『俺達のグレートなキャンプ199 管理人さんの腰痛を治す椅子を作ろう』

海山純平

第199話 管理人さんの腰痛を治す椅子を作ろう

俺達のグレートなキャンプ199 管理人さんの腰痛を治す椅子を作ろう


軽トラックの荷台に積まれた大量の木材が、カーブを曲がるたびにガタガタと音を立てている。助手席の富山は、後ろを振り返っては不安そうに眉をひそめ、運転席の石川は鼻歌交じりにハンドルを握り、後部座席の千葉は目を輝かせながら窓の外の景色を眺めていた。

「ねえ、石川。本当に大丈夫なの? 今回のキャンプって」

富山が心配そうに声を上げる。その声には、これまで百九十八回も石川の突飛な発案に付き合ってきた者だけが持つ、独特の疲労感が滲んでいた。

「大丈夫大丈夫! 今回は特にグレートだぜ! 俺には見えるんだ...完成した椅子の姿が!」

石川が満面の笑みで答え、右手を額に当てて遠くを見つめるポーズを取る。その様子は、まるで啓示を受けた預言者のようだった。

「見えるって何よ! あんた透視能力者じゃないでしょ!」

富山がツッコミを入れる。

「管理人さんの腰痛を治す椅子作りだなんて、もう意味がわかんないんだけど! 普通にキャンプして、焚き火して、ご飯食べるだけじゃダメなの!?」

富山が両手を広げて訴える。その動作は、まるで神に救いを求める信者のようだった。

「富山さん、でもきっと楽しいですよ! 石川さんのキャンプ、いつも最初は『え?』って思うけど、やってみたら面白いじゃないですか!」

千葉が後部座席から身を乗り出して、キラキラした目で言う。その目は、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように純粋で無垢な輝きを放っていた。

「千葉は石川に洗脳されてるのよ! 前回だって、『焚き火の火で陶芸をしよう』とか言って、結局みんな泥だらけになっただけじゃない! しかも隣のサイトの人の車にまで泥が飛んだのよ!」

「いやいや、あれは成功だったって! 最終的にみんなで洗車大会になって、キャンプ場全体が仲良くなったじゃん!」

石川が得意げに胸を張る。その様子は、明らかに「成功」の定義が一般人とズレている人間のそれだった。

「洗車大会じゃなくて、謝罪と賠償よ! あんた三万円払ったでしょ!」

富山の声が一オクターブ上がる。

軽トラックは山道を登り続け、やがて「白樺の森キャンプ場」の看板が見えてきた。看板には手書きで「管理人腰痛につき、対応遅れる場合があります」と追記されている。

「見て見て! 管理人さん、相当腰痛いみたいですよ!」

千葉が興奮気味に指差す。

「だからって、素人が椅子作って治るもんじゃないでしょ! 普通に整体とか行った方がいいわよ!」

富山がもっともなことを言うが、もう誰も聞いていない。石川は既に車を停めて、荷台の木材を眺めながら怪しく笑っている。

キャンプ場の受付小屋に三人が入ると、カウンターの奥から、腰を押さえながらゆっくりと立ち上がる初老の男性が現れた。管理人の田中さんだ。その動作は、まるでスローモーションの映像のように、一つ一つが慎重で痛々しかった。いや、痛々しいというより、もはや芸術的なスローモーションだった。

「いらっしゃ...い...。石川さん...たち...かい...?」

田中さんの声も三倍速で再生しないと通常速度にならないレベルでゆっくりだった。

「田中さん! 腰、まだ痛いんですか!? いや、見るからに痛そうですけど!」

石川が真剣な表情で前に出る。その様子は、まるで重病患者を診察する名医のようだった。

「ああ、もう三ヶ月に...なる...んだよ...。朝起きる...のも...一苦労...でね...」

田中さんの返事を待つだけで五分かかった。富山は「この調子で受付できるの?」と小声で呟く。

「この仕事...意外と...腰に...くる...んだ...」

田中さんがまたゆっくりと椅子に腰掛ける。その椅子は、長年使い込まれた事務用の回転椅子で、背もたれのクッションはペシャンコになり、座面も左側が妙に凹んでいて、まるで沈没寸前の船のようだった。

