第3話 異世界転移の魔法使い
「ここ…は…?」
気が付けば何も無い真っ白な空間に片鍋 七ノ歌はぽつんと座り込んでいた。
まだぼんやりしている頭で覚えている記憶を整理してみる。
私は都内で一人暮らしをしているどこにでもいるような会社員だ。
新卒で入って今年で4年目、少し…いや大分擦れてきてしまっている自覚がある。
長い残業後フラフラになって帰る途中、間抜けにも階段を踏み外して落ちていったのが最後の記憶だった。
「私、死んじゃった…?」
「はじめまして、七ノ歌さん。」
不意に何もなかったはずの空間から声がした。
びっくりして振り返ると、そこにはテレビでも観たことないような浮き世離れした美しさの女性が立っていた。
「あ、あなたは…? ここはどこですか? それに私はどうなったんでしょうか!」
「私は女神 フローディアと申します。まずは落ち着きましょうか。順番にゆっくり説明しますので。」
慈愛に満ちた声で優しく語りかけてくれる。
女神というのは少し気になるけれど、それだけで何だか少し落ち着いてきた気がする。
「最初に残念なお知らせをしなければなりません。あなたは階段から落ちて亡くなってしまいました。」
ああやっぱりという思いはあったが、それでもまだ実感が持てないというのが本音だった。
「ここからが本題です。もし、あなたがまだ自分の人生を諦めたくないというのならば、一つ選択する権利が与えられます。」
女神はひとつ息をついて七ノ歌の目を真っ直ぐ見据えた。
「別の世界で生きる意志はありますか?」
あれだ、異世界転移というやつだ。
割とアニメとか観ていたのでその一言でピンと来た。
「もしかして、チート能力とかもらえて悪役令嬢になったり逆ハーレム築いたりスローライフとか出来るんですか?」
「ごめんなさい、半分くらい何を言っているか良くわからないのですが、概ねそのようなものだと思います。転移を望むのであれば、生き抜くために必要な能力をひとつ差し上げましょう。」
「い、行きます!それで、どんな能力もらえるんですか!?」
「そ、そうですね。少しあなたの記憶を覗かせていただいてあなたに合った能力を授けたいと思います。」
記憶を覗かれるのは恥ずかしいがこの際仕方あるまい、既に行く気満々なのだから。
「分かりました! よろしくお願いします!」
「それでは失礼しますね。」
そう言って女神は手を合わせて瞑想をするように目を閉じた。
特に七ノ歌自身にはまだ変化はないが、とりあえず静かに待っていればよいのだろう。
「ん… こ、これは…!?」
数秒後だんだん女神の様子がおかしくなりはじめた。
おそるおそる「どうしたのか」と問いかけても反応は返ってこない。
微妙に顔を紅潮させてハスハスと鼻息が荒くなってきている。
直後、カッと目を見開いた女神が七ノ歌の肩を掴んでガクガクゆすり始めた。
「あ、あの! フリフリの服を着た女の子たちが空飛んだり戦ったりしてたアレは何でしょうか!」
「へ…? あー、この間観た魔法少女アニメのことかな?」
「アニメ! 聞いたことあります! 私、女神になるためにずーっと真面目に勉強してきてこういうの今まで一度も触れたことなかったんです! アニメってこんなにも可愛くて楽しいものなんですね!」
「そ、そうですねー。あはは…」
突然テンションが爆上がりした女神にドン引きする七ノ歌。
「実は私、今日が女神として初めてのお仕事だったんです! すっごく緊張していたんですけど、あなたのおかげで何かやれる気がしてきました! ありがとうございます!」
「ソレハヨカッタデスネー(棒)」
「こんなにも素晴らしいものを教えてくれたあなたはもうお友達ですね! 私、初めてお友達が出来ました!」
お前が勝手に関係ない記憶を覗いただけだろ、というツッコミはかろうじて飲み込みつつ、唐突に一方的な友達認定をしてくる女神に戸惑いまくっていた。
「あのー、異世界転移とか能力付与とかをそろそろ…」
「そうですね!私にお任せください! 七ノ歌さんにピッタリの能力をプレゼントしますね! それでは七ノ歌さん、いってらっしゃい!」
テンション爆上げ女神は勢いのまま七ノ歌を異世界に飛ばしたのだった。
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「ここ…は…?」
気が付くと鬱蒼とした森の中にぽつんと座り込んでいた。
(聞こえますか、七ノ歌さん? ここは「アンガルド」という世界です。ひとまず七ノ歌さんには一般的な魔法使いの格好をしてもらっています。)
頭の中に先程の女神の声が響いてきた。
自分の体を見回しつつ顔をペタペタ触りながら自身の状態を確認するが、どうやら生前の容姿のままらしい。
確かにファンタジーとかでよく見る魔法使いっぽいローブを身に着けていてワンドも持っている。
密かに美少女になることを期待していたが、まあ転移だから仕方ないだろう。
「それで、これからどうすれば良いんですか?」
(はい、まずは能力のチュートリアルをしましょうか。とりあえず敵と戦ってもらいます!)
