ライターで火を点けた。

清水にも火を勧めてきたが断った。

そう、と残念そうにする湯村。味わうようにゆっくり息を吸うと、サイドウインドウを開けて煙を外に吐き捨てた。


「刑務官と仲良くなれば、獄中都市だって快適よ。暮らしも豊かになるし、酒もタバコも自由だし」


彼女の言葉に対して誰も口を開かなかった。

ここにいれば薄々気が付く。刑務官と癒着している人間がいる事に。

だが、それをこの場で咎めたところで意味はない。

湯村はタバコを吸って、緊張がほぐれているようだ。この場に似使わない話を続ける。


「あなた結構かわいいから、このまま助かったら仕事を紹介してあげてもいいわ」

「あ、ありがとうございます」


今この場で話す事ではないだろう、と言いたい気持ちを抑える。社交辞令として、礼だけ述べた。


「でも、そのブレスレットは外した方が良いわ。服装と不釣り合いだから」


清水の両手首を見ながら言った。

湯村の言う通り今の格好には合っていないが、どうしてもこれは外せなかった。


「これ、ブレスレット型の虫除けなんです。この辺、虫多すぎて」

「ああ、そうなの?私も虫嫌い」

「じゃあ湯村さんもこれつけます?私もう一組持ってるんで」

「ありがとう」


湯村はブレスレットを受け取ると、両手首に清水と色違いの緑色のブレスレットを付けた。

赤のワンピースと相まってクリスマスカラーで不釣り合いだなと思ったが黙っておいた。

整備された道路になり、快適な走行になる。

つまり、ゾンビが巣食すくう街が近づいてくるという事だ。

車内に緊張感が漂う。街に入るととても静かだった。

通り過ぎる道に血だらけの死体が横たわっている。湯村が言ったように、ゾンビの魔の手は街中に広がっているようだ。

ゾンビが何匹も歩き回っているのが見えた。これだけ人を殺しても、まだ獲物を追い求めているらしい。

奴らは人を見るなり噛みつくが、その肉を実際に食べているわけではない。

命を奪う割に何もせず、また次の獲物を探すだけだ。まさしくゾンビと同じ様だ。

人間の存在に気づくと、血眼ちまなこになって車に向かって近寄ってくる。

だが、車に追いつけるわけもなく、ゾンビとの距離をあっという間に引き離した。

街の中心部ではゾンビの数がさらに多かった。

当然そこに生きている人間はいなかった。

覚悟はしていたが、ゾンビと死体しかない光景に吐き気を感じる。

清水はできるだけ窓の外に目を向けないように視線を下げた。


「…あとどれくらい?」


清水は吐き気を抑えながら成瀬に尋ねた。


「5分くらいのはずだ」


成瀬は慣れた様子で運転しているようだ。

街のはずれとは言うものの、周りは畑や小さな建物があるのみでゾンビの姿も見えなくなった。

予告通りのタイミングでそれらしき建物が見えてきた。

木々に囲まれた塀の中に小さく佇んでおり、外から見たら森があるだけにしか見えないだろう。

建物に対して広大な駐車場に車を止めると、念の為ゾンビがいないかを確認する。周囲を一瞥いちべつするが、動く生き物の姿はなかった。

成瀬は鉄パイプを携えて図書館に入る。

只野は小型ナイフを構えていた。

清水と湯村は戦えるような武器が無いため、成瀬達の後ろに控えた。

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