幼なじみは誘えば意外とヤれちゃうらしい

かがみゆう

第1話 幼なじみは隣にいる

 中二の夏、とある事件が起きて――幼なじみと疎遠になった。

 本当に幼い頃、物心ついた頃からの仲だったのに。

 僕らの距離は遠いまま、時間が流れて――



 僕――有馬駿太は、高校生になった。

 高校に入ったからって、すぐになにかが変わるわけじゃない。

 変化なんて、毎日鏡を見ていたって気づけるもんじゃないんだろう。


 ただ、わかりやすく変わったこともある。


 たとえば、登校時間。

 中学は家からすぐ近くだったけど、高校はずっと遠い。

 毎朝、決まった時間に家を出るようになった。

 我が家の両親はそれぞれ別の飲食店をやっていて、二人とも営業時間の都合で僕が家を出たあとで帰宅する。

 なので、寝坊せずに自分で起きて、朝食を用意して、きちんと身支度も済ませなければならない。

 親がいないとダラダラしてしまうので、決まった時間に行動することにしているわけだ。


 家を出て、三十分ほど歩いて学校に向かう。

 ちょっと遠いけれど、のんびり歩くのが好きなので問題はない。

 高校に入って二ヶ月経ち、今は初夏。

 今日から衣替えで、涼しい半袖になっている。

 暑い中を三十分も歩くのはしんどくなってきたが、面倒になったら自転車通学に切り替えればいいだけだ。


 学校に着き、靴箱へ。


「あ、おはよう、有馬くん」

「おはよう、如月さん」


 靴箱にいた先客は、一人の女子生徒だった。

 黒髪ボブカットに小柄な身体、可愛らしい童顔。

 大きな黒縁の眼鏡がよく似合っている。


 高校で同じクラスになった女子で、今は“女友達”と言っていい関係だ。


「有馬くん、昨日出た新刊は読みました?」

「まだ一冊だけ。『ダンジョン配信してたら俺がフロアボスになってた』だけだね」

「あ、私もそれを真っ先に読みました。カクヨム版からの加筆も多くてよかったです」

「カクヨムも読んでるんだもんなあ。読書量がエグい。僕は本を追いかけるだけで精一杯だよ」


 如月さんとは、読書好きという共通の趣味があって仲良くなった。

 僕も如月さんも特にラノベが好きで、新刊が出た直後は話も弾む。

 彼女は、男性向けラノベを好んでいるので趣味も合う。


「やっぱりダンジョン物はアツいですね。まだまだ新しい切り口も出てきて面白いです」

「そうだね、僕もファンタジー系ラノベのほうが好きだし」


 二人とも上履きに履き替えて、新刊の話をしながら歩く。

 うん、いい感じだ。

 実は女友達って初めてできたんだけど、意外と付き合いやすいなあ。


 正直、男の友達とは全然違う……変な下心はないけど、やっぱり特別な感じがある。

 如月さんは性格も穏やかだし、友達として長く仲良くしていきたい。


「そうそう、僕もあのシーンはびっくりしたよ。あと、僕はラストの――って、どうかしたの?」

「いえ、前から思ってたんですけど、有馬くんは“俺”じゃないんですよね」

「ん? ああ、もう“僕”で固定されちゃって」


 そこは、幼い頃からまったく変わらないところだ。


「“僕”っていう男子は珍しいです。ラノベの主人公でもたまにしかいませんよね」

「まあ、たいてい“俺”だね。変かな?」

「有馬くんには合ってると思います。私は“僕”の主人公も好きですよ」

「…………」

「どうかしました?」


「あ、いや、物心ついた頃からずっと“僕”だからね。成長してないというか」

「全然良いと思いますよ。可愛い――なんて言ってはいけませんね、男の子に」


 如月さんは、くすくす笑っている。

 ふう、ごまかせたようだ。

 好き、なんて言われてドキッとしてしまった。


 いやいや、如月さんはあくまで女友達。

 友情を勘違いして、下心を持ってはいけない。

 僕の周りでは、男友達でもラノベの話ができる奴は少ない。

 貴重な同士でもある如月さんとの関係は大事に守っていこう。


「では、またお話ししましょう、有馬くん」

「うん」


 如月さんは、友人たちのところへ歩いて行く。

 僕らは教室内ではあまり話さない。

 友達といっても男女なので、誤解を生むような行動は避けているわけだ。

 うん、安全性も重視した素晴らしい男女の友情が育まれている。


「…………っ!」


 席に着いたとたん、背中がぞくりとした。

 どこからか殺気が放たれたような……って、僕には殺気を感じ取る能力ないよ!

