ポイ活していただけなのに、何故かダンジョンが出来て制覇する話
火猫
ポイ活してただけなんだよな
原口リョウの朝は、いつだって静かに始まる。
鬱蒼とした朝焼けの光は、六畳一間の窓を通り抜ける前に力尽き、薄い灰色のカーテンで吸い込まれてしまう。
目覚めれば、そこには床に積まれたコンビニの袋、敷きっぱなしの寝具、昨日飲みかけのペットボトル、そしてスマホ一台。
それが、彼の「生活の道具」のすべてだ。
リョウは布団を押しのけ、寝ぼけた目のままスマホをタップした。
『本日のアンケート:報酬1円』
「やっす……。いや、でも一円は一円だし」
タップし、入力し、スクロールしては回答し、最後に「送信」を押す。
それを数十回繰り返して、ようやく数百円になるかどうか。
――普通なら、こんなものは割に合わない。
アルバイトをすればいい。仕事を探せばいい。
周りはそう言ったし、学校の先生も言っていた。
けれど、リョウは知っている。
「普通のルート」が、すべて自分には閉ざされていたことを。
両親は既に他界。
母親は貧しい青年と駆け落ちし、そのまま二人きりでリョウを育てた。
母の家族――大企業「ホンマ自動車」の一族とは絶縁状態。
オマケに嫌がらせもあるときた。
救いの手はどこにもなかった。
だからリョウは、自分の腕一本で稼げるポイ活に縋った。
「よし……今日も稼ぐか」
伸びをした瞬間――
ピコン。
「……? スマホじゃないよな?」
脳の内側から響くような、不思議な音だった。
アンケートを一つ送信する度に、ピコン!
Lv UPしました。
《スキル:微弱筋力強化》を獲得しました。
「……いやいやいや!?」
あまりの意味不明さに、思わずスマホを投げそうになった。
「筋力強化って……アンケートで? なんで!?」
だが、その日はまだ気味が悪いだけだった。
しかし――翌日。
ポイント獲得の瞬間、またしても脳内に声が響く。
ピコン!
《スキル:集中力向上》を獲得しました。
そしてその翌日には、
《スキル:視覚補正》を獲得しました。
さらに、
《スキル:節約の極意》《情報洞察》《疲労軽減》《聴覚強化》
アンケートだのポイントカードだのをこなす度に、スキルが増えていった。
「……え。ちょっと待て、これ、本当に俺だけ?」
ネットで検索してもそんな話はない。
友人はいない。
親戚はいない。
相談できる人間など一人もいなかった。
――だけど、そんな日々にも慣れ始めた頃。
リョウの人生は、世界ごとひっくり返ることになる。
その日は、いつものように近所のドラッグストアへポイントカードを持って向かっていた。
歩いて、歩いて、角を曲がり――
その瞬間、地鳴りが走った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「え、地震!?」
周囲のビルが唸り、道路が揺れる。
だが揺れはすぐに止まらず、むしろ激しさを増していく。
次の瞬間。
――ズドォォォォォォン!!!
空を裂くような炸裂音。
地面がせり上がり、アスファルトが割れ。
まるで巨大な何かが地中から押し上げてくるような――
そして姿を現したのは。
スカイツリーよりも高い黒曜石の塔だった。
街は悲鳴に包まれた。
人々は逃げ惑い、警報が鳴り響く。
そして塔の最上階――遥か彼方の上空から、風に乗って届いた声。
「――いやぁぁぁぁ!!! 誰か、たすけて!!!」
リョウの身体が固まった。
その声には、聞き覚えがあった。
「……華……?」
水樹華(みずき・はな)
リョウにとって、唯一の「家族以外の家族」だった存在。
幼稚園の頃、自分を「リョウ兄」と呼んで後をついてきた女の子。
母が亡くなって、心が折れそうだった時、泣
きながら飴玉を握らせてくれた女の子。
家が遠くなり疎遠になったとはいえ、忘れるわけがない。
「なんで……華が……?」
だが塔が出現したのは、ついさっきだ。
普通の人間があそこまで移動出来る理由が見つからない。
警察のサイレンが鳴り響き。
テレビの緊急速報が流れた。
ヘリが塔を撮影し始める。
アナウンサーが叫んでいる。
『世界初の超常現象――突如出現した謎の塔!』
『塔内に取り残された可能性のある人物の救出を試みていますが、状況は不明です!』
「……華、だよな? あの声、絶対……」
胸の奥が、焼けるように熱かった。
その日のうちに、政府は自衛隊を投入した。
機関銃を持った特殊部隊が塔へ突入したが――
『一階で未知の生物と交戦。二階到達前に負傷者多数、撤退を余儀なくされました!』
というニュースが飛び込んでくる。
記者会見は混乱し、自衛隊員は負傷者だらけ。
もはや一般人が近づける場所ではないし、むしろ非難をしてくれと声を上げる。
だけど――
リョウには、どうしても離れられない理由があった。
もし本当にあれが華なら。
華があの塔に閉じ込められているなら。
…誰も助けられないなら。
行くのは、自分しかいない。
「そう思ったんだ…」
震える手を握りしめていると、突然――脳内に、あの音が響いた。
ピコン……!
