第34幕・罪と罰

「魔王様…!」

肋が欠損した魔王を目にし、プロミネンスは憔悴を露わにした。

「お〜…やるじゃん」

ウェルダーはそう呟きながら傍観している。


「貴様ッ…魔王様に歯向かうか…!」

アビスは激昂した。

「…よせ、アビス。」

「っ!?…魔王様…」

魔王はアビスを静止した。


「…その程度か?インフィニティ…。」

…消し飛んだ筈の魔王の肋が瞬時に再生した。

それとほぼ同時に、破砕して床に落ちたステンドグラスが浮かび上がる。


…無数の破片が、恒星の如く光った――


「 "シャード・ガイザー" 」


宙に浮かぶステンドグラスから、"白い髪の女"を目掛けて光線が降り注いだ。


「くっ…!」

女は咄嗟に身を躱した。


光線は女を追い掛けるかのように、その軌道を変化させていく。絨毯、石造りの壁や床が、光に触れた側から真っ黒な炭へと変化していく。


「…何故だ?何故お前は人間の味方をする?

お前は何故、人間の味方で居られる?」

「…やめろ…黙れ黙れ黙れ!!!」

女は魔王を睨みつけて叫ぶ。


魔王は指先を女に向けて動かした。

連動するように光線の軌道が逸れる。


無数の光が、一点目掛けて集約した。


ドッ――


轟音と共に、青い火柱と爆煙が舞い上がる。


一筋の光が煙をぶち破る。

白い髪を靡かせながら、女は青炎を撒き、壁へと飛び移り、疾走する。


「"牢獄ジェイル"」

魔王の呟きに合わせ、光線が再び軌道を変える。

女を取り囲むように、光線が降り注いだ。


「…目を背ければ過去が消えるとでも?