「見てください、この椅子! これじゃあ腰が治るわけないですよ! これもう凶器ですよ、凶器!」

千葉が椅子を指差して叫ぶ。その声量は、重大な犯罪を告発する検察官のようだった。

「それでですね、田中さん! 俺たち、今回のキャンプで、田中さんの腰痛を治す椅子を作ろうと思ってるんです!」

石川がバーンと受付カウンターに両手をついて宣言する。その迫力に、田中さんは思わず後ずさり...ようとしたが、腰が痛くて動けなかった。

「え...? 椅子...を...? 君たち...が...?」

田中さんが目を丸くする。そのスローモーションな驚きの表情は、五秒かけて完成した。

「そうです! キャンプで、DIYで、手作りで、田中さん専用の腰痛緩和チェアを作ります! いや、作るんじゃない、創造するんです!」

石川の目が異様にキラキラしている。その輝きは、もはや常人の理解を超えた領域に達していた。

「ちょ、ちょっと待って、石川! 私たち、椅子なんて作ったことないでしょ!? この前、棚作ろうとして、結局謎の台形のオブジェができただけじゃない!」

富山が慌てて割り込む。

「あれは棚だったの!? 俺、てっきりアート作品だと思ってた!」

千葉が驚きの声を上げる。

「大丈夫! 俺、YouTubeで三時間くらい椅子作りの動画見てきたから! 『初心者でも作れる!簡単DIY椅子!』って動画!」

石川が親指を立てる。その自信満々な表情は、三時間の動画視聴が何年もの修業に匹敵すると本気で信じている者のものだった。

「三時間!? それだけ!? しかも『初心者でも作れる』って、逆に不安なフレーズなんだけど!」

富山の声が裏返る。

「俺も見ました! 石川さんに勧められて! めっちゃ面白かったです! 木材の種類とか、接合方法とか! あと動画の人が『ここがポイント!』って言うたびに俺も『ポイント!』って叫んでました!」

千葉が興奮気味に補足する。その目は、新しい知識を得た喜びで潤んでいた。

「あのね、面白いのと作れるのは別問題なの! わかる!? てか一人で動画見ながら『ポイント!』って叫ぶのやめなさいよ、近所迷惑でしょ!」

富山が両手で頭を抱える。

「でも、いいじゃないですか! どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなるんですから! それに俺、ホームセンターで釘も買ってきました! 五百本!」

千葉が誇らしげに言う。

「五百本!? 何作る気よ! 城!?」

富山の突っ込みが冴え渡る。

田中さんは、三人のやり取りを呆然と見つめている。その表情は、「この人たち、本気なのか?」という困惑と、「もしかして本当に作ってくれるのか?」という微かな期待と、「大丈夫なのか?」という不安が入り混じっていた。

三人は、キャンプ場の一番奥のサイトにテントを設営した。通常なら三十分で終わる作業だが、石川が「今日は椅子作りがメインだから、テントは簡易的に!」と言い出したため、十五分で完了した。完成したテントは、まるで強風で今にも飛んでいきそうな、危うい佇まいだった。

「さあ、椅子作り開始だ! まずは木材の確認から!」

石川が軽トラの荷台から木材を降ろし始める。杉材、パイン材、合板、角材、丸棒、そして謎の湾曲した木材まで、ホームセンターで買い込んだ様々な木材が次々と地面に積まれていく。

「石川さん、この曲がった木材、何に使うんですか?」

千葉が不思議そうに曲がった木材を持ち上げる。

「ああ、それは背もたれ用だ! 人体工学に基づいた曲線美を実現するために!」

「いや、これただの不良品じゃないの? 返品した方がいいわよ」

富山が冷静に指摘する。

「いやいや、これは『個性』だ! 世界に一つだけの椅子には、世界に一つだけの木材が必要なんだよ!」

石川が芸術家のような口調で語る。

「それ、単に安売りコーナーで買っただけでしょ!」

富山のツッコミが炸裂する。

木材を全て降ろし終えると、石川はスマホを取り出して、YouTubeの動画を開いた。しかし、キャンプ場は山奥で電波が弱く、動画が全然読み込まれない。

「あれ? 動画が見れない...」

石川が焦り始める。

「だから言ったじゃない! 事前にメモとか取っとかないとダメだって!」

富山が呆れ顔で言う。

「大丈夫です! 俺、動画のスクショ撮ってきました! 百枚くらい!」

千葉がスマホを取り出す。

「百枚!? 几帳面なのか雑なのかわかんないわよ、あんた!」

画面には、確かに作業工程のスクショが大量に保存されていた。ただし、順番がバラバラで、しかも途中で猫の写真が三十枚くらい挟まっていた。

「よし、まずは座面から作るぞ! えーと、このスクショによると、座面は四十センチ×四十センチ...あ、これ猫の写真だった」

石川が慌てて画面をスクロールする。

「なんで猫の写真保存してんのよ!」

「いや、作業途中で可愛い猫の動画がオススメに出てきて...」

「集中しなさい!」

なんとか正しいスクショを見つけて、石川はメジャーを取り出して木材を測り始める。その真剣な表情は、まるでミリ単位の精度が要求される精密機器を作っているかのようだった。

