第31幕・Sink and melt


………。


…帰らなくちゃ…


…私は、帰らなくちゃ…


…帰らなくちゃ、いけないんだ…。


………。


帰るって…、



『…帰るって、何処に?』




『お前は…人を傷付けたお前は…』


『もう、人間には戻れないだろう…。』


…確かあの人は、そう言っていたんだ…。



・ ・ ・


「ここが…我らが魔王様の牙城…。遂に私も魔王様へのお力添えが出来るのですね…!」

先の戦いで"相棒1号"と称されていた、みすぼらしい中年の姿をしたモンスターが、口角を吊り上げて言った。


城と周囲を隔つ谷を跨ぐ石橋を、3体のモンスターが横に並んで歩いている。

彼等の背を小走りで追いながら、中年のモンスターが声を掛けた。


「ウェルダー様!私めに、どうかご指示を!

魔王軍新参者として、人類殲滅の為に如何なる助力を惜しまない事を誓います!」

ウェルダーは、ゆっくりと振り返った。

「指示か…そうだな…。じゃあ…」

軽く首を傾げて呟くや否や、ウェルダーは"相棒1号"の首を掴み上げた。

「!?…ウェルダー様…何をっ…?」

苦悶と困惑を表情に浮かべる1号の問いに対し、ウェルダーは一切反応する様子を見せない。ただ黒光りする右腕に、濁った空が反射するのみだ。


「…"水質調査"でも、して貰おうか。」

そう言うとウェルダーは、1号を石橋の外に、城を囲む深い谷に放り投げた。

「うわ‪あぁぁあっ!!!」

「おいウェルダー、何を…」

横目で見ていたプロミネンスが言葉を発した。

「言ったろ?"水質調査"だって。」

ウェルダーはその言葉を即座に遮った。

ほとんど間も無く、谷底から悲鳴が反響し、辺り一帯を埋め尽くした。


「…あがァっ…!うがッ…アギゃぁぁぁぁぁあぁああ!!!」

谷底には、澱んだ液体が溜まっていた。

飛沫を上げてもがき、液体の中を浮いたり沈んだりしている内に、1号の姿は醜く変貌していく。

表皮が爛れ、肉が露出し、骨は軟らかい樹脂のように歪んでいく…その姿を最後に、1号は沈んだまま再び浮かび上がる事は無かった。


「…無駄な殺生はよせ」

谷底を見下ろしたまま、プロミネンスは言った。

「"無駄"?コイツにゃ戦闘は向いてなかった。コイツが銃弾一発で倒れるポンコツだから、俺も奥の手を晒す羽目になっちまったんだぜ?それでも俺は見捨てず、適職を見つけてやったんだ。」

ウェルダーはプロミネンスの真横に歩み寄り、プロミネンスが見つめていた谷底を指差し、続けた。

「アイツの働きぶりのお陰で、この"強酸の湖"に異常が無いか確かめれたんだぜ?なのに…それを"無駄"だあ?

…お前、心っつうのが無いんじゃねえのか?」

ウェルダーはプロミネンスに顔を近付けて言った。

「…もういい…行くぞ。」

プロミネンスはウェルダーと目を合わせないまま、石橋の上を再び歩き出した。


「…開きましたぞ。」

アビスは振り向くことなく、城の扉に面したまま言った。


アビスが手をかざす先にある扉は、人の身をゆうに超える巨大な物だった。金属のような光沢を見せると共に、まばらな黒錆が浮かんでいた。


扉と石畳が擦れ、削れるような音と共に、扉が開いていく。


扉の先には、仄暗い廊下が何処までも続き、紫色の炎を纏う松明が、その果てを追い掛けるように等間隔で並んでいる。


3体のモンスターは、終わりの見えない闇の中へと歩み進んでいく――



To Be Continued

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