 ラノベの主人公じゃないんだから。


 周りを見てみるが、僕に視線を向けている人は見当たらない。

 如月さんは女子の友人たちと談笑中。


 このクラスにはよく知っている奴が二人いるけど、一人はまだ教室に来てない。

 もう一人は――

 なんだ、あいつもう来てる。

 いつもは僕より遅いのに、今日は早いな。


 でもあいつも、友達と話してるところか。じゃあ、違うな。

 まあ、気のせいか……。


 持ってきたラノベを読んでいるとチャイムが鳴り、担任が入ってきた。


「はい、おはようございます。今日は席替えをしますよ」

 担任は教壇に着くと同時に、いきなり用件を切り出してきた。

 この先生はせっかちだけど、話が早いのは悪くない。


「今日から衣替えで心も身体も軽やかになったところだし、ちょうどいいでしょ」

 先生はさっそくクジが詰まった箱を教卓に置いた。

 出欠取るのを忘れてないかな、この先生。


「席替えか」

 入学から二ヶ月が経って六月、周りの席の人たちとも馴染んできたところなのに。

 せめて、如月さんと席が近くなったら嬉しいけど。

 でも僕ってクジ運悪いんだよな。


 仲良い人と近くになるどころか、むしろその逆が多い。

 とりあえず自分の机と椅子を持ち、教室の後方に移動して――


 むにっ


 腕になにか、柔らかくて大きなものが当たった。

 振り返ると――


「あ、駿太……」

「…………!」


 クジを引いて、教室後方に移動した僕の隣の席に来たのは――渡瀬真理亜だった。

 いろんな意味で、存在感の大きい女子だ。


 僕が机を置いて、身体を引いたところで、腕が真理亜に当たってしまったらしい。

 正確には、真理亜の胸に。

 もの凄い柔らかさと、ボリュームだった――って、そうじゃない。


「ご、ごめん、真理――渡瀬さん」

「すっごいおっぱい揉まれた。激しっ」

「も、揉んではいないだろ! なに言ってるの、真理亜!」

「あ、渡瀬さん呼びからもう真理亜に戻った」

「…………」

 こ、こいつ……。


「おっぱい揉まれたことより、渡瀬さん呼びのほうが驚いたよ。私は渡瀬さんじゃないよ」

「渡瀬さんは渡瀬さんだろ。ああ、もういい、真理亜」

「うん、真理亜真理亜」


 意味もなく繰り返して、真理亜はこくこくと頷いた。

 こっちは、馴れ馴れしく名前で呼びづらかったんだけど――本人はそうでもなかったらしい。


「あ、なんの話だったの、駿太?」

「ああ、たいしたことじゃないけど……席、そこなの?」

「うん、お隣さんだね」


 真理亜も自分の机と椅子を抱えていて、僕の隣にやってきたところだ。

 こんな教室の一番後ろで、僕と真理亜が横に並ぶことになるとは。

 真理亜は、席をセッティングすると。


「駿太、いくつ?」

「……163センチ」

「私、ちょうど10センチ上だ」

「うっ、そんなに?」


 真理亜、173センチもあるのか。

 別に、男子が女子より背が高くちゃいけない決まりはない。

 でも、負けたような気分になってしまってる。

 真理亜は昔から身長は高かったけど、中学の二年三年で大きく伸びたんだよな。


「えー、今ので身長の話ってわかるんだ?」

 横を通りかかった女子が、ぼそっとつぶやいた。


 確かに、「いくつ?」なんて、どうにでも解釈できる質問だ。

 ただ、真理亜の言うことは目を見ればわかるというか、わかってしまうというか。

 