「よし、四十センチ! ここで切る!」

石川がノコギリを構える。

「石川、それ五十センチあるわよ」

富山が冷静に指摘する。

「え? マジで? あ、メジャー逆に読んでた! てかメジャーって両側に目盛りあるの知らなかった!」

「知らなかったの!? 普通逆からも読めるでしょ!」

富山が驚愕する。

「へー、じゃあ俺、今まで何回も間違った長さで切ってたってことですか?」

千葉が感心したように言う。

「感心してる場合じゃないでしょ! てか千葉も知らなかったの!?」

ノコギリで木材を切り始めると、周囲のキャンパーたちが興味深そうに集まってきた。

「何作ってるんですか?」

隣のサイトの中年男性が声をかけてくる。その目には、純粋な好奇心が輝いていた。

「椅子です! 管理人さんの腰痛を治すための特製チェアを! いや、治すんじゃない、癒すんです! いや、もっと言えば、腰痛という概念を消滅させるんです!」

石川が得意げに、そして意味不明なことを答える。

「へえ! 面白いことやってるんですね! 手伝いましょうか?」

「マジですか!? 助かります! あ、そうだ、お名前は?」

「山田です。実は昔、ちょっとだけ大工やってたんですよ」

「大工!? 神様降臨!!」

石川と千葉が同時に叫ぶ。

こうして、見知らぬキャンパーが一人加わった。富山は「また始まった...」と小さく呟いたが、もう抵抗する気力もなかった。

木材を切る音、金槌で釘を打つ音、時々聞こえる「あ、間違えた!」という叫び声。キャンプ場は、まるで工事現場のような賑わいを見せていた。

「よし、次はこの板を...待てよ...」

石川が突然、目を閉じて木材に手を当てた。

「...聞こえる...木材の声が聞こえる...」

「え? 何言ってんの?」

富山が不安そうに見つめる。

「この木材が...俺に語りかけてくる...『ここに釘を打ち込めばいいんだな!』って...!」

石川が神妙な面持ちで言う。

「いや、木材は喋らないから! あんた疲れてるのよ! 休憩しなさい!」

「いえ、富山さん、俺にも聞こえます! 『斜め四十五度で打て』って!」

千葉まで目を閉じて木材に手を当て始めた。

「二人とも頭おかしくなってるじゃない! 山田さん、すみません、うちの二人が...」

「いやいや、職人にはそういう感覚ってあるんですよ。木の目を読むとか、木の声を聞くとか」

山田さんが優しく微笑む。

「山田さんまで!?」

「ほら、富山さんも木材に手を当ててみてください! きっと聞こえますよ!」

「聞こえるわけないでしょ!」

しかし富山も、渋々木材に手を当ててみる。

「...ほら、何も聞こえ...」

「『富山、お前はツッコミ役だ』って言ってない?」

「言ってない! てか木材が役割分担まで指示するわけないでしょ!」

富山のツッコミが冴え渡る。

作業は順調に進んでいるように見えたが、座面を組み立てる段階で問題が発生した。

「あれ? 板が一枚足りない...」

石川が困惑した表情で板を数える。

「え? 五枚買ったはずですよね?」

千葉も首を傾げる。

その時、少し離れたところで、別のキャンパーの子供が、木の板を盾にして遊んでいるのが見えた。

「あああああ! あれうちの板だ!!」

石川が叫ぶ。

「僕の盾! パパが作ってくれたの!」

子供が嬉しそうに板を掲げる。

「いや、作ってないから! それうちの材料だから!」

「あらあら、すみません。うちの子が勝手に...」

子供の母親が慌てて謝りに来た。

「いえいえ、大丈夫です! 子供は元気が一番ですから! 板なんていくらでもありますから!」

石川が爽やかに笑う。

「いや、もう予備ないでしょ! どうすんのよ!」

富山が突っ込む。

「大丈夫! この曲がった木材を削って使えばいい!」

石川が例の不良品の板を持ち上げる。

「それ背もたれ用じゃなかったの!?」

「臨機応変だよ、臨機応変! 『計画通りにいかないのがキャンプ』って誰かが言ってた!」

「誰も言ってないわよ! てかそれ、今あんたが作った格言でしょ!」

なんとか座面を組み立て終わり、次は脚の製作に移った。

「脚は四本、高さ四十五センチで! えーと、この角材を切って...」

石川がノコギリで角材を切り始める。しかし、切っている途中でノコギリの刃が曲がり始めた。

「あれ? これ、おかしくない?」

「石川、それ、もしかして百均のノコギリ?」

富山が呆れた顔で聞く。

「え? だって安かったし...」

「安物買いの銭失いって知らないの!? ちゃんとしたノコギリ買わないと!」

「大丈夫ですよ! 俺、予備のノコギリ持ってます!」

千葉がリュックからノコギリを取り出す。それは立派なプロ仕様のノコギリだった。

「千葉、なんでそんな立派なの持ってんの!?」

「いつかキャンプで使うかなと思って、買っておいたんです!」

「準備いいのか悪いのかわかんないわよ、あんた!」

新しいノコギリで作業を再開し、四本の脚を切り出すことに成功した。ただし、よく見ると微妙に長さが違う。

