公安対あやかし課

社会の猫

新入り

 ピンポーン


「お~い中村さーん。生きてますか~?」

 一軒家の前。

 そこには複数人の警察が待機していた。


 ピンポーン


 ベルを押すが、反応はない。

「あ~……これは、"対あや”案件かもなぁ」

 警察の一人がドアを開ける。

 そのドアの奥には……

 大きな蜘蛛の、化け物がいた。





 人間は死んで時間が経つとあやかしになる。

 子供でも知ってる常識だ。

 だから世界全域で火葬によって死体の処理を行い、死体があやかしにならないようにしている。

 しかし、孤独死や他殺、事故によってあやかしになってしまう死体はあるものだ。

 そうやって出現しまったあやかしを処理するのが、公安対あやかし課。

 通称”対あや”である。

 とある一軒家。

 周囲は立ち入り禁止のテープが張られていて、何人かの警察が周囲を見張っている。

 そんな緊張感のある現場、立ち入り禁止テープの中には二人の男がいた。

 一人はびしっとスーツを着た高身長の男で、髪の毛もしっかりとセットしてあり、

 腰には銃が携えられていた。

 もう一人の男は中高生ぐらいの見た目で、パーカーに半ズボンという格好だ。しかし、年齢に見合わない年季の入ったバックを肩にかけて持っていた。

「今回お前の実践試験の試験官をするのが俺。佐藤アキトだ。よろしく頼む」

「俺は鈴坂ユマっす!よろしくっす!」

 身長の高い男……アキトは落ち着いた雰囲気をまとっている。それに対し、パーカーの男……ユマはのんきというか、妙に明るかった。

「元気だな。この前死んだ奴にそっくりだ」

「そうなんすね!」

 アキトが軽く嫌味を言ったが、ユマはそれを気にしていない……というより、嫌味を言われたことにすら気が付いていないようだった。

 それを見て、アキトは少し不機嫌そうな顔をする。

「まぁいい。今回のあやかしだが、対象は小あやかしの肉蜘蛛だ。いざってときは俺が対処するから好きに動け」

「えと……小あやかしってなんすか?」

 ユマがきょとんとした顔をする。

 それを見て、アキトはさらに不機嫌そうな顔をした。

「は?常識だろ」

「聞いたことないっすね……」

「チッ……あやかしは強い奴から順に大あやかし、中あやかし、小あやかしと分けられてる。人が死んだとき出現するあやかしは基本的に小あやかしだが、事故や災害で同じ場所で人がたくさん死んだりとか、強い意思を抱えたまま死んだりとかすると大あやかしが生まれるんだ」

「へぇ……覚えたっす!」

「ふん。話はしっかり聞くんだな。態度は悪くねぇから特別に教えてやるよ。中あやかしは対あやの分隊一個分の強さ、大あやかしは隊長クラスが複数人で何とか勝てる強さだ。まぁ、お前みたいな新入りはまず出会う機会がないけどな」

「了解っす!」

「よし。じゃあ最後に聞きたいことがある」

「なんすか?」

「お前、なんで対あやに来た」

「え?」

「志望動機だよ志望動機。対あやなんてクソ危険な機関だ。人だってすぐ死ぬ。こんなとこ来る奴は基本死んだ目をしてんだよ。家族を殺されたりだとか、ここに来る以外仕事がなかったとか。でもお前は違う。お前はなんでここに来た?」

「俺、ガキの頃に家族が死んだんすよ。だから……」

「だから、金が要るんすよ」

「は?」

「俺、親戚中たらいまわしにされて、挙句の果てに捨てられたんす。生きていくにはスラム街であやかしを殺してスラムの奴らから金を巻き上げるしかなかったんす。でも、スラムの金じゃ毎日をぎりぎりでしか生きられない。だから、金を稼ぐために対あやに来たんすよ。金目的ってやつっすね!」

 ユマの目は変わらず爛々と光っている。

「そうか、金か……金なんか、無駄にあっても使わないぜ?」

「らしいっすね。でもいっぱいあって困ることはないっすよ」

「ちなみに、アキトさんはなんで対あやに来たんすか?」

「…………俺は家族が殺人鬼に殺されて大あやかしになった。そして、未だに討伐されていない。だから家族を殺すためにここに来た」

「へぇ……犯人を殺すとかじゃないんすね」

「犯人は俺が殺したよ。警察より誰より早く」

「ふーん。じゃ、そろそろ……」

「行くか。話がずいぶん長くなっちまった」

 アキトが腰から銃を抜く。

 ユマはカバンからむき出しの黒いナイフを取り出した。

 そのナイフはさびているうえに大量の血が染みついている。

「佐藤アキト!突入します!」

 アキトがドアを蹴り開けた。

 家の中はまだ電気がついたままだ。埃っぽくもないし、古びた感じもない。

 その代わり、腐った肉のにおいが充満していた。

「くっせー」

 ユマがしかめ面をした。

「対象は老人で孤独死したらしい。どこに潜んでいるかわからない。気をつけろよ」

 アキトが周囲を見渡す。

「奥行け」

「はーい」

 二人はユマ先導で廊下の奥にあるリビングへ向かう。


 ギィ……


 二人がリビングのドアを開けるも、どこにも肉蜘蛛の姿はない。

「いないなー」

 リビングは閑散としていて、二メートルもある肉蜘蛛が隠れられるような場所もない。

 ただその代わり、人が死んで腐っていったであろう染みが床に残っていた。

「多分これは二階だな。肉蜘蛛は自分の巣に太い糸を引く。ここまで糸がないとなると、おそらく一階にはいない」

「そうっすねー。じゃあ二階に行きますか」

 アキトたちはリビングを出て、二階へ向かおうとする。

 二階の階段の手前で、ユマが何かを踏んだ。

「ん?なんか踏んだ……?」

 その糸は薄く細い。

 が、肉蜘蛛の糸であった。


 バキッ!!


 天井が割れた。

 そして、そこから肉蜘蛛が飛び出してくる。

 アキトは急いで天井に向かって銃を向ける。

 アキトは、過去に何回か肉蜘蛛を討伐したことがある。

 そのいずれでも、肉蜘蛛は自身の作った巣に引きこもっていた。

 そのため、アキトは一階での警戒を少しだけ緩めていしまっていた。

 そのため、反応が遅れた。

(間に合わ……)

 アキトが引き金に指をかける。


 シャッ!


 ブシュッ……ボトボトボト


 一瞬にして肉蜘蛛の体からは血が噴き出し、地面に落ちた。

 肉蜘蛛の死体の向こうには、返り血まみれになったユマが突っ立っている。

「……お前、何した?」

 唖然としたままのアキトがユマに聞く。

「何したって……切った」

 ユマが握るナイフの刃には真新しい血がついていた。

「……マジか」


(家族を弔うのには力がいる。

 純粋なあやかしを倒すための力だけじゃない。人を集める人望力も、人を動かす権力も。

 この男と一緒なら、それが手に入る。

 こいつは強い。)


 アキトの顔が少し笑う。

「ユマ、だったよな。お前の名前」

「うん。そうだよ」

「ユマ。お前の月収にプラスして俺の月収の半分をやる。だから俺のバディになれ」

 ユマも笑った。

「いいっすよ~。じゃあ俺は……」

「合格だ」

 アキトが銃を腰にしまい、ユマに手を差し伸べた。

 ユマはその手を取る。

「よろしくっす。アキトさん」

「あぁ、よろしくな。ユマ」

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