百折不撓のアルゴリズム
一ノ瀬隆
1章 観測起点の交差
第一話 転機
戦争は、終わる兆しすら見せなかった。
瓦礫と化した街には、常に黒煙が立ち昇り、爆音と叫び声、焦げた鉄の匂いが日常となっていた。そんな世界で、二人の青年は必死に生き延びていた。レイとユキ。かつては家族と穏やかな日々を過ごしていた少年たちも、戦火の前では無力だった。生きるために、彼らが選んだのは、ただ“逃げる”こと──誰のためでもなく、自分たちの今日を生きるために。
「もう、大丈夫だ。ここなら、少しは安心して休める」
俺の声に、ユキは安堵の表情を浮かべた。
「偵察お疲れさま、レイ」
「ああ」
ユキと一緒に過ごすようになって、もう八年が経つ。戦火に囲まれた日々の中で、彼と共にいることだけが、俺の唯一の安らぎだった。
「少しは休めたか?」
夕暮れの焼け野原に、小さな焚き火が揺れている。壁に背を預け、いつものようにユキと他愛ない会話を始めようとしたその時、ユキは隣でぼんやりと空を見上げていた。
「考え事か? ユキ」
「ごめんごめん、ちょっと妄想してたんだ。もし世界が平和だったら、僕たちは出会わなかったのかなって」
世界が平和だったら……。そんな発想は、俺にはなかった。戦争しか知らない日々の中で、ユキと出会ったことが、すべてを変えた。
「出会ってることを祈るよ」
ユキと出会ってから、俺の世界は一変した。殺すか殺されるかの毎日が、ユキといるだけで希望に満ちた日々に変わった。彼のいない日常など、もはや想像できなかった。
「ほんと? 僕もそう思う」
ユキの笑顔は、この荒廃した世界には不釣り合いなほど美しかった。戦火とは無縁のような手や肌。もし世界が平和なら、きっと多くの人が彼に心を奪われただろう。思わずそんなことを考えていると、ユキが空を指さした。
「見て、レイ、あれ」
異様に明るい星が煌々と輝いていた。久しぶりに見るその光に、レイは思わず息を呑む。
その瞬間、空気が揺れ、世界の景色が歪む。重力まで反転したかのような感覚が二人を襲った。
「……!? ユキ、伏せろ!」
次の瞬間、世界は砕け散り、視界が暗転した。
気づくと、俺は見知らぬ森の中に立っていた。空気は澄み渡り、星が異様に近く見える。地図にも文明の痕跡すら残っていない、原始のような世界。
「……生きてるか、ユキ」
「僕は大丈夫。何とかね」
ユキの無事に安堵し、周囲を見回す。目に映るのは、見慣れない緑の光景。焼夷弾で荒れたかつての森とは、あまりに違う世界だった。
「それにしても、ここは一体……」
「戦争で森は全部なくなったと思ってたのに……」
分からないことを考えても仕方ない。とりあえず、探索を始める。夜が迫る前に、安全な場所を探さなければ。
しばらく歩くと、廃墟を発見した。ユキは森の奥から木の実や野草を持って戻り、軽く食事を済ませると、二人はそのまま休むことにした。
だが、朝が来ると、異変は起きた。
「……おはよ」
隣にいるはずのユキがいない。慌てて外へ飛び出すと、廃墟の前に立つユキの姿があった。顔は青ざめ、視線は一点に固定されている。その先から現れたのは、ローブを纏った謎の人物。人ならざる気配が混じる、その存在感に、レイは本能的に背筋が凍った。
「再臨した勇者よ。我々の理想には、貴様は邪魔だ」
何度も死線をくぐり抜けてきたレイにはわかった。あの男は強い――そして、殺意が、理性を超えて迫っている。頭が瞬時に計算しはじき出す答えは、ただ一つ――
確実に、殺される。
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