「...これ、長さバラバラじゃない?」

富山が冷静に指摘する。

「いや、これは意図的なんだ! 前脚を少し短くすることで、座った時に自然と後ろに体重がかかって、リラックスできるんだよ!」

石川が自信満々に答える。

「それ、単にちゃんと測らなかっただけでしょ!」

「いえ、富山さん、これは高度な技術なんです! YouTubeで見ました! 『体重を後方に分散させることで腰への負担を軽減』って!」

千葉がフォローする。

「でも、左右の脚の長さも違うわよ? これじゃガタガタになるじゃない」

「ああ、それは...まあ、地面の凹凸に合わせて調整できるってことで!」

「そんな都合のいい理屈ないわよ!」

山田さんが「まあ、あとで調整すればいいですよ」と優しくフォローしてくれた。

脚と座面を組み立てる段階で、石川が突然奇妙なことを言い出した。

「待てよ...この接合部...木材が俺に語りかけてくる...『ここは釘じゃない、ボンドと木ダボで攻めろ』って...!」

「また木材の声!? てか『攻めろ』って表現がおかしいでしょ!」

富山がツッコミを入れる。

「いや、でも木ダボ使った方が確かに頑丈ですよ。釘だと抜けやすいですから」

山田さんが専門家として助言する。

「ほら! やっぱり木材の声は正しかった!」

石川が得意げに胸を張る。

「それは山田さんの助言でしょ! 木材関係ないでしょ!」

こうして、木ダボとボンドを使って慎重に脚を取り付けていく。その作業は意外と順調で、なんとなく椅子っぽい形になってきた。

「おお! 椅子っぽくなってきたぞ!」

石川が満足げに腕を組む。

「っぽい、じゃなくて、ちゃんとした椅子にしなさいよ!」

富山がツッコミを入れる。

日が傾き始める頃、背もたれを取り付ける作業に入った。

「背もたれは、腰椎を支える重要な部分だからな。角度が命だ」

石川が真剣な表情で言う。

「何度がいいんですか?」

千葉が聞く。

「えーと、YouTubeでは百十度って言ってたような...あ、スクショ探さないと...あ、また猫の写真だ。可愛い...」

「集中して!」

富山が叫ぶ。

なんとか正しい角度を見つけ出し、背もたれを取り付け始めたその時、突然の強風が吹いた。

「うわあああ!」

テントが浮き上がり、そのまま十メートルほど飛んでいった。

「テントが!!」

三人が慌ててテントを追いかける。

「だから言ったでしょ! ちゃんと設営しなきゃダメだって!」

「今はそれどころじゃない! テント確保だ!!」

テントは木に引っかかって止まった。なんとか回収したが、テントの一部が破れている。

「やばい、破れてる...」

「今夜、雨降ったらどうすんのよ!」

「大丈夫! ガムテープで補修すればなんとかなる!」

「なんとかならないわよ!」

ハプニングはあったものの、椅子作りは続行された。周りのキャンパーも増えて、今や総勢十五人での椅子作りとなっていた。

「次は腰痛対策のクッションだ! これが重要なんだよ!」

石川が取り出したのは、大量のスポンジと布だった。

「このスポンジを座面に貼り付けて、その上から布を張れば、最高のクッション性が生まれる!」

「それ、本当に腰痛に効くの?」

富山が疑わしそうに聞く。

「YouTubeで整体師の先生が、『適度な弾力性と体圧分散が重要』って言ってた! だからこのスポンジは、低反発と高反発の二層構造にするんだ!」

石川が自信満々に答える。

スポンジを切って、ボンドで貼り付けて、布を張って...作業は順調に進んでいるように見えたが、布を張る段階で問題が発生した。

「あれ? 布が足りない...」

石川が困惑した表情で布を眺める。

「だから言ったじゃない! 最初に全部計算してから材料買わないとダメだって!」

富山が両手を広げる。

「大丈夫です! 俺、Tシャツ持ってます! これを使いましょう!」

千葉が自分のリュックからTシャツを取り出す。それは、『キャンプ最高!』とプリントされた、千葉のお気に入りのシャツだった。

「千葉、それ気に入ってたやつでしょ!?」

「いいんです! 管理人さんのためなら! それに、このTシャツも椅子の一部になれば、最高じゃないですか!」

千葉の笑顔は、もはや悟りを開いた僧侶のようだった。

Tシャツを切って座面に張り付けると、『キャンプ最高!』の文字が誇らしげに座面に輝いた。

「完璧だ! これで完成だ!」

石川が椅子を掲げる。

「待って、試してからにしなさいよ!」

富山が慌てて止める。

「じゃあ、試しに座ってみよう! 千葉、お前が最初だ!」

「え? 俺ですか!? 光栄です!」

千葉が椅子に近づく。そして、慎重に、ゆっくりと腰を下ろし始めた。

「どう? 座り心地は?」

石川が期待の眼差しで聞く。

「おお...なんか...いい感じ...」

千葉が目を閉じる。

その瞬間、ミシミシミシ...という不穏な音がした。

「あ、あれ? なんか...」

バキッ!!