『いつもポイントを貯めてくれてありがとう、リョウ』
「うわっ!? しゃ、喋った!?」
『ご褒美を贈り続けるだけのつもりだったけれど……今日は、君に決断を促しに来た』
「だ、誰だよお前……」
『君が貯めた神ポイントは――世界を変えるほど価値がある』
神ポイント……?
『君が選ぶなら、君の想い人を助けられる。積み重ねてきたコツコツの力は、もう十分に強いから』
数値が脳内に浮かぶ。
総獲得神P:89,420P
レベル:23
保有スキル:48
「神Pって神ポイント?……マジかよ……」
『さぁ、お行き。君はもう、ただの貧乏人じゃない。積み上げた努力の勇者だよ』
リョウは、震える息を吐いた。
塔の入口へ向かって歩き出す。
警察が止めようとしてきたようだが、無我夢中で振り切った。
胸の内はただ一つ。
――華を助ける。
誰も届かない塔なら。
誰も突破できないダンジョンなら。
「俺が、俺のコツコツでぶち破ってやるよ」
そして、リョウは塔の入口に足を踏み入れた。
その瞬間。
空気が変わった。
世界が切り替わった。
視界が歪み、皮膚の温度さえ変わった。
『世界初のダンジョンへようこそ』
脳内に響く声。
聳え立つ塔は黒い壁で覆われ、漂う魔物の気配が肌にヒシヒシと伝わる。
リョウは息を吸い――
そして叫んだ。
「華――絶対に助けるからな!!」
《世界初ダンジョン・第一層》
脳内に響く声…塔の中に足を踏み入れると――
そこは、もう日本ではなかった。
空気が違う。
湿って、重く、鉄の匂いが混じっている。
視界は暗いが、かすかな光が漂い、壁の模様がぼんやり浮かび上がっていた。
「……うわ、RPGじゃん」
地面は黒い石畳。
奥に続く広い通路が一本だけ。
入ってすぐ、脳内にウィンドウが出現する。
《第一層:門番の洞》
推奨レベル:10
クリア条件:最奥への到達
「推奨レベル10……俺、レベル23だよな」
余裕……と思いたいけど、現実はいつも厳しい。
ガルルルル……
「……うわ、出た」
闇の奥から姿を現したのは、
真っ赤な目を光らせた、二メートルほどの狼型の魔物。
黒鉄の毛並みを逆立て、牙を剥き――
《モンスター:ダークウルフ(第一層個体)》
危険度:B
「いやいやいや、自衛隊がやられたのコイツじゃね?」
リョウの背中に冷や汗が噴き出す。
だが同時に、脳内でカチッと何かが切り替わる。
《スキル:恐怖耐性(微)》が発動しました。
「こんなのまであんのかよ……!」
ダークウルフが跳びかかってくる。
獣の咆哮とともに、床石を蹴る音が雷のように響いた。
「うわっ――!」
逃げる間もなく、リョウは反射的に腕を上げた。
ガキィィンッ!!
