第29幕・翼の無い鴉

【あれから、マワリさんは男が疲れ果てて気絶するまで30分近く殴られ続けた】


【駆けつけた看護師に連れて行かれる男の顔は、目元を中心に赤く腫れ上がっていた】




「…大丈夫ですか、マワリさん…?」

「何年この仕事をしていると思っている…1人の人間の悲しみを受け止める事位、俺は厭わないさ。」

「………。」


僕はマワリさんの覚悟に言葉を失った。

マワリさんは顎下まで垂れてきた鼻血を拭き取りながら続ける。


「…君の仲間の戦士、リカブだが…魔王軍幹部と見られる魔人、"ウェルダー"との戦闘以来、昏睡状態のままだ。

…いつ目を覚ますかも分からない…。これ程の重症では、戦いに復帰する事も絶望的だろう…。」


「…リカブさんは…そんな簡単にやられる様な人じゃ無いはずだ…。

…マワリさん、そのウェルダーって魔人は、そんなに恐ろしいヤツだったんですか…?」


「ヤツは"鋼鉄の魔人"を名乗っていた…。その名の通り、攻守共に隙が無いが、それに留まらない…。…ヤツの"障壁魔法"は、"あらゆる攻撃を弾き返す"性質を持っている。

俺はこの目で見た…。戦士達が日々鍛え上げた自らの剣技によって命を落とす姿…魔導士達が全力を込めた幾十ともある光線が、逆に彼らを焼き貫く様を…。」


「…そんなの…あんまりですよ…!あらゆる攻撃を弾くなんて…抗う術が無いじゃないですか…!」

マワリさんと共鳴するように青ざめていく自分の表情を、心の奥で否定しながら答えた。


「魔法の突破手段は分かっていない…。…この魔人は、王都陥落にも一役買っていたという調査結果も出ている…。」

マワリさんは、光の無い目付きを浮かべて続けた。右腕がビリビリと震えている。


「…クソォッ!!!」

空を切る音と共に、マワリさんは右腕を自身の膝に振り下ろした。


「人の命を踏みにじったアイツにッ!仲間達を傷付けた魔王軍共にッ!!!…どうして…立ち向かう術すら無いんだ…クソッ…クソがぁッ!!!」

半狂乱になって叫びながら立ち上がり、座っていた丸椅子を蹴り飛ばし――


 ――息を荒らげ、秘めていた怒りを露わにするマワリさんと目が合った。


「ヨシヒコ少年……。」

まるで人が変わったような、穏やかな視線だった。


「…泣いているのか?」


・ ・ ・


『――メガバイト村における死傷者は6万人、行方不明者は7千人程とされており、現在もその数を増やし続けています…』


『本国、サーバリアン王国内での死者、行方不明者の総計は230万人を超えるとされ――』

病室のラジオからは淡々とした声が流れる。

この一瞬、この場に存在する音はラジオの物だけ。


「…ヨシヒコ少年、君が責任を感じる必要は無い。これは本来民間人である君達に協力を仰がざるを得なくなった――

 ――そして、人々を守りきれなかった我々の――」

「違うんです…!そういう次元の話をしている訳じゃないんです…!!!」

「…………」

俯いたまま声を張り上げて叫んだ。


「責任の所在とか、誰のミスだとか、そんな話がしたい訳じゃない!!!ただ…悔しいんです…!!!

村の人達やリカブさんも!目の前で連れていかれた9万職員さんも!何も守れなかった!

…結局僕は、勇者の道を選んでおきながら…大切な物を何一つ守れなかったんですッ!!!」


「ヨシヒコ少年…。」


病室の中をラジオの音声が響き渡る。

涙ぐむ僕の声は、きっともう音の下だ。


・ ・ ・


「…俺について来い。」

「えっ?」


マワリに手招かれ、ヨシヒコは病室を後にした。


「…まだ悔しいと思えるなら、また戦いたいと思えるのなら…俺について来い。怪我の方は大丈夫か?」

「まだちょっと…でも何とか歩けます。でも…何処に向かうんですか?」


コツコツとぎこちない靴の音が廊下に響く。

マワリはそれを遮るように答えた。


「君の仲間の9万職員…目の前で連れて行かれたと言っていたな…。」

「………はい。」

ヨシヒコは目線を逸らしつつ答える。

廊下に放り出された患者達が少し減った事に違和感を覚えながら。


「いいか、ヨシヒコ少年。」

マワリが院内の静寂を破った。

「俺と共に村の入口の警備をしていた者から証言を得た。"撤退するモンスター達が人間の女性らしき者を背負っていた"と。

同時に聞いた姿の特徴から推察しても、勇者一行の魔導士の"9万職員"である事は間違いないだろうが…。」

病室に居た時とは打って変わって、落ち着いた雰囲気でマワリは続ける。


「不自然じゃないか?モンスター共は人類の絶滅を目的としている…そんな通説とは裏腹に、9万職員をその場で殺さずに連れ帰った…。」

「…奴等…プロミネンスを名乗る魔人は…去り際に何か言っていた様な気も…。」

「内容を覚えているか?」

「いえ…。」

バツが悪そうにヨシヒコが答える。


「そうか…まあいい。

聞け。これから情報収集に向かう。結果次第では、魔王軍の今後の動向を予測出来るかも知れん。」

マワリはヨシヒコと目を合わせてそう言った。


「分かりました。それでまずは…。」

「無限回廊…9万職員の身辺を調べるぞ。魔王軍の狙い…それを知る為にな。」



To Be Continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る