第3話「常識破りの入学試験」
シルヴァリア魔法学園の入学試験当日。会場には緊張した面持ちの少年少女たちが集まっていた。皆、貴族の家系に連なる者や類稀なる才能を見出された平民たちだ。その誰もがエリートとしての未来を夢見ている。
その中でユキナリはひどく場違いな存在だった。
「おい、見ろよ。アステール家の出来損ないだ」
「あいつ、まだ魔法使いになるのを諦めてなかったのか」
周囲から聞こえてくるひそひそ話にユキナリはぎゅっと拳を握りしめる。以前の彼ならこの視線と悪意に耐えきれず逃げ出していただろう。
だが今は違う。
彼の胸元でカバンにしまった魔導書がかすかに温かい。まるでカイが「俺がついてる」と励ましてくれているようだった。
(大丈夫。僕とカイならきっとできる)
自分に言い聞かせユキナリは背筋を伸ばして前を向いた。
最初の試験は筆記だ。魔法史、魔法理論、古代ルーン文字など幅広い知識が問われる。魔法が使えないユキナリにとって本来なら絶望的な科目のはずだった。
試験官の合図で一斉にペンを走らせる音が室内に響く。
ユキナリはそっと机の下に置いたカバンに意識を向けた。
『よし、準備はいいか、ユキナリ』
頭の中に直接カイの声が響く。これは二人が編み出した念話のようなものだ。魔力を糸のように伸ばし魔導書と繋がることで声を出さずに会話ができる。
(はい、カイ。お願いします)
『第一問。古代魔法文明の崩壊理由について通説以外の仮説を三つ述べよ。……はっ、簡単だな。答えは――』
カイは彼の持つ現代日本の知識を惜しみなくユキナリに伝えていく。地質学的な気候変動説、未知のウイルスによるパンデミック説、そして魔法技術の暴走による自滅説。この世界の人間が思いもよらない科学的根拠に基づいた解答だ。
ユキナリはカイが語る言葉をただ夢中で羊皮紙に書き写していく。
それはもはやカンニングという次元を超えていた。カイの知識はこの世界の魔法理論を根底から覆しかねない異次元の代物なのだ。
『次、魔法陣における魔力効率の最適化について。これは俺の世界の電気回路の理論が応用できるな。抵抗値を最小にするには……』
次々と出される難問をカイはまるでクイズを解くかのように軽々とさばいていく。ユキナリはその知識の深さに改めて驚嘆しながらペンを走らせ続けた。
試験終了の合図が鳴った時、ユキナリの答案用紙はびっしりと文字で埋まっていた。周囲の受験生たちが頭を抱えている難問も彼にとってはただの書き写し作業に過ぎなかった。
数時間後、筆記試験の結果が張り出された。
「うそだろ……」
「満点……!? あの出来損ないが?」
掲示板の前でどよめきが起こる。
受験者番号と名前が並ぶ中、ユキナリ・アステールの名前の横には完璧な成績を示す「満点」の文字が輝いていた。
一番驚いたのは他ならぬユキナリ自身だった。
(カイ、すごい……本当に満点です)
『当たり前だろ。誰が教えてやったと思ってるんだ』
カイは得意げに胸を張る。もちろんその姿はユキナリにしか見えない。
この予想外の結果に最も苛立ちを露わにしたのはゼノンだった。彼は常に学年トップの成績を収めてきたプライドがあった。それが見下してきたユキナリに、それも満点という形で上回られたのだ。
「……まぐれだ。どうせ実技で化けの皮が剥がれる」
吐き捨てるように言うゼノンの言葉は他の受験生たちの意見を代弁していた。誰もがユキナリの筆記試験の結果を何かの間違いか幸運だとしか思っていなかった。
そして運命の実技試験が始まった。
試験内容は的当てだ。目の前に設置された複数の的を、自らの得意な魔法で破壊するという魔法使いの基礎能力を測るものだ。
受験生たちが次々と華麗な魔法を披露していく。ゼノンは巨大な火球を放ち全ての的を一撃で粉砕して見せた。会場からは感嘆の声が上がる。
「次、ユキナリ・アステール!」
試験官に名前を呼ばれユキナリはゆっくりとフィールドの中央へ進み出た。
会場がしんと静まり返る。誰もが固唾をのんで見守っていた。あの出来損ないが一体どんな無様な姿を晒すのか、と。
ユキナリは深く息を吸い込む。
(カイ、行きます)
『ああ。練習通りやれ。派手にぶちかましてやれよ』
カイの力強い声に背中を押され、ユキナリは右手を的の方へと突き出した。
呪文は唱えない。ただ意識を集中させる。
(イメージするのは一直線に突き進む槍)
だがただの槍ではない。カイが教えた理論に基づき、空気の壁を極限まで圧縮し一点に収束させた不可視の槍だ。
『目標、正面の的。エネルギー収束率、九十八パーセント。撃て!』
カイの号令と共にユキナリは掌に込めた魔力を一気に解放した。
瞬間、キィン! という甲高い音と共にユキナリの手元から衝撃波が放たれる。目には見えない何かが凄まじい速度で直進し――。
ドガァァン!!
一番手前にあった的が内側から爆発するように木っ端微塵に吹き飛んだ。
だが衝撃はそこで止まらない。
不可視の槍は勢いを殺すことなく二つ目、三つ目の的を貫き、一直線に並んだ全ての的を一瞬で粉砕してしまった。
「な……!?」
「今のは、何だ……?」
何が起こったのか誰にも理解できなかった。呪文もなければ魔法の光もない。ただ轟音と衝撃だけがそこにあった。まるで透明な砲弾を撃ち込んだかのようだ。
試験官たちも呆然とその光景を見つめている。
「い、今の魔法は……一体、何という……」
ユキナリはカイに言われた通りのセリフを口にした。
「……『空気圧の集中と解放』を応用した、僕のオリジナルです」
もちろんそんな魔法はこの世界のどこにも存在しない。カイの物理学の知識を魔法で無理やり再現しただけの全く新しい現象だ。
会場は先ほどとは違う意味で静まり返っていた。嘲笑は消え、代わりに困惑とほんの少しの畏怖がその場を支配していた。
ゼノンは信じられないといった表情でユキナリを睨みつけている。
「ば、馬鹿な……あいつが、あんな力を……」
結局、ユキナリの実技試験の評価は「判定不能」とされた。前代未聞の現象に試験官たちが点数をつけられなかったのだ。
数日後、合格発表の日。
ユキナリは自分の受験番号が掲示板にあるのを見つけた。
「……あった」
その横には「補欠合格」の文字が記されていた。
筆記は満点、実技は規格外。そんな異例ずくめの結果に学園側も判断に迷ったのだろう。
それでも合格は合格だ。
『補欠とはな。まあ上出来だろ』
カイの声がどこか満足げに響く。
「はい。これも全部カイのおかげです」
ユキナリは胸に抱いた魔導書をそっと撫でた。
出来損ないと蔑まれ続けた少年がシルヴァリア魔法学園の門を叩く。それは彼と彼の秘密の相棒にとって、これから始まる壮大な物語のほんの序章に過ぎなかった。
青い空を見上げながらユキナリは新たな決意を胸に誓う。この場所で必ず最強の魔法使いになってみせる、と。
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