派手な音と共に、椅子の脚が一本折れた。千葉は「うわあああ!」と叫びながら、見事に後ろに転倒した。

「千葉ー!!」

石川が駆け寄る。

「だ、大丈夫です! 頭を打っただけで!」

千葉が笑いながら頭をさする。その後頭部には既に大きなたんこぶができていた。

「大丈夫じゃないでしょ! たんこぶできてるわよ!」

富山が保冷剤を取りに走る。

周りのキャンパーたちは、「大丈夫ですか!?」と心配しながらも、噴き出しそうな笑いを必死に堪えている。

「くっ...脚の接合が甘かったか...!」

石川が悔しそうに拳を握る。

「当たり前でしょ! 木ダボ一個だけで固定してたじゃない! しかも斜めに入ってたし!」

富山が呆れ顔でツッコミを入れる。

「でも、座り心地は悪くなかったですよ! 一瞬だけど、フワッとして! あと、転倒する時の浮遊感も最高でした!」

千葉が親指を立てる。その額には氷嚢が乗っている。

「一瞬で壊れる椅子に座り心地もクソもないわよ! てか転倒の感想いらない!」

「よし! 作り直しだ! 今度はもっと頑丈に! ネジとボンドも使う! あと、脚を六本にしよう!」

石川が再び木材に向かう。その目は、まだ諦めていなかった。

「六本!? 椅子じゃなくて昆虫になるわよ!」

「安定性が増すんです、富山さん! 六本脚なら絶対に倒れない!」

千葉がフォローする。

「あんたたち、どこまで暴走するのよ!」

こうして、椅子作り第二ラウンドが始まった。今度は山田さんが本格的に指導に入り、周りのキャンパーたちも手伝ってくれることになった。

「脚の接合は、ここをこうやって斜めに削って、しっかりはめ込むんだ。そしてネジを斜めから打つ」

山田さんが的確なアドバイスを始めた。

「なるほど! 木材がそう言ってました! 『斜めから攻めろ』って!」

「だから木材は喋らないから!」

富山のツッコミが響く。

作業は深夜まで続いた。焚き火の明かりとランタンの光の中で、十五人のキャンパーが協力して椅子を作る光景は、まるで秘密結社の儀式のようだった。

「座面の補強も必要だな。下に横木を入れよう」

別のキャンパーが提案する。

「背もたれの角度は、百十度がベストですよね! 俺、スマホのアプリで角度測れるの見つけました!」

千葉がスマホを取り出す。

「そんなアプリあるの!? 便利ね!」

富山も少しずつ楽しくなってきた様子だった。

「富山さんも完全に乗ってきたな!」

「う、うるさいわね! みんなが楽しそうだから、少しだけ手伝ってあげてるだけよ!」

富山が頬を赤くする。

そして、ついに完成の時が来た。

「できたぞー!!」

石川の叫び声がキャンプ場に響いた。

目の前にあるのは、先ほどとは比べ物にならないほど頑丈で、美しい椅子だった。六本の脚はしっかりと組まれ、座面には適度なクッション性があり、背もたれは理想的な角度で取り付けられている。そして座面には、やはり千葉のTシャツが使われていて、『キャンプ最高!』の文字が誇らしげに輝いていた。

「みんな、ありがとうございました!」

石川が深々と頭を下げる。

「いやあ、楽しかったですよ! 久しぶりにこんなに没頭しました!」

山田さんが満足げに笑う。

「じゃあ、試しに座ってみよう! 今度は俺が座る!」

石川が意を決して椅子に座る。

ゆっくりと、慎重に、体重をかけていく。