「え、痛くない……?」
腕に重い衝撃はあったが、血が出たり骨が折れるほどではなかった。
むしろ、ダークウルフの方が怯んだほどだ。
脳内にまた響く声。
《スキル:微弱筋力強化》がレベルアップしました。
《筋力強化(小)》に進化しました。
「……うそ、今ので上がるの?」
ダークウルフは姿勢を立て直し、低く唸りながら再び突進してきた。
だが今度は、リョウの体が勝手に動いた。
《スキル:情報洞察 発動》
《足を止めてましょう》
「それだけ?!」
リョウは咄嗟に床を蹴り、ダークウルフの横へ滑り込む。
拳を振り下ろす――ただのパンチだ。
武器なんてない。
しかし。
ゴッッ!!!
骨が砕ける音。
ダークウルフが崩れ落ちた、足が止まる。
「まじで殴っただけで……?」
関節を砕かれたダークウルフが苦しそうに吠える。
だがリョウは、震えながらも続けた。
「――倒れろ!!」
全身の力を込め、頭部に一撃を叩き込む。
バゴォッ!!
響く破裂音。
ダークウルフが沈む。
次の瞬間。
ピコン!
《レベルが24に上がりました》
《スキル:格闘術(初級)》を獲得しました。
「……やっべ……これ、マジでRPGじゃん」
ダークウルフの死骸が光に変わり、消えた。
その場に小さな宝石のようなものが落ちている。
「ドロップアイテム……?」
拾い上げると、《魔核:第一層級》と聞こえた。
ポケットに入れた瞬間――
《スキル:節約の極意》が発動し、アイテムの所持重量が30%軽減されました。
「なにこれ。地味だけど便利……!」
だがここで、唐突に別の疑問が生じた。
――なぜ俺だけ、こんな特別扱いを?
自衛隊員でも突破できなかった階層を
ポイ活で鍛えたスキルだけで突破している。
そして、あの声が言った。
『神様からのご褒美だよ』
本当に?
リョウは胸に手を当てた。
「……理由なんていい。華を助ける。それだけだ」
第一層の最奥に辿り着くと、
石壁にだれかの指で書かれた文字が残されていた。
『助けて』
「華……!」
震える指で文字をなぞった。
間違いない。
子供の頃、華が書いていた文字の特徴そのままだ。
思考が文字に集中していると、ゴゴゴッと背後の扉が重く開く。
《第一層クリア》
《第二層:砂の回廊へ進みますか?》
「行くに決まってるだろ」
こうして、リョウは第二層へと踏み入れた。
第二層は、渇いた匂いがした。
風が吹き抜け、足元は砂混じりの石。
視界が開けた瞬間――
「うわ、なんだこの数……!」
数十体のスケルトンが立ち並んでいた。
赤く光る眼窩に、錆びた武器を握りしめている。
《第二層:砂の回廊》
《モンスター出現数:多》
《推奨レベル:20》
《危険度:C》
「推奨20……だけど数がエグい!!」
スケルトンたちが一斉にこちらへ向かってくる。
通路の幅は狭い。逃げ道はない。
その瞬間――
心臓が跳ねた。
足がすくむ。
腕が震える。
「……こ、怖い……!」
今までの敵は一体だけ。
ここからは数の暴力だ。
そして、頭が理解する。
――ここで死んだら、華を救えない!
その瞬間、脳内のウィンドウが震えた。
《恐怖耐性(小)に進化しました。限界状況により、発動率が上昇します》
「……いや、今上がられても!」
スケルトンの剣が振り下ろされる。
リョウは反射的にしゃがみ込み、ギリギリで避けた。
「ぐっ……!」
肩をかすめ、血が飛ぶ。
痛い。
本気で痛い。
――なのに。
なぜか頭のどこかが冷静になっていく。
《スキル:集中力向上 発動》
周囲の動きを一定時間スローモーション化します。
「……今だ!!」
リョウは床を蹴り、盾を持ったスケルトンに飛びかかり、顎の付け根に拳を叩き込む。
骨が砕け、スケルトンが崩れた。
続いて二体、三体――
攻撃の軌道が読める。
弱点が見える。
ポイ活で手に入れた洞察は。
戦いの場でこそ本領を発揮した。
「まだ……まだいける!!」
時間にして数分。
しかしリョウの体感では、何十分にも及ぶ死闘だった。
最後の一体を倒した瞬間――
ピコン!
