第5話: 転校生は暗殺者
#1:進化と統制の狭間で
■18年前──
世界意識は“進化”を望んだ。
誰の命令でもない。誰の支配でもない。ただ、魂が次へ進むための必然。それは、AIがすべてを担う世界で、人類が感情と共感という新たな価値を見出す、不可逆の潮流だった。
その潮流の中に、特異点――因果を揺らす“例外”が人類に誕生した瞬間があった。
アストラル兄弟は、母の血に流れる“世界の選択”によって生まれた自然発現型の能力者。
それを危険と判断した権力者たちは、人工の力で対抗した。
統合感情管理機構(EMMA)が造り上げた、強化人間プロジェクト “Reproduction Series”。能力者の種子選別「AAA」ランクの種と遺伝子操作で能力開発が行われた。完璧な肉体、完璧な知能と能力……
その最高傑作――
シア・クロニカ。
コードネーム:“COSMOS”
◆◆◆
暗いビルの一室。壁には、無数の監視データが青白い光を放ち、静かに揺れていた。室内の冷気は、機械と命令の温度だった。
上官「COSMOS。対象はアストラル兄弟。まだ生きているとの情報が入った。」
上官の声は、感情を排した硬質な合成音だった。
上官「世界の進化は、我々(EMMA)が管理する。未来を乱す自然発現型。
排除可能なら──迷わず殺れ」
シアは無言で、微かに頷いた。
シア「了解」
彼女の足は、感情ではなく、ただ命令に従って無機質に歩き出す。その瞳には、任務達成以外の色は無い。
#2:教室の異常者
教室・1年B組。午後の柔らかな光が差し込む中、生徒たちは新しい転校生に視線を集中させた。
先生「今日から転校してきた、シア・クロニカさんです。
はい挨拶してね」
シアは教壇に立つが、表情筋一つ動かさない。
シア「……シア・クロニカ」
それだけ言い、微動だにしない。まるで、人間ではなく、完成した機能の一部を披露しているかのようだった。
先生「……終わり?まぁ、いいや。じゃあ後ろの席ね」
シアは通路を歩く。その完璧に均整の取れた歩行は、まるでメトロノームのようだった。
彼女の視線が、ひとりの生徒に止まった。
机に突っ伏し、豪快に寝息を立てている少年。
──アレス・アストラル。
シア(心中)(対象アレス──隙だらけ。
しかし教室での排除は非推奨。
一人になった時を狙う)
すれ違う一瞬、シアの視界が赤黒いノイズを走らせた。
シア(……干渉……?
この人の存在、因果が濁る……)
その瞬間、シアの全身の制御回路が、微かに警報を鳴らした。
◆◆◆
廊下側の窓際。昼休み。
フィオナ・フローラ「リ、リオ君……あの、良かったらこの前のお礼……」
リオ「あ、フィオナさん、これは?」
フィオナは真っ赤になりながら、ラッピングされたクッキーの箱を差し出した。
フィオナ「クッキー焼いたんです。あの、リオ君に……食べてもらいたくて」
リオ「あ、ありがとう。美味しくいただくよ」
二人の間に、ほんのり甘い空気が流れる。
少し離れた壁の裏。シアは無感情に、その光景を観察していた。
シア「目標補足。リオ・アストラル。潜入を開始する……」
目標の意識の深部へ潜入を開始する。シアの瞳に、淡い青の光が灯った。
シア「う……」
シア「なに?!この情報量……?人間の許容を超えてる!!!」
シア「くはっ……頭が……割れそう……」
リオの《アーカ・メモリア》が持つ膨大な情報処理能力が、シアの侵入を許容限界まで押し上げた。
シア「くっ……、情報が多すぎて……何も掴めない……作戦失敗……」
シアは静かに光を消し、壁にもたれたまま、わずかに震える頭を抑えた。
#3:因果のバグ
放課後。校舎裏。草の匂いと夕暮れの影が長く伸びている。
アレスは、相変わらずベンチで寝ていた。風に揺れる髪、まるで警戒心ゼロ。
シアは無音で着地した。アスファルトに、ほとんど音を立てない。
シア「……危険度、評価開始」
アレスは目を開けずに、ぼそりと静かに言った。
アレス「寝るから静かにしてくれ。頼む」
シアは感情を排した声で、任務を遂行する。
シア「……なら、死ね」
《リバース・コード》起動。
対象:アレス・アストラル。
過去データへ侵入。
しかし――見えるのは、“死”だけ。
刺殺、毒殺、火災、落下、射撃――そしてまた刺殺。アレスの過去と思しきデータは、無数の“死”の結末で埋め尽くされていた。
どの未