クリスマスの贈り物
🐉東雲 晴加🏔️
クリスマスの贈り物 前編
この国はもう夏だけになってしまったのではないかと思っていたのに、ビルの間から吹き抜ける刺すような冷気を感じると、暖かかった頃が懐かしくなってしまうのだから現金なものだ。
コートの前をしっかりと閉め、
「……メッセージ、ないなぁ……」
スマホを開いてバイト前と変わらぬホーム画面の表示にため息をつく。
バイト先近くの大学の学生、翔真と付き合いだして約五ヶ月。コミュニケーションお化けで気が利く翔真からは、毎日まめまめしくメッセージや電話が来ていた。
……けれど、最近はちょっとその間隔が空き気味だ。
『バイト終わったよー。何してる?』とメッセージを送ろうとして指先が迷う。
これでは構ってと言っているようなものではないだろうか?
翔真と付き合い出してから知ったことだが、フットワークが軽くてチャラそうに見えた彼は体育大学の学生で、陸上競技に従事しており、割と本気で競技に取り組んでいるようだ。
体育大学生なのだから、スポーツマンなんだろうとは思っていたが、平日の放課後はほぼトレーニング。土曜日も半日は練習や試合などに出ているらしい。流石に日曜はオフらしいが、その貴重な休日を、里桜と付き合いだしてからはほぼ一緒に過ごしている。
見た目がチャラそう……と出会った頃は過剰に塩対応をしてしまったけれど、蓋を開けてみれば翔真は優しいし、連絡もこまめにくれてよく気がつく。
女子校育ちで彼氏など今までいなかった里桜にしてみれば、理想的な彼氏だ。気がつけば、翔真に釣り合うような女の子になりたい……と思うくらいには、里桜のほうが彼のことを好きになってしまっている。
「そろそろ大学はお休みになるよね。あ、でも部活はまだあるか……忙しいのかな」
授業の合間の昼時間に、里桜に会うためだけに走ってバイト先にお弁当を買いに来てくれていることが、決して簡単なことではなかったことに今更ながら気がつく。
冬休みに入ってしまったら、会う回数も減ってしまうだろう。授業終わりや、練習の休憩中にくれていたメッセージの返しが、ここひと月ほど、夜の二十二時すぎにならないと返ってこないのだ。
二人とも家自体はそんなに遠くないけれど、実家暮らしだから日曜だけのデートは健全そのもので。それでも里桜は充分楽しかったけれど、翔真にしてみたら物足りなかったのかもしれない。
(このまま……飽きられちゃうかも……)
メッセージの返しの感覚がどんどん開いて、そのまま関係もフェードアウトしてしまうという話は友達からも聞いたことがある。翔真はそのタイプではないと里桜も信じたいけれど、返信が途切れがちなここ最近に、目の淵にじんわり涙が溜まりそうになった。
ポコ。
涙がこぼれ落ちる前に、スマホの画面に通知がつく。
待ち望んでいた人からのメッセージに、里桜は慌ててアプリを開いた。
そこには、『お疲れさま! クリスマス、平日でちょっと会えそうにないし、二十日の夜、イルミネーションとか見に行かん?』の文字。里桜は現金にも、さっきまでの鬱々とした気持ちなどすっかり忘れて、スマホに向かってコクコクと首を縦に振った。
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休日に久しぶりに会った彼女は、破壊的に可愛かった。
(……これは俺、試されてる??)