《レベル25》
《スキル:戦闘適応》を獲得しました。
リョウはその場に膝をついた。
「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……!」
汗が止まらない。
震えも止まらない。
だが――進むしかなかった。
第二層の奥にも、文字が残っていた。
『リョウくん』
息が止まった。
華は。
自分がここに来ることを信じていた。
背中に熱が走る。
「……絶対に助けるぞ…絶対にだ」
第三層への扉が開く。
世界は待っている。
リョウが勇者になる瞬間を。
塔の内部は、外観からは想像できないほど広かった。
入口をくぐった瞬間、リョウは目を見開く。
そこは巨大な石造りのホール――天井は二十メートル近くある。
壁には縦長の青い紋章が刻まれ、耳を澄ませば、どこかで滴る水音が響く。
「……うそだろ、ここ本当に東京だよな?」
現実感が薄れていく中、冷たい空気と背筋を撫でるような圧を感じた。
ここは、確かにダンジョンだった。
脳内システムが反応する。
《ダンジョンに初侵入しました。安全確認──失敗》
「失敗すんなよ!」
即ツッコミがでたが、システムは淡々と続ける。
《危険度:Bクラス》
《推奨戦闘レベル:45》
《現在のあなたのレベル:24》
「え、2倍? いやムリゲーだろこれ!」
だが、退くわけにはいかない。
華の悲鳴が、耳に焼き付いている。
──たすけて!
あの声は確かに、塔の上から響いた。
迷いは一切なかった。
「行くしかねぇだろ。……ポイ活で培った決意だ」
口にして自分でも意味が分からなかったが、気合はいれられた。
数歩進んだその時だった。
ガルルル……
空気を震わせる低い唸り声。
視線を横に向けると、ホールの影から四つん這いの影が現れた。
狼――のようで、狼ではない。
体毛は血のように黒く、瞳は赤く光る。
《モンスター:ブラッドウルフ》
《危険度:B》
《血の匂いで狂化する》
「情報出るの助かる……助かるけど!」
ウルフは二匹。
二匹とも目の前で牙を剥き、よだれを滴らせている。
「そりゃそうだ!血が出てるからな!ヤバい、これ死ぬやつじゃん!?」
出血は抑えているが、匂いは消えない。
逃げたい…
だが、一階の時点で弱音を吐けば、華まで一生辿り着かない。
なら――やるしかない。
「神ポイント使用!《微弱筋力強化 Lv7》、発動ッ!」
不意に口から出た言葉。
身体が軽くなる。
拳を握るだけでバネのような反発力を感じる。
「いける!」
ウルフ一匹が飛びかかってくる。
「《アンケート洞察 Lv3》!」
──敵の動きの意図が見える。
ウルフの首筋に薄い当たり判定のような光が走る。
そこが弱点か。
「よし、届く!」
スキル《節約の極意》のおかげか、スタミナの消費がほぼない。
リョウは床を蹴り、ウルフへ踏み込んだ。
拳に《小さな努力の結晶》という名のスキル(地味だが攻撃力UP)が乗る。
「うおおおおおっ!」
殴る。
拳がウルフの喉をとらえ――
ドガッ!
異様な音とともに、ウルフは壁に叩きつけられ、そのまま霧になるように消えた。
「一発……マジか」
残り一匹。
今度は背後に回ってくる。
でも《アンケート洞察》がある限り、死角は存在しない。
「はいはい、そこね!」
振り返りざま、足払い。
ウルフの落下に合わせ、拳を叩き込む。
霧散。
――勝った。
奇跡でも偶然でもない。
ポイ活の成果だ。
ものすごく地味な努力の集合体が、命を救った。
脳内に声が響く。
《討伐完了。神ポイント +300 付与》
《レベルアップ! Lv25》
《新スキル:咄嗟の判断力》
「きたああああッ! レベルアップ! 助かる!」
素直に喜んでいる自分に苦笑する。
神ポイントの使い方と意図してスキルを使うことで要所を抑えられた…相変わらずゲームみたいだな。
でも、本当に助かるんだからそれでいい。
「ん?なんか落ちてる」
瓶のような物が落ちていた。
「これは?」
《低級ポーション》
「なんか雑な返事みたいだな?!」
面倒くさがるような声だった。
「まあいいか。とにかく勝った」
勝利の余韻に浸っていたその時――
ズドォォォン!