「背も髪も伸びたんだよね、私」

「…………」


 真理亜は、中学時代はセミロングだった髪も背中に届き、ロングといっていい長さ。

 半袖ブラウスにベージュのベストという制服の上からでもわかる、メリハリのついたスタイル。

 教室内で一番目立ってると言っても過言じゃない。


 それに、さっきの腕に当たった胸の感触――

 巨大な水風船にでも触ったかのような。

 これだけメリハリがついてるのに、どうしてほっそりして見えるんだろう。


「駿太は全然おっきくなってないね」

「うるさいよ」


 僕の身長は、中学時代から大差ない。

 成長期という言葉は、僕の辞書には書かれていなかったようだ。


「よいしょ」

「ん?」


 見てのとおり、ウチの高校では席替えの際に机ごと移動する。

 真理亜は一度、僕の席から数十センチ離して机を置いたのに、わざわざその机をこっちに動かしてきた。


「なんで席くっつけてるんだよ、真理亜?」

「え、ダメ?」

「…………」


 じっ、と僕の目を覗き込んでくる。


「別にくっつける必要はないだろ?」

「私、高校入って全然勉強わかんなくて。駿太がいるなら、もう授業で指名されても怖くないもん」

「ちょ、ちょっと待って。真理亜、もう勉強ついていけなくなってるの?」

「うんっ」

「……いい返事だね」


 まだ入学して二ヶ月だよ?

 受験勉強で身につけた学力はどこに行った?