...ギシッという音はない。

「お、おお...! すげえ...!」

石川が驚きの声を上げる。

「どう? 座り心地は?」

千葉が興奮気味に聞く。

「すげえよこれ! 腰がフィットする! 背もたれの角度も完璧だ! しかも六本脚だから全く揺れない! これはもう椅子じゃない、玉座だ!」

石川が目を輝かせる。

周りのキャンパーたちから、再び拍手が起こった。

翌朝、三人(と助っ人キャンパーたち)は、完成した椅子を受付小屋に運んだ。

「田中さーん! 完成しましたよ! 腰痛撃退グレートチェア!」

石川が元気よく声をかける。

受付小屋から、相変わらず腰を押さえながらゆっくりと出てくる田中さん。その表情には、昨日と同じく疲労感が滲んでいた。

「おお...君たち...本当に...作った...のか...」

田中さんが椅子を見て、目を丸くする。三秒かけて。

「はい! 座ってみてください! 自信作です!」

千葉が誇らしげに椅子を指す。

田中さんは半信半疑の表情で椅子に近づき、そっと座った。

「お...おお...?」

田中さんの表情が変わる。

「これは...すごい...!」

そして次の瞬間、田中さんの動きが突然速くなった。

「腰が...腰の痛みが...抜けていく!!」

「え!?」

三人が驚く。

「まるで...まるで天国にいるみたいだ!!」

田中さんが立ち上がり、その場で屈伸を始めた。その動きは、さっきまでのスローモーションが嘘のように速い。

「痛くない! 全然痛くない!! 三ヶ月ぶりに痛くない!!」

田中さんが小躍りし始める。

「すげえ! 本当に治った!」

石川が感動する。

「いや、治ったっていうより、椅子の座り心地が良すぎて、一時的に楽になってるだけじゃない?」

富山が冷静に分析する。

「違う! これは奇跡だ! 君たちが起こした奇跡だ!!」

田中さんが三人を抱きしめる。その勢いに三人はたじろぐ。

「あ、あの、田中さん、落ち着いて...」

「落ち着いてなんていられるか!! 俺は三ヶ月間、地獄を見てきたんだ! それが今、天国にいる!!」

田中さんが涙を流しながら叫ぶ。

「この椅子は...この椅子は...『キマる椅子』だ!!」

「キマる椅子!?」

三人が同時に首を傾げる。

「そう! 座った瞬間に『キマる』んだ! 完璧に『キマる』!!」

田中さんが再び椅子に座り、恍惚の表情を浮かべる。

「ああ...至福...これが至福...!」

「な、なんか大丈夫かしら、田中さん...」

富山が心配そうに見つめる。

「大丈夫です! 管理人さん、嬉しくて興奮してるだけですよ!」

千葉がフォローする。

「君たちには、キャンプ場の生涯フリーパス券をあげよう! いつでも無料で泊まっていい!」

「マジですか!?」

石川が目を輝かせる。

「ああ! この椅子の恩は一生忘れない!」

田中さんが再び立ち上がり、受付小屋の奥に消えていった。そしてすぐに戻ってきて、手書きの「生涯フリーパス券」を三人に渡した。

「ありがとうございます!」

三人が深々と頭を下げる。

「よし、記念写真撮りましょう! みんな集まって!」

手伝ってくれたキャンパーたちも含めて、全員で椅子を囲んで記念撮影。田中さんは椅子に座り、満面の笑み。石川は満足げに笑い、千葉は親指を立て、富山は少し照れくさそうに笑っていた。