上から巨大な黒い塊が落ちてきた。
「うわわわ!? なんだよ!」
粉塵が舞い、視界が真っ白になる。
耳がキンと鳴り、足元が揺れた。
ゆっくりと煙が晴れる。
リョウは言葉を失った。
そこには――
ボロボロの防衛省の制服を着た男が倒れていた。
息はある。
「お、おい……!」
リョウは駆け寄り、肩をゆする。
「だ、だいじょうぶですか……!」
男は血に染まった唇を震わせ、吐き出すように言った。
「……むりだ……三層は……魔物が……第二師団……全滅……」
リョウの背中を冷たいものが走る。
やはり、自衛隊ですら通れないのだ。
彼らですら塔に拒まれている。
男は震える手でリョウの胸ぐらをつかむ。
「に……逃げろ……!」
「……逃げません」
即答だった。
男の瞳が驚きで見開く。
「な……にを……言って……」
「上に……華がいるんです。幼馴染なんです。……助けたいんです」
男は、震えながらも微かに笑った。
「若いな……。…だが、気をつけろ……あれは……人間の行く場所じゃ……」
そこまで言ったところで、彼は意識を失った。
リョウは男を壁際に寄せ、安全地帯に置く。
システムが反応する。
《NPC『防衛隊員』保護:神ポイント +200》
「……NPC扱いなのかよ」
でも、ポイントが増えた。
レベルもスキルも必要な場所だ。
塔の奥に――
第三層への階段があった。
そこは異様なほど暗い。
魔物の気配が、重たい空気のように積もっている。
リョウは震える拳を握りしめた。
「……華。絶対に……絶対に助けるからな」
そして、踏み出す。
足元に、薄く光のラインが浮かび上がる。
《踏破判定──合格》
淡い光が彼の体を包む。
《第三層へ進みますか?》
「もちろんだ。俺が行かなきゃ誰が行くんだよ」
リョウは階段を登り始めた。
――その先に、まだ知らない地獄があるとも知らずに。
塔の内部は、外観からは想像もできないほど広かった。
まるでデパ地下と古代遺跡とオンラインゲームのダンジョンを悪魔合体させたような――
そんな現実と非現実が溶けあった空間。
壁には光る紋様が浮かび、床には石畳……のように見えるが、触れると柔らかい。
そして離すと元にすぐ戻る。
「低反発マットかよ……」
とリョウは思わず呟いた。
とりあえず歩き出す。
それだけで ピコンッ! と音がした。
〈歩行ボーナス +1Pt〉
〈Lvが30に上昇しました〉
「いやいやいや……まだレベル上がるの?」
リョウは顔をしかめた。
よく考えれば、この塔自体が異常事態だ。
ポイ活アプリたちが暴走してても、もう驚かない。
第三層は薄暗く、奥まで見通せない。
東京スカイツリー以上の高さと聞けば、階層数は桁外れだろう。
つまり、華を助けるには――
「攻略しないといけないってわけだ」
つい愚痴が溢れた。
「……ゲームかよ。いや、ゲームにしては命が軽くないか?」
息を飲みながら進むと、影がうごめいた。
ガサリ……ガサササ……
足を止める。
視界の端で、小さな影が床を這った。
「ネ、ネズミ……? いや、デカくね?」
現れたのは、人間の腰ほどの大きさの 巨大ネズミ だった。
赤い目。
鋭い牙。
明らかに対人前提の凶悪デザイン。
「ひっ……!?」
動揺した瞬間――
ピコン!
〈危険察知ボーナス +5Pt〉
〈スキル【予兆感知Lv1】が解放されました〉
「おお!? 助かるけど、助かるけど……!」
巨大ネズミはギャッと鳴き、リョウに向かって飛びかかってきた。
「うおああああああ!!」
リョウは咄嗟に買い物袋を盾にした。
最近買った半額弁当と、無料でもらったティッシュが詰まっている。
どこかで食べようとリュックに入れていた。
ネズミの牙が袋を貫き、中のティッシュが紙吹雪のように舞った。
(うわぁぁあ!! 俺のティッシュ!! ポイント交換でもらったやつ!!)
