日本国ダンジョン省・特別管理課 ~Fランク公務員の俺、実は世界最強の「解析者」につき、災害級魔物も事務処理(デリート)して定時で帰ります~
@Ken723838
第1話:残業はお断りです
現在時刻、16時55分。
気温24度、湿度50%。ダンジョン内環境、オールグリーン。
「……よし。異常なし、と」
俺、
場所は新宿ダンジョン、地下3階。
周囲には、蛍光色に輝くキノコや、スライムの死骸が散らばっている。
俺の格好は、ヨレヨレの吊るしスーツに、作業用のヘルメット。
左手には安物のバインダー。
どこからどう見ても、冴えない中年サラリーマンだ。
「うわ、出たよ。ダンジョン省の役人だ」
背後から、遠慮のない嘲笑が聞こえた。
振り返ると、金ピカの鎧に身を包んだ若い男女の集団が歩いてくる。
Aランク探索者パーティ『暁《あかつき》の剣』だ。最近、動画配信で人気らしい。
「ちーっす、お疲れ様でーす。税金泥棒さーん」
「おい辞めろよ、いじめるなって。Fランク公務員なんだからさw」
リーダー格の剣士が、わざとらしく俺の肩にぶつかって通り過ぎる。
俺は愛想笑いを浮かべて、頭を下げた。
「お仕事ご苦労さまです。……足元、滑りやすいのでご注意を」
「ハッ、言われなくてもわかってるっつーの。行こうぜ、こんなとこにいたら俺たちまで腐りそうだ」
彼らはゲラゲラと笑いながら、奥へと消えていく。
……ふう。
俺は小さく息を吐き、腕時計を見た。
16時58分。
「あと2分。……これなら定時ダッシュいけるな」
今日の夕食は、娘のリクエストでハンバーグだ。
駅前のスーパーで挽肉を買う時間を計算すれば、17時03分の急行に乗るのが
俺はバインダーを小脇に抱え、帰路につこうとした。
――その時だ。
『ギチチチチチチ……ッ!!』
空間が、ガラスのように悲鳴を上げた。
ダンジョンの壁が歪み、赤黒い亀裂が走る。
『暁の剣』の連中がいた通路の奥から、絶叫が響いた。
「な、なんだこれ!? 空間転移!?」
「うそでしょ!? ここ浅層だよ!?」
「いやあああ! 来ないでえええ!!」
亀裂から這い出てきたのは、ライオンの頭と蛇の尾を持つ巨大な獣――キメラだ。
だが、ただのキメラではない。
全身からバチバチと赤黒いノイズを撒き散らし、サイズも通常の3倍はある。
【警告:深度エラー発生。推定災害レベルS】
俺のスマホが緊急アラートを鳴らす。
逃げ遅れた『暁の剣』の剣士が、腰を抜かして震えていた。
キメラが大きく口を開け、灼熱のブレスを溜め込む。
死の光が、若者たちを焼き尽くそうとしていた。
「……チッ」
俺は舌打ちをした。
恐怖からではない。
再び、腕時計を見る。
16時59分30秒。
「おい、そこの
俺はネクタイを緩め、眼鏡の位置を直す。
その瞬間、俺の視界(UI)が切り替わった。
――
世界が、緑色のワイヤーフレームに変換される。
キメラの肉体が、筋肉や骨格ではなく、「術式コード」の羅列として視覚化される。
膨大な情報の奔流が、俺の脳内を駆け巡る。
『対象:変異型キメラ・ロード』
『構成素材:炎属性40%、物理耐性30%……』
『構造欠陥:右前脚の魔力循環パスに、重大なバグ(脆弱性)あり』
「……
俺はため息交じりに呟いた。
「なんだ。ただの『魔力スタック・オーバーフロー』か。……コードが汚すぎる」
キメラがブレスを吐き出した。
コンクリートをも溶かす獄炎が、俺に向かって一直線に迫る。
Aランク探索者たちが「終わった」と目を覆う。
だが、俺には見えている。
その炎の発生源にある、たった1行の
「
俺は右手をかざし、空中に浮かんだ仮想キーボードの『Delete』キーを叩くような動作をした。
パチュン。
軽い音がして、迫りくる獄炎が、一瞬で「0と1」の光の粒になって霧散した。
「は……?」
腰を抜かした剣士が、口をポカンと開ける。
キメラもまた、何が起きたのか理解できず、動きを止めた。
その隙を、俺が見逃すはずがない。
「ダンジョン法第13条、及び労働基準法に基づき――」
俺は胸ポケットから、漆黒のカード(特命全権委任状)を取り出し、キメラにかざした。
「貴様の存在を、事務的に抹消する。」
――
俺が指をパチンと鳴らす。
瞬間、キメラの右前脚にある「バグ」の座標に、修正パッチが強制インストールされた。
その一点から、キメラの身体が幾何学的なポリゴン状に分解されていく。
断末魔の叫びすら上げられない。
巨大な怪物は、まるで最初からそこに存在しなかったかのように、ただのデータカスとなって空気に溶けた。
戦闘時間、わずか3秒。
静寂が戻ったダンジョンに、17時を告げるチャイムが遠くから聞こえてきた。
「……よし、定時」
俺はバインダーのホコリを払い、呆然としている『暁の剣』の連中に背を向けた。
「あ、君たち。そこの破損状況、あとで報告書出しといてね。様式第4号だから」
言い残して歩き出す俺の背後で、彼らの怯えた声が聞こえてくる。
「キ、キメラが……急に破裂した?」
「魔力暴走による自壊か……!? くそっ、ビビらせやがって!」
どうやら俺の「
好都合だ。
俺はスマホを取り出し、愛する娘にLINEを送った。
『今終わった。プリンも買っていくよ』
これが、日本国ダンジョン省・特別管理課。
世界最強の「解析者」である俺の、ありふれた
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