聖剣まだ抜けず、往々にして四肢爆散

ツキウチカナヘビ

第1話 その聖剣抜くこと能わず

 険しい山々の麓にある小さな村に私は生まれた。小さな村といっても財政状況は悪くなく、むしろ全体の収入を一人当たりに換算すればかなり潤っている部類だろう。


 ではなぜこんな辺鄙な村が栄えているのか。その理由の一つは、この村に100年の間鎮座し続ける、一振りの聖剣にあった。


 今から丁度150年前この世界は数多の大厄災によって人口の約4割が死滅し、人が住める土地の2割が不可触地域となった。そこから約50年の年月を費やし人類は次なる厄災への対抗策を生みだした。


 それこそが聖剣である。聖剣とは古くから伝わる伝承や伝説、精霊や地脈、神の権能の一部が封じ込められた、いわば決戦兵器のようなものである。聖剣とはつまるところ莫大な力の塊であり、程度は違えどそれぞれが意思を持ち、おのおのが自身の意思によって使用者を選ぶ。


 そうして作られた聖剣は100にものぼり、より広く世界を守るため人々によって各地へと届けられた。


 そのうちの一振りがこの村にある聖剣なのである。


 しかしこの聖剣どういう訳か、この村に届けられてから100年の間一度も使用者を選ぶことはなく、いつまでも台座に鎮座し続けるだけであった。


 西の英雄が挑み、東の豪傑が勇んで立ち向かい、北と南の蛮族は猛々しく柄を握りこんだ。しかしその誰にも聖剣は呼応しなかった。そしてついには、この世界に散らばった聖剣の中で一度も抜刀が為されていない、いわくつきの剣となった。


 村の中央ど真ん中、大きな岩に突き刺さった鞘付きの聖剣をじっと見つめた。


 いよいよだな。


 長い間抜けずここに鎮座し続けたこの聖剣も、明日ついにその身が人の手によって引き抜かれる。


 ”今日この村の成人を迎える子供が抜けずの聖剣の使い手となる”


 数か月前、世界の有力な預言者達がこぞって唱えた、ほぼ確実視された預言。


 そして隣にはその予言の当事者のうちの一人が、きらきらとした瞳を輝かせ剣を見つめていた。ブロンドの艶のある髪が風に吹かれなびいている。

 その少年がグルんと首を90度回転させ、こちらを向いた。


「いよいよだな!エクス!ジャンケンで決めたからな!恨みっこなしだぜ?明日一番に聖剣に挑むのはこのオレだ!!」


 この人懐っこい笑顔の美少年の名前はリヒト。預言の子にして、大人顔負けの戦闘力を誇る神童だ。


「私が前でも後でも、結果はどうせ同じでしょ。聖剣を抜くのはリヒトだよ」


「何言ってんだよ!!俺が抜けなかったら!その後この村で誰が聖剣を抜くんだよ!!」


 お前が抜けなかったら誰も抜けねーよ。

 といった言葉を口に出す寸前で引っ込める。この言葉を投げかけたところで目の前の少年は納得しないだろう。余計にヒートアップするのがオチだ。


 私とリヒトは小さい頃から、この聖剣を抜くために村の長老から鍛えられてきた。最初は多くの子供たちがこぞって参加していたが、修行が些か過酷で多くの時間を費やすため、遊び盛りの皆は徐々に去っていった。そうしてついには修行に参加していたのは私とリヒトの二人となった。


 だが決して勘違いしないでほしいのが私がリヒトみたいにずば抜けた才能の持ち主ではないということだ。


 私はただ、リヒトに流されてやっていただけ。もちろん最初は聖剣に憧れたが、そんなものリヒトを長年間近で見ていればすぐに消え失せた。


 でも修行自体は嫌いじゃなかった。ただ言われたことを淡々と続けるだけ。村の皆みたいに好きなことも無ければ、得意なこともなかった私には、むしろそれがありがたかった。修行さえしていれば、働かなくてもよかったし、皆からも尊敬の念を向けられるからだ。


 そんな生活もいよいよ今日、成人と予言が丁度重なったこの日をもって終わる。

 はあ、明日からどうしようかな。


 まあ、そんなくだらない私の不安よりも、とりあえず今は親友の晴れ舞台だ。手に力を込めて笑顔でリヒトの背中を叩いた。


「行ってこい!リヒト」


リヒトの瞳がまっすぐに自分を見つめ、はにかんだ様な眩しい笑顔の返事が返ってきた。


 気づけば私たちを取り囲むように大勢の人が広場に集まっている。村の外から来た人たちも沢山いて、この人だかりの数が事の重大さを物語っていた。村の家々には様々な色の旗が列をなすように掲げられ、一目でこの村がいつにも増して活気づいていることが分かった。


「皆!!オレはやるぞーー!!!!!」


 掛け声に広場の全員が呼応する。リヒトが聖剣に手をかけ、ちからを込める。強い圧力がかかったリヒトの両手は白く変色していた。


「ふん!!うおおおおお!!!」


「!!!」


 聖剣の刀身が激しく光を放ち、微かにその姿が顕わになる。丁度掌の長さだけ聖剣が抜けかけていた。

 前人未到の快挙に広場が大きく沸き立ち、人々が口々に歓声と激励を飛ばした。


「やれ!!!リヒト!!!」


 やはりリヒトは凄いやつだ。100年間誰も抜けなかった聖剣が、今にも鞘から解き放たれようとしていた。剝き出しになった刀身の輝きがどんどん増し、肌が熱を感じる。


「うおおおおおおおおお!!!抜けろおおおおお!!!!!!___


「!?」


 今にも抜けようとしていた聖剣から、目も明けられないほどの光が発せられ、その瞬間に広場、いや、村全体が轟音に包まれた。

 激しい風圧に思わず後退しかけた瞬間、自身の体全体が何かに包まれた感覚がした。


 光が収まり目を開けようとして気がつく。


 私はどうやら何らかの液体のようなものをかぶってしまったようだった。どんどんと目に入り込んでくる謎の液体を何とか拭い、視界を確保した。


え? なんだ、これ


 開かれた視界には真っ赤な液体に染まった自分の両手と、何かが爆発した後のような煙が聖剣があるであろう場所からもくもくと立ち昇っている。


 そうだリヒトは、、、


 突如ずんとした重みを両手に感じる。日頃の修行の成果もあってか、死角からの飛来物だったが私の体はそれを無害だと判断し、それをキャッチした。


「は?」



 思考が停止した。視覚から情報はとっくに脳に伝わっていたはずだが、脳が理解を拒んだ。


 私の両腕に抱きかかえられていたもの


 それはリヒト、僕の親友の頭部だった。


 (悪い、しくった)


 頭と胴体が泣き別れになっているというのに、リヒトは口パクで会話を試みようとしていた。


 そのあまりにもの理解不能な光景に私のキャパは限界に達した。リヒトの頭を落とさないようにしっかりと抱え込み、そっと目を閉じ、意識を沈めた。







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聖剣まだ抜けず、往々にして四肢爆散 ツキウチカナヘビ @Tsukiuchi

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