第3話 駐屯所

途方に暮れる二人。

すると、どこかから小さな音がしている事に気付く。耳を澄ますと、誰かが話しているような声だった。

清水は成瀬と目を合わせる。

音の出処でどころは、どうやら跳ね橋の傍にあるコンテナハウスからのようだ。

誰かまだ残っているのだろうか。いや、ゾンビがいるのかもしれない。

二人は足音を立てないように近づくと、扉から部屋を覗き込む。

しかし、室内にはゾンビどころか人の姿も見当たらなかった。

成瀬は構えていた鉄パイプを下ろすと、中に足を踏み入れる。清水も彼の後に続いて入った。

ここは刑務官の事務所として使われていたようだ。

入口には来島者のリストがあった。獄中都市とはいえ、物資の搬入や取材等をしに一般の人間が出入りする事もある。

室内自体は簡素なものだった。壁に沿って長机が二つ置かれ、それぞれパソコンが一台ずつ設置されていた。他には部屋の中央にソファが一つあるだけだ。ソファの上には仮眠用の毛布が無造作に置かれていた。

更に壁を埋め尽くすように棚が置かれ、中にはファイルがぎっしりと詰められている。

部屋の奥にある小部屋は扉が開けっ放しになっていた。

部屋には放送機器とおぼしき機械が置かれており、スペースの大部分を占有していた。

恐らくこの機器を使っての警察や各刑務官と連絡を取っているのだろう。

どうやら先程の音声は機器の傍に置かれていたラジオからのようだ。ロボットのような無機質な女性の声が流れている。


「シーズウィルスの発現を確認。刑務官は至急退避してください」

「シーズウィルス?」


清水は首をかしげる。初めて聞く単語だ。

それでも意味は容易に想像できた。そのウィルスに感染したら、ゾンビになるという事だろう。

獄中都市の情報伝達の手段はラジオしかない。そのラジオも必要な時しか放送は流れない。 避難する際、刑務官が電源を切り忘れたのだろう。

ラジオ放送は抑揚のない音声でそのまま話し続ける。


「獄中都市は放棄してください。ウィルスの死滅作業に移行します。繰り返します…」


それ以上の情報は得られなさそうだったので電源を切った。


「死滅作業ってなに?」

「さあ、分からない」


成瀬は大げさに両手をあげ、肩をすくめた。

他にはトイレや洗面所があるくらいで、他に部屋はなかった。

パソコンを触ると、運良く電源が入れっぱなしの状態だった。調べていくと、跳ね橋を下げられる画面に辿り着く。

だが、跳ね橋は動かせないとすぐにわかった。

その画面にはパスワードの入力が必要だったのだ。部屋の中やパソコン内を隈無くまなく探したが、パスワードは見つからなかった。

適当に入れてみるがロックは解除されない。さらに二回間違った時点で、次誤った場合はシステムを初期化すると表示されてしまった。

当然と言えば当然である。これは受刑者の脱獄を防ぐための措置だろう。

自力で跳ね橋を下ろすことは諦めるしかなかった。

だが、まだ手段が無いわけではない。

成瀬と共に再び小部屋に入ると、向こう側と連絡を取る方法を探す。

この島から本土へのやり取りは、定期的に行われているはずだ。

この島に無事な人間がいると分かれば、跳ね橋を下ろしてくれる可能性はあるだろう。

放送機器のスイッチを確認していくと、それらしき物を見つける。

スイッチを押してみると、ノイズ音の後に応答があった。


「こちら勝浦駐屯所」


成瀬と清水は顔を合わせ、軽く笑みを浮かべる。

これで助かるかもしれない。


「こちら獄中都市駐屯所。至急跳ね橋を下ろしてもらいたい」

「お前は受刑者か?」

「…そうだ」


ここで嘘を付くこともできたが、どうせすぐバレる。バレた後の処遇は保証されないだろう。成瀬は正直に話す事を選んだようだ。


「ならば橋を下ろす事はできない」

「何故だ!俺達はゾンビ化していない。こうして会話ができている事が証明にならないか?」

「ウィルスに感染している可能性がある者を島から出す事はできない」

「まだここには感染していない刑務官もいる」


成瀬の顔を見た。相手の反応が良くないと感じ、カマをかけたようだ。


「ダメだ。獄中都市内にいた人間は全て島の外には出さないという決まりだ」


刑務官の冷たい言葉が突き刺さる。

相手に跳ね橋を下ろすつもりは全く見受けられない。


「待ってくれ。このままアイツらに殺されるのを待つしかないって事か?」


男がフッと鼻で笑う。


「安心しろ。明日の十七時には楽になってるさ」

「…どういう意味だ?」

「そのままの意味さ。明日にはその島は爆撃されて火の海になる。そしてウィルスも広がることなく消え去る。それまでせいぜい自分の犯した罪の深さを反省するんだな」


プツッ


助けてもらえると期待していただけに気持ちが一気に沈み込む。 

死滅作業とは、その名の通りウィルスを死滅させるために島を燃やす、という事だったのだ。

その上、通話先の男の言葉が事実であれば、自分たちに残された時間は一日足らずという事になる。

清水はソファに深くもたれかかると、天井に手を掲げた。いつもと変わらない手だった。

あと一日もしたら死ぬのか。

まだ実感が湧かなかった。爆撃とはどのくらいの威力なのだろうか。

市内だけを爆撃するつもりなら、ここにいれば被害に遭わない可能性もある。

だが、食べ物も水もろくにない。ずっとここでは生活できない。

いや、あの男はウィルスが消え去ると言った。

まさか奴らは島ごとを沈めるつもりなのか。

もしそうなら、どこにいても助からない。

ここに来て初めて罪を犯した事を後悔し始める。いや、当時はスリをすることで精神を保っていた。

もしスリをしていなかったら、今頃この世にはいなかっただろう。

あれは生きる術だったのだと思い直した。

一方、成瀬は脱出する方法を考えていた。

しかし、頭を巡らせても脱出方法が思い浮かばない。

それよりもあの放送にあった《シーズウィルス》という単語が引っかかっていた。

その言葉をどこかで聞いた事がある気がしていたからだ。

だが、必死に記憶を遡っても、頭にモヤがかかったように思い出せなかった。

すると、外から車の音が聞こえてくる。

清水は立ち上がり窓に近づく。そこから刑務車両が、こちらに近づいてくるのが見えた。

刑務官であれば、跳ね橋を下ろせる。

それに刑務官に直接頼みこめば、外に出してくれる可能性だってある。

彼らだって島の外に出たいはずだ。

清水は藁をもすがる思いで駐屯所を出た。

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