先程のおかしなテンションをまだ引きずっているのか、女神はまたおかしなことを言い出した。
直後、ガサガサと背後で音がした。
嫌な予感がしながらもゆっくりと振り返る七ノ歌。
七ノ歌自身よりもバカでかい蜘蛛が視界に飛び込んでくる。
「ぎゃーーーーー!!!」
女性とは思えない汚い悲鳴を上げながら一目散に逃げるも、すぐにドべっと木の根っこに足を引っ掛けて転んでしまう。
「し、死んじゃう…! 私死んじゃう…!!」
(七ノ歌さん、落ち着いてください! あなたの能力で簡単に倒せちゃいますから!)
「そ、そうだった。で、私はどうしたら良いの?」
よろよろと立ち上がりながら巨大蜘蛛に向き直る。
(今回は私が変身の掛け声かけますね。あとでちゃんと覚えてくださいね! それでは行きます。『マジカル☆ナノカ!チェーンジ アーップ♡』)
「…は?」
女神の掛け声とともに何故かキラキラなBGMが流れ始め、七ノ歌の身体が謎の光に包まれたかと思ったらローブが弾け飛んだ。
ぴゅん、ぴーんと可愛らしい音を出しながらブーツ、ミニスカート、アームガード、上着が無から生成され装着されていく。
「正義の魔法少女、マジカル☆ナノカ!みんな見ててね!可愛く可憐に登場♡」
自分の意志とは無関係に七ノ歌の口から鳥肌が立つようなセリフが吐かれた。
現れたのは幼稚園くらいの女の子が夢中になるようなフリッフリのショートドレスを着た成人女性(26)だった。
手にはコテコテの装飾が施されたステッキもしっかり握られている。
なお、そこまでは用意が間に合わなかったのか髪型や化粧は元の地味なままだった。
(きゃー!ナノカさん、かわいー!)
呑気に歓声を上げる女神。
「な、何なのよこれーーー!!!」
七ノ歌の絶叫が虚しく響く。
「キッツ…」と思ったのかは定かではないが、巨大蜘蛛が逃げ出し始めた。
(あ、七ノ歌さん蜘蛛を追ってください!魔法少女の力で倒しちゃいましょう!レジェンド魔法使いレベルで凄いんですから!)
「いや、あんなのもうどうでも良いから早く元に戻s… ぎゃー!!」
七ノ歌の身体が蜘蛛に引っ張られるようにすっ飛んでいく。
(飛行は難しいですからね。今回はサービスで私がコントロールしますね!)
蜘蛛は非常に俊敏だったが、1分もしないうちに追いついてしまう。
(今がトドメのチャンスです!私に続いて技名を叫んでください! 『ムーン・キュア・ファイヤー!』 はい!)
「はい!じゃないのよ、クソ女神! んな恥ずかしいもん叫べるか!」
もう色々と壊れてきていた七ノ歌は暴言を吐きながら断固拒否する。
(あ、まずいです!あの蜘蛛おじいさんを襲おうとしてます! 七ノ歌さん早く!)
「…ぅぐ!もうどうにでもなれ! 『ムーン・キュア・ファイヤー!』」
ヤケクソ気味で叫ぶと巨大な火の玉が蜘蛛に向かって飛んでいき、一瞬で燃やし尽くしてしまった。
(きゃー!やったー!かっこいいー!)
無邪気な幼女のように喜ぶ女神。
もう最初の荘厳な雰囲気は微塵もなかった。
「ねえ、もういいでしょ。早く戻しなさいよ。」
(はーい。おじいさんにも大丈夫か声かけてあげなきゃですもんね。)
シューンと2秒ほどで元のローブ姿に戻る七ノ歌。
ようやく落ち着いたのか思わずため息を漏らしながら助けたおじいさんの方へ向かう。
「……なんで要介護のおじいちゃんがこんな場所にいるのよ。徘徊?まあ、いいわ。助けてあげたんだかr ぷぎゃッ」
本日三度目の盛大な転倒を決めた彼女。
鈍臭さは死んでも治らないようだった。
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