いつもはきちんと縛っている髪の毛を、今日は下ろしてハーフアップにし、ゆるく巻かれた毛先が左右に揺れる。チョコレート色のチェックのロングスカートに、オフホワイトのコートが、ふんわりとした里桜にぴったりで甘い香りが漂ってきそうだった。
バイトの時は、いつもシンプルな格好をしているから、……この格好を自分のためにしてきてくれたのだと思うと口元が勝手にニヤけてしまう。
「今日の髪の毛メッチャ可愛いね。ふわふわー」
揺れる毛先に軽く触れると、里桜は恥ずかしそうにしたけれど、ちょっと前みたいに「触らないで下さい!」と叱られることは最近なくて、それがよけいに嬉しくなってしまう。……まあたまに、照れ隠しで怒ってくれてもそれはそれで可愛いのだけれど。
ここ最近忙しくて、なかなか時間のとれなかった翔真は、会えたことに満足そうに笑って里桜の手を取った。
「……あれ。里桜ちゃん……調子悪い?」
見た目の可愛さに一人内心でお祭り騒ぎだった翔真だが、久しぶりに会ったというのに少々口数の少ない里桜に、不思議そうに声をかけた。里桜は「そんな事ないですよ」と翔真を見上げる。その笑顔が作られる前に、一瞬の
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翔真が向かった先は、芝公園で開催されているクリスマスマーケットだった。
公園のあちこちでクリスマスカラーのお店が開き、雑貨や温かい食べ物なんかが販売されていて多くの人で賑わっている。
「うわー! 夏のまつりと違って、クリスマスマーケットに来るの初めてだけど、なんかワクワクすんね!」
子どもの時のクリスマスの感じ、思いださん? とツリーのオーナメントみたいに目を輝かせて翔真が言うのに里桜は笑ってしまった。
マーケットを順番に見て回り、小さな雑貨を買ったりして。冬の夕暮れはあっという間に進み、夜風が冷たくなってくる。歩く度に鼻腔をかすめるシナモンやホットワインの香り、夕暮れに浮かぶお店の淡い光がなんだか気持ちをふわふわとさせた。手が少しかじかみ出したところで、翔真が「ちょっと待ってて」と、里桜を残して屋台の方に走っていってしまう。
ぽつんと残された里桜は道の隅に寄り、所在なげに手を擦る。しばらくすると翔真が何かを手に戻ってきた。
「おまたせ!」
ジャーン! と音付きで差し出したのは、赤いマグカップに入れられた、サンタとトナカイのアイシングクッキーのついたホットココアと熱々のグラタン。
「わ……ぁ! 可愛い!」
ココアの入ったマグカップもクリスマス仕様で、今日のクリスマスマーケットのロゴが金の文字で刻印されている。
渡されたマグカップからはじんわりと熱が伝わって、かじかんだ理桜の指先を温めた。
「飲み終わったら、そのマグお土産に持って帰れるらしいよ」
ニコニコと笑う翔真の笑顔が、暮れてくる周りとは対照的に、マーケットの明かりに照らされて眩しい。
口に入れたココアは、甘く喉を通って里桜の中に落ちていった。
クリスマスマーケットでいくつか温かい食べ物を食べ、日比谷のイルミネーションを観に行く。
イルミネーションの中には、最近公開された有名なウサギのアニメ映画のツリーがあるらしく、辺りは多くの人で賑わっている。
「……これってあれだよな? ウサギとキツネのやつ」
「うん、そうだね」
クリスマス調にアレンジされたテーマソングとともに青から紫、黄色へと次々と色を変えていくツリーがビルの間に浮かび上がって、ここだけ違う世界に飛び込んだようだった。
「あのウサギってさ、なんか里桜ちゃんに似てるよね」
「え!? どこが!?」
思ってもいないことを言われて、思わず大きな声で聞き返す。翔真は里桜を見つめて可笑しそうに答えた。
「ちっちゃくて可愛いとこ」
その瞳に、愛しさとからかいの両方が混じっていて、里桜はどんな反応を返していいかちょっと迷ってしまったけれど、いつもやられっぱなしは里桜だってそろそろ癪だ。
「翔真くんも似てるよ、あのキツネに」
しかし、敵は里桜が思っているより手強かった。
「え? なになに? 格好いい所が?」
自信満々に微笑まれて、確かに。なんて思ってしまったけれど、そう思ったことがバレないようわざと唇を尖らせて、
「詐欺師っぽいところですぅ!」
と返してやった。
ちょっと失礼かな、なんて思わなくもなかったけれど、翔真は「ヒデェ」と可笑しそうに笑ったから。里桜は「もー、自意識過剰なんだから」と言いつつも、今度一緒に観に行こうなんて約束して。最後は二人で笑ってしまった。
里桜は、ちょっぴり落ち込んでいた気持ちが、じわじわと温められていくのを感じた。
【つづく】
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