第9話、廃屋の夜に

 合同クエストが終わり、夕方の帰路。薄茜の空を背に、五人はアジトへと続く街道を歩いていた。


「エドラ、サリー。分かっていると思うが、今回のクエスト報酬はお前たちにはない。……それとエドラ。お前はしばらく罰として、一週間『畑仕事の手伝い』クエストな」


「結局そのペナルティかよ!」

 エドラが頭を抱える。


(『畑仕事の手伝い』って……またあれ? ていうか、あのクエストをペナルティ扱いするのもどうなの?)

 サリーは心の中で思わず突っ込む。


「お前は魔物狩るより畑仕事のほうがお似合いだからいいだろ」

「なんだとテメェ!」


「よさんか、バカ者ども」

 アリアの鉄拳が二人の頭に同時に落ちた。


 そんなやり取りをしながらアジトが見える場所まで戻ってきた──その瞬間、アーサーが不意に足を止める。


「……は?」


「……っ!?」


 三人も続けて息を呑む。

 そこにあるはずのスカイホークのアジト──古城は、半壊していた。


「ひどい……誰がこんなことを!」サリーが叫ぶ。

「モンスターの仕業……いや、人の手か……?」アリアが険しい顔で呟く。

「団長、これはいったい……」スノウも青ざめる。


「……いや、それよりエリーだ。留守番してたはずだろ。お前ら、探すぞ!」


 アーサーが全員に呼びかけた直後──


「嘘でしょ!? アジトが半壊してるじゃない!」

 焦るサリーの横で、


「えっ、何これ!? どうしたのみんな!」

 聞き覚えのある声がした。


 買い出し帰りのエリーが、買い物袋を抱えたまま目を丸くしていた。


---


 事情を聞いたエリーを含め、一同は混乱していた。


「誰が俺たちのアジトを……許せねぇ!」エドラが拳を握る。

「誰だろうと見つけてぶっ潰す!」スノウも同調する。


「よさないか、お前たち」アリアが制止する。

「落ち着け。誰も怪我してねぇんだ、騒ぐだけ無駄だろ」アーサーが冷静に言った。


「しかし団長……さすがにこれは騎士団へ通報をするべきなのでは?」

 アリアが意見を求める。


「アリア。今は時間が遅い。調査は明日だ。……おい、エリー」


 呼ばれたエリーが駆け寄る。


「修復、どのくらいでできそうなんだ?」


「即興なら……ホールだけで三十分くらいですかね」


「よし、それでいい。ホールだけでもいいから頼む。他のやつらは全員、一旦外に出ろ!」


---


「アリアさん……エリーさん一人を中に残して大丈夫なんですか?」

 サリーが不安げに問いかける。


「大丈夫だ。エリーは空間魔法の使い手だ。建築や構造の修復は得意なんだよ」


 アリアが言い終えると同時に、アジト内部で眩い魔法陣が展開される。


 次の瞬間、古城の内部に半透明の立方体が現れ、光の粒子が空間全体へ流れ出していく。

 エリーが指先をひと撫でするたび、空間はスライドパズルのように静かに動き、欠けた部分へ新たな構造が吸い込まれるように嵌っていく。


「……うん、今夜はここで過ごすし、もう少し広げておこう」


 指先の動きに連動し、壁と天井が押し出されるように広がっていき──

 受付ホールはたった数十分で仮設宿舎へと変貌した。


「すげぇ……!」

「これが空間魔法……!」

 エドラ、サリー、スノウは目を輝かせる。


 三十分後──


「はぁ……はぁ……団長、一応……仮設宿舎だけでも……できました……」

 魔力の使い過ぎで息を荒げるエリー。


「助かった、エリー。よし、お前ら。完全修復まではここをアジト代わりに使う。掃除して、飯食って、寝る! ……それと俺は明日、遠方のクエストで朝からいない。帰るまでアリアに従え」


---


 深夜。

 服を取りに、半壊した自室に戻ったエリー。


 クローゼットから服を取り出した際、ふと机の上に置かれた封筒が目に入った。

 差出人の印章を見た瞬間、彼女の表情が固まる。


 夜の静寂。

 誰もいないのを確認し、エリーはアジトを出た。


 辿り着いたのは近くの町の酒場。

 人影の少ないテーブルに座ると、間もなく、エドラやスノウと年が近い若い男ヴァイルが向かいに腰を下ろした。

 彼のジャケットには「オルトロス」の紋章──。


「……まさか、本当に来るとはな」

「ギルドをめちゃくちゃにしたのはあなたたち? 目的は何?」


「団長の命令だ。脅しの一環だよ。目的は手紙に書いてあるだろ。『お前の実家が、あらゆる手段で連れ戻せと依頼してきた』──それだけだ」


「なんで今さら……」

 エリーの声は震えていた。


「さあな。ただ、家出娘を保護して帰すのも、正規ギルドの務めだ」


 その言葉に、エリーは悲しげに目を伏せる。


(どうして……?

 今まで私なんて疎んでいたくせに)

(ここで逆らえば……スカイホークのみんなに迷惑がかかる……)


「一つだけ聞かせて。私が素直に従ったら……スカイホークのみんなに手は出さない?」


「当然だ。俺の仕事は、あんたを連れて帰るだけだ。余計な真似はしない」


 真っ直ぐな目に、エリーは静かに頷いた。


---


 彼と共にアジト前へ戻る。


「別れは言わなくていいのか?」


「……大丈夫。手紙は置いてきたから」


(本当はもっとみんなといたい……

 でも、実家が何をしてくるか分からない以上……これが最善)


 エリーは震える息を整える。

 二人はアジトに背を向け、夜の闇へ消えた。


---


 翌朝。仮設宿舎の中はざわついていた。


 エリーがいない。

 残されたのはクエストボードに貼られた一通の手紙。


『拝啓

アーサー団長。私、エリーは一身上の都合によりギルドを辞めさせていただきます。

アリアさん、スノウ、エドラ、サリー……一緒に過ごした日々は本当に楽しかったです。

どうか、私を探さないでください』


 エドラは震える指でその手紙を握りつぶした。


「探すな、だと……?」

「そんなわけないだろ」

「明らかに巻き込まれてる……!」


 三人の瞳に怒りと焦りが宿る。


 エリーの失踪──そしてアジト半壊。

 ただの偶然ではない。


「お前たち、落ち着け!」

 遠方クエストのためアーサーが不在の朝。

 アリアが声を上げ、皆を鎮めた。


「アリアさん、ここまでされてまだ止めるんですか!」

 エドラが詰め寄る。


「エドラ、落ち着け! 私は何も“動くな”とは言っていない! 少し冷静になれ!

アジトを半壊にした者が、恐らくエリーに手紙を書かせて連れ去ったのだろう。──副団長命令だ。アジトを半壊させた奴を探し出し、エリーを取り戻すぞ!」


 その瞳に宿る怒りは、エドラたちだけのものではなかった。


「もちろんだ!」

「スカイホークを舐めたらどうなるか、思い知らせてやる!」


 意志を固めたスカイホークは、仮設宿舎から飛び出した。


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