キャンプ場を後にする車の中、富山がため息混じりに言った。

「まあ、今回は...良かったわね。結果的に」

「だろ? グレートなキャンプだったろ?」

石川が得意げに笑う。

「でも次は普通のキャンプにしてよね。お願いだから」

富山が念を押す。

「あ、富山さん、次のキャンプ決まったらしいですよ! 石川さんが言ってました!」

千葉が無邪気に言う。

「え? もう決まってるの? 何するの?」

富山が不安そうに聞く。

「えーとね、『焚き火の熱で石窯を作ってピザを焼こう』!」

「石窯!? それもう普通にピザ屋開けるレベルじゃない!」

「大丈夫大丈夫! YouTubeで動画見てきたから! 十時間くらい!」

「時間増えてる!?」

富山の叫び声が車内に響く。

その夜、自宅に帰った三人は、それぞれスマホをチェックしていた。すると、白樺の森キャンプ場の公式ブログが更新されているのに気付いた。

タイトルは『キマる椅子を作ってもらいましたあああああああ!!!!』

本文にはこう書かれていた。

「今日、奇跡が起こりました。石川さん、千葉さん、富山さん、そして協力してくれた皆さんが、私のために椅子を作ってくれたんです!! この椅子、もう最高です!! 座った瞬間に『キマる』んです!! 腰の痛みが嘘のように消えて、まるで天国にいるようなんです!! これからこの椅子は『キマる椅子』と命名します!! 皆さんもぜひ、受付に来た時に座ってみてください!! 人生変わります!! マジで!! あと石川さんたちには生涯フリーパス券をお渡ししました!! またいつでも来てください!! 次は何作ってくれるんですか!? 楽しみにしてます!!!」

文章の最後には、田中さんが椅子に座って満面の笑みを浮かべている写真が添付されていた。そしてその写真の下には、大量の「!」マークが並んでいた。

「...田中さん、テンション高すぎない?」

富山がスマホを見ながら呟く。

「まあ、腰痛治って嬉しいんでしょう!」

石川が笑う。

「でも『キマる椅子』って...なんか変な意味に聞こえるわよね...」

「大丈夫ですよ! いい意味での『キマる』ですから!」

千葉がフォローする。

その後、このブログ記事は予想以上の反響を呼び、多くのキャンパーが「キマる椅子」を見るために白樺の森キャンプ場を訪れるようになったという。

田中さんの腰痛は完全に治り、今では元気に管理人の仕事をこなしている。受付小屋には今でも『キャンプ最高!』と書かれた椅子が置かれていて、訪れたキャンパーたちは「本当にキマるね!」と口々に言いながら座っているそうだ。

そして石川たちは、その後も様々なキャンプ場で、様々な「グレートなキャンプ」を続けていく。次回は石窯作り。その次は手作りハンモック。その次の次は流しそうめん台作り。毎回、富山は「もう付き合わない!」と言いながらも結局参加し、千葉は「楽しいです!」と目を輝かせ、石川は「これぞグレートなキャンプ!」と叫び続ける。

彼らのキャンプは、いつも予想外の展開と、ハプニングと、そして最後には温かい笑顔で締めくくられる。それが、俺達のグレートなキャンプなのだ。

数日後、石川のスマホに一件のメッセージが届いた。差出人は田中さんだった。

「石川さん、次のキャンプの時は、薪小屋を作ってもらえませんか? グレートなやつを!!」

石川は満面の笑みでメッセージを読み、すぐに返信した。

「任せてください! YouTubeで動画探しておきます!」

その返信を見た富山は、大きなため息をついた。そして小さく呟いた。

「...また巻き込まれるんだろうなあ...」

でも、その表情は、どこか楽しそうだった。

(完)

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『俺達のグレートなキャンプ199 管理人さんの腰痛を治す椅子を作ろう』 海山純平 @umiyama117

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