心の中で絶叫するリョウ。
だが次の瞬間――
ピコン!
〈消費アイテム使用ボーナス +3Pt〉
〈スキル【瞬発力強化Lv1】が解放〉
「瞬発力……? って事は――」
体が軽くなる。
反射的に足が動き、ズザッと床を滑るようにして側面へ回り込む。
「はっ、速っ……!? 俺こんな動けたっけ!?」
そのまま、拾った石を思い切り投げた。
石がネズミの鼻先にヒット。
巨体がグラリと揺れて――
「今だああああああ!」
リョウは拳を振りぬいた。
生まれて初めて誰か(何か)を殴るパンチだったが、
ドゴッ!
巨大ネズミはあっけなく吹っ飛び、壁に叩きつけられて沈黙した。
……静寂。
「……勝った? 俺、勝ったの?」
恐る恐る近づくと、
ピコンピコンピコン!
〈討伐ボーナス +15Pt〉
〈スキル【体力上昇Lv1】が解放〉
〈スキル【家事Lv1】が【生活魔法Lv1】に進化〉
「いや家事!? 今の戦闘で進化する意味ある!?」
どうやらポイ活スキルは戦闘にも影響があるらしい。
日常生活で貯めたスキルが、戦闘で応用されている……?
(もしかして、俺……この塔の攻略、いける?)
そんな希望が胸に芽生えた。
巨大ネズミを倒した安心から、息を整えようとした瞬間、
床が震えた。
ドン……
ドン……
ドドドン……
まるで大型トラックが走ってくるような重い振動。
(は? ヤバいヤバいヤバいヤバい!!)
階段の前、暗がりの向こうから……
何かが姿を見せた。
影が巨大すぎる。
身長は5メートル以上か。
二本の角。
黒い毛皮。
片手に持つ棍棒は、電柱のように太い。
「……ミノタウロス、じゃねぇか……?」
喉が乾く。
足が震える。
その瞬間、脳内が ピコン! と震えた。
〈強敵接触ボーナス +10Pt〉
〈スキル【逃走Lv1】が解放されました〉
「ちょっ……ちょっと待て! 逃走は分かる! でも今じゃない!!」
目の前のミノタウロスが、鼻息を荒くした。
グオオォォォンッ!!
轟音が一階層に響き渡る。
(あ、死んだ……?)
思考の半分が諦めかけた瞬間――
リョウの耳に、かすかな声が届いた。
『……たすけて……誰か……』
華の声だ。
幼い頃、転んだリョウを泣きながら手当てしてくれた華が、今は塔のどこかで苦しんでいる。
「……逃げられるかよ」
握りしめた拳が震えている。
でも――逃げるという選択肢はもうなかった。
「俺は……助けに行く。華を」
ミノタウロスが棍棒を振り上げた。
「行くぞ……! 俺の、ポイ活スキル!!」
ミノタウロスの棍棒が振り下ろされる。
一撃で、リョウの全身をミンチにできそうな化け物の腕力。
(やべぇ! 死ぬ死ぬ死ぬって!!)
反射的に飛び退くと、棍棒が床に叩きつけられ、地響きが起きる。
床の石が砕け散った。
リョウは尻もちをつきながら、必死に距離をとる。
ピコン!
〈危険回避ボーナス +6Pt〉
〈スキル【敏捷強化Lv1】が解放されました〉
(またスキル!? いやありがたいけど今はとにかく死にたくねぇ!!)
だが、逃げ回るだけじゃ勝てない。
華を助けるためには、この階層を突破しなければならない。
ミノタウロスは再び突進してきた。
壁が揺れるほどの地響き。
「くそっ……!!」
リョウは叫びながら、脳の奥に意識を集中させる。
ポイ活が神様からのご褒美だというのなら――
(こんなタイミングで画面が出るはず)
「俺に……メニューを開けええええッ!!」
――その瞬間。
バァン!!