……否定すれば真実が変わるとでも?」

一寸の隙間も無い網の中に捕らえられた女に向けて、魔王が言う。

「うるさい…!黙れ黙れ黙れ黙れ――」

女は踏みしめた壁に…足元に手を当てる。


「黙れえぇぇえぇぇぇぇぇっ!!!」


耳鳴りがする程の高周波が響き渡る。

次の瞬間、城壁が石を投げ込まれた水面のように揺らぎ、崩壊した。

揺らぎは周囲に伝播し、巨城を徐々に瓦礫の雨へと変化させていく。


女は落下する瓦礫を次から次へと飛び移る。

瞬きをする間に、最後の一歩を刻んだ瓦礫は次々光に呑まれていく。


…女は魔王の立つ地面を睨みつける。

降り注ぐ瓦礫と、巻き起こる砂煙の隙間に魔王はただ立っている。


「…滅べ」

 ――城内と一続きになった空に閃光が走る。


「"スティンガー・ボルト"ッ!!!」

巨大な針のような雷が、魔王目掛けて落下する――



「"発射ファイア"」


 ――突如として女の鳩尾に、拳が通る程の穴が開いた。


「…自ら死角を作るとは…愚策だったな。」


女の目には、飛び移ろうとしていた宙を舞う瓦礫…そこに空いた穴…そしてその先にある"破片"が映っていた。


女は真っ逆さまに落下する。

その軌道を描き出すかのように、溝尾から血が溢れ出した。



・ ・ ・



鮮烈な痛みが全身を襲う。

自分の血の匂いが鼻につく。


崩壊した屋根の隙間から空が見える。


…崩れた城は時と共に、まるで泡が弾ける様を逆再生したかのように、ひとりでに復元されていく。

…空はたちまち見えなくなってしまった。


「…その程度では死なない筈だ。

…お前の体内には、まだ"魔力の種子"が残っている。」

…視界の端に、私を見下ろす魔王が見えた。


「全く理解出来んな。何故お前は抗い続ける?何故お前は、記憶を失おうと取り戻そうと、人間の味方をし続ける?」



「 "勇者を殺したのは、お前だというのに。" 」


悲痛な叫びが胸まで響く。

血の匂いを鮮明に思い出す。


私は、為されるがまま悪夢へと引き摺り込まれていく――


・ ・ ・


「…およそ200年前。私は致命傷を負い、弱体化を極めていた。勇者との戦闘に勝利する見込みは、砂漠で雨を祈るよりもか細い物だった。」



『…勇者様っ!ラスコフさんへの回復魔法が…効かないんです…!』

…筋骨隆々とした男性の身体を揺すりながら、女性か泣き叫んでいる。


『……回復魔法は…死んだ人間には効果が無い……シリンダ、ラスコフはもう…』

『違います……魔法の調子が悪いだけ…たまたま効いてないだけなんですっ…!やり方次第で……きっと…』


・ ・ ・


「…だから我々は、お前を拉致し、"モンスター化を試みた。」


『…シリンダ、俺がやる。お前は先に逃げてろ。』


『…シリンダ?』

応答が無い事に違和感を覚え、青年が振り向いた先には、"下半身だけになった"さっきの女性の姿があった。


・ ・ ・


「…得られたのは想像以上の結果だった。

モンスターと化したお前が、易々と勇者一行を全滅させた様は…今でも覚えているとも。」


「だから…"私はお前に感謝している。"」



 ――激痛に身悶えする中で、顔を上げた。


魔王がこの上無く邪悪な表情を浮かべ、私を見ている。


私は再び魔王を睨みつけた。

せめて罵声の一つでも浴びせようとするが声が出ない。


…息ができない。

視界は徐々に光を失っていく。微かなノイズが聴こえる。

なのに、魔王の声は鮮明に、私の脳裏に響いてくる。


「…お前はこう言いたいのだろう?

"勇者が死んだのはお前の所為だ"と。」


・ ・ ・


途切れた意識の先で、私は真っ白な部屋に辿り着いた。

現実なのか夢なのか区別すら付かない…まるで明晰夢に堕ちていくようだった。

自分の身体に触れても、見つめても、怪我の痕跡は何処にも見つからない。

血みどろになりながら、苦痛に包まれていた直前の感覚は、まるで嘘のようだった。



『…勇者の死の原因を生んだのは私である、それは確かな事実だ。』


……そうだ…。私は…お前の所為で…


『…だがお前は、自ら望んで勇者に同行した筈だ。』


『……もう一度言おう。傷を負った私では、先代勇者に勝つ事は不可能であったと。』


………。


『お前が拉致される隙を見せなければ…

お前が我儘で勇者に同行しなければ……

お前が勇者と出逢わなければ………


お 前 が 居 な け れ ば 、


勇者は勝利していた。それも確かな事実だ。

…お前は、人類の希望を傍から打ち砕いたのだ。』


……そんな……違う……!


『違わない。…今日に至るまでに我々が引き起こした災厄の数々も、お前が居なければ起こらなかった事だ。…襲撃も殺戮も街の炎も…仲間の傷もな。』


…私は…そんなつもりじゃ…!


『そうか…ならば、教えてやろう。』



『 勇者は、お前を憎んだまま死んでいった、と。 』


……………!!!



『…人類が、死んでいった者達が、お前を赦すと思うか?…受容すると思っているのか?』


『…そんな筈は無い。"お前は人間じゃない"。

お前に帰る場所など残っていないというのに……。』


『…全く烏滸がましいな。お前は、何時まで罪に目を背け続けるつもりだ?』




……ああ…


…そっか。


…私は…


……自分の手で全てを…壊してしまったんだ…






…リカブさんは、私の罪を知ったら、どんな顔をするんだろう。


…きっと、怒るだろうな。あの人はいつも…正義に生きているように見えた。



……ヨシヒコさんに…謝ってなかったな。

"勇者の真似事をさせてしまって、ごめんなさい"って…


…彼はただ、不憫な子供に過ぎないハズなのに。



…"勇者様"は最期、どんな言葉を遺したんだろう…。それだけが、未だに思い出せない……

…最低だ…私は…もう……

心さえ人間じゃ…なくなったんだ……



…結局のところ私は……幸福を知らなければ…


…"あの村"で…焼け死んでいれば良かったんだ…。









『…お前にはもう、後戻りする選択肢は無い。』


『お前は既に、"こちら側"の者だ。』


『…夜はもう明けている。目を覚ます時間だ。』




『…問うぞ。"お前の名前は…何だ"。』


To Be Continued

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