「言っておくけど、僕は答えなんか教えないからね?」

 勉強を見てもらいたいならともかく、答えを教えてもらうつもりか。


 いや、勉強を教えるのすら気が進まないけど。

 僕らが通う大堂高校は、このあたりではレベルの高い進学校だ。

 入学した直後に、人に勉強を教えてもらおうなんて奴はいないはずなんだけど……。


「えー、ケチだなあ。おっぱい揉ませてあげたのに、答えくらい教えてもらわないと割に合わない」

「だ、だから揉んだんじゃなくて、腕が当たっただけ!」

「ああ、わざとかと思ってた。駿太、高度なテクを身につけたなって」

「そんな痴漢みたいなマネしないよ!」


「駿太が私に触っても痴漢じゃないよ? ただエッチな幼なじみってだけで」

「……とにかく、下心とかないから」


 もちろん、僕はエッチな幼なじみでもない……はず。


「席をくっつけてるのはやっぱり変だって。真理亜、もう少し離してくれ」

 僕はそう言いながら、ちらりと教室内を見る。


 如月さんは僕からだいぶ離れた、前のほうの席になったようだ。

 思わず何度も激しくツッコミを入れてしまったけど、如月さんには気づかれずに済んだらしい。


「…………ん?」

 気がつくと、真理亜がまじまじと僕の顔を見つめていた。

 なぜかジト目になっている。


「駿太、如月ちゃんと仲が良いみたいだね? 仲良いよね? なんで?」

「な、なんでって」


 そっちこそ、なんでグイグイ来る。

 真理亜は特に如月さんと仲良くないだろうにちゃん付けとか、馴れ馴れしいな。

 こいつは昔から距離感バグってるんだよね……。


「同じクラスなんだし、友達になった理由なんてないよ」

「クラスで他に駿太が仲良くしてる女子はいないでしょ。なんで如月ちゃんだけ?」

「逆に、僕がポンポン女友達をつくれると思ってるのか?」

「思わない」


「……僕みたいな陰キャは、女友達なんて一人いれば多いくらいだよ」

 中学のときは女友達と言える関係の女子はいなかった。


「ふーん……ねえ、如月ちゃんってどこに住んでるの?」

「え? あー、室宮のほうに住んでるって聞いたことある」

 前に自宅の近くに書店があるかという話題になって、如月さんの最寄り駅を聞いたことがあった。


「室宮? けっこう遠いね。電車で三十分くらいかかるじゃん」

「まあ、ここ私立だし。遠くから通ってる生徒も多いだろ」


 といっても、電車で三十分は確かにちょっと遠い。

 同じ三十分でも、徒歩でのんびり通学している僕としては、申し訳ない気分になるくらいだ。


「でも、室宮まで行くと都会だからね。羨ましいよ」

「くっ……! もしかして如月ちゃんに田舎者だと思われてる!?」

「同じ県内なんだから、そんなことないだろ」


 とはいっても、たかが電車で三十分、されど三十分。

 僕と真理亜が住んでいる町は田んぼと森と山ばかりで、どう見ても田舎。

 学校の周りはまだにぎわってるけど、ほんの数分歩いただけで驚きの田舎へと変貌する。


「まずい、如月ちゃん、都会女子だったか……! ああん、負けてる!」

「負けてる?」

 またいつの間にか勝負始まってた?


「でも待って、駿太」

「僕は特に話進めてないけど」

 真理亜が急に如月さんの話を始めただけだ。


「女友達はあくまで友達。男子の友達となにも変わらないんだよ?」

「ま、まあ、そうだろうな」

 同じ友達でも、異性というだけで特別感はあるけど。

 そこを意識しないようにしてるんだから、余計なことを言わないでほしい。


「女友達から彼女になるなんて高望みはやめろ。やめるんだ」

「真理亜、僕になにを要求してるの?」

 だから、下心とかないんだってば。


「いいですか、有馬駿太くん。渡瀬真理亜さんが、君にいいことを教えてあげましょう」

「なに、そのキャラ?」

 真理亜は昔から変な奴だったけど、高校生になって磨きがかかってるな。


「駿太にも、これから女友達とか彼女とかはできるかもしれない。でも、幼なじみが増えることは決してないのです」

「……それはそうだ」


 もう僕らは高校生。

 これから親しい相手が何人できても、その人たちは幼なじみとは呼べない。


「私はその貴重な幼なじみの一人。大事にするべきじゃない?」

「大事にって言われても」


 そんなことが言いたかったのか?

 僕と真理亜とは、小学校から高校一年の現在までずっと同じ学校。

 小さい頃は、よく一緒に遊んだものだ。

 中学生くらいまでは、顔を合わせない日がないくらいだった。

 ただ――中学二年の頃から、疎遠になっている。

 きっかけは“あの事件”なのかもしれない。


 僕が真理亜にとんでもない要求をしてしまった、あの事件――


 あのスポーツブラは、未だに夢に出てくるくらい衝撃的だった。

 たかがブラジャーごときで……童貞か!

 いや、童貞なんだけど、女子のブラジャーをナマで見たあの光景は中二から高一になっても忘れられないくらいインパクトがあった。

 気づけば、“幼なじみ”が“女の子”に見えてきて――

 真理亜から距離を取る日々になってしまった。


「…………」

 中二のあの時点で、真理亜の胸はごく小さくて、中学生らしい大きさだった。

 あれからたった二年、高一になった今は――ごくり。


「あ、駿太……おっぱい見てる。揉んだだけでは飽き足らず」

「足りてるよ! じゃなくて、見てない!」

「見てない? こんなにおっきなおっぱいなのに? 体調でも悪いの?」

「僕、絶好調だったら女子の胸をガン見すると思われてるの?」

「普通のおっぱいだったら見ないかもだけど、私のはおっきいよ?」

「サ、サイズの問題じゃないんだよ」

「ふーん……」


 不意に、真理亜は僕の耳に唇を寄せてきて。


「おっぱい、見たいなら……見せてあげよっか?」

「な、なにを言ってるんだ?」

 真理亜のささやくような声だけでも、ドキッとするのに。


「そんなの、ありえないだろ。幼なじみだから胸を見ていいとか……」

「ありえないことを起こすのが私なのです」


 真理亜は、なぜかうっとりした顔で両腕を広げて。


「私は“奇跡のマリア”だから」


「…………」

 奇跡のマリア。

 耳にしたのは初めてじゃないけど、ギリギリのネーミングだな……。


「駿太……奇跡みたいな体験、してみる?」

「なんて胡散臭い台詞だ」

「もうっ、素直になればいいのに。ね、駿太」


 真理亜は顔を赤くしながら、ちらっとこっちを見て。


「中二のときの続き……駿太の家でしよっか?」

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