視界に青白いウィンドウが展開した。
【ステータス】が開放されました。
〈原口リョウ Lv42〉
〈所持Pt:19356〉
〈スキル〉
・瞬発力強化Lv1
・体力上昇Lv1
・生活魔法Lv1
・逃走Lv1
・敏捷強化Lv1
……他
(すげぇ! これ、いじれるのか!?)
ミノタウロスが再度、咆哮しながら近づいてくる。
「くそ! 悩んでる暇なんかねぇ!」
リョウは一番上のスキルをタップした。
【瞬発力強化Lv1 → Lv5:必要神P250】
「よし、全部突っ込め!!」
確認ボタンを叩く。
ピコンッ!!
〈スキル【瞬発力強化Lv5】に進化〉
「――ッ!?」
全身が軽くなる。
腕も足も、羽根みたいだ。
ミノタウロスが棍棒を振り下ろす。
「うおおおおおッ!!」
リョウは地面を蹴る。
その瞬間、体が消えたように感じた。
次に気づいた時、自分はミノタウロスの背後に立っていた。
(速ぇ……! 俺、こんなに速く!?)
ミノタウロスが振り返るより早く、リョウは拳を握りしめた。
「はぁああああああああッ!!」
生活魔法のバーがウィンドウ内で光った。
《使用条件:生活魔法の使用》
だが、なぜか直感で分かった。
(生活魔法……日常の延長……つまり――)
「華を救うために……使わせてくれええええっ!!」
拳から、うっすら白い光が溢れた。
光は細い糸のように集まり、拳を包み込んでいく。
ピコン!
《生活魔法【掃除】が戦闘応用されました》
《スキル【浄化打ちLvMAX】が生成》
「掃除ぃぃぃ!? いやでも使えるならなんでもいい!!」
拳がミノタウロスの背中へ――
――ドガァン!!!
衝撃と共に、黒い毛皮が掃除機で吸い取られた後みたいにサッパリし、同時に肉体に深くダメージを刻んだ。
ミノタウロスがよろめく。
(効いてる……! いける……!)
ミノタウロスは怒号をあげ、力任せに棍棒を振るう。
今までのより速く、重い。
「ぐっ……!」
リョウの腕にかすって、吹き飛ばされる。
脇腹が焼けるように痛む。
だが――
『……りょう……たすけて……』
華の声が頭をよぎった瞬間、痛み以上のものが胸の奥に湧いた。
「絶対助ける……! こんなとこで倒れてたまるかよ!!」
リョウは全身の力を振り絞り、
足に力を込める。
「――ッ!!」
瞬発力Lv5の速度で駆ける。
相手の懐に潜り込む。
そして――
「浄化打ちィィィィッッッ!!!!」
ズガァァァァン!!!
白い光が、ミノタウロスの胸を貫いた。
巨体が硬直し、そのまま――
ドサァ……ッ
崩れ落ちる。
そして静寂。
リョウが荒い呼吸を整えると同時に、
ピコンピコンピコン!!
《階層ボス討伐 +100Pt》
《Lvが60に上昇しました》
《スキル【生活魔法Lv1 → Lv2】進化》
《アイテム:階層鍵を獲得》
「……倒した、のか?」
ミノタウロスの体が光に包まれ、跡形もなく消えていった。
残されたのは、光る鍵ひとつ。
リョウはそれを拾う。
(まだ……先がある。華がいる。急がなきゃ……!)
階層奥にあった大扉へ、鍵を差し込む。
扉が重く開いた。
風が吹き抜ける。
その先には――
階段が、どこまでも天へ伸びていた。
華の声が聞こえたのは、もっと上。
もっと高い階層。
「待ってろよ、華。必ず助ける。俺は……」
握りしめた拳に、まだ微かに白い光が残っている。
「……ポイ活で強くなった男だ。なめんなよ」
リョウは階段へ踏み出す。
こうして――
世界初のダンジョン攻略者としての一歩が始まった。
✴︎とりあえず一章完結です。
たくさんの齟齬があると思いますが、初めてダンジョンモノ書けて妙に満足してます(笑)
続きも書きたいのですが、(華の絶叫の理由とかのプロットありますが)気晴らしで書いたのでとりあえず完結させていただきます。
次の機会があれば是非!
ポイ活していただけなのに、何故かダンジョンが出来て制覇する話 火猫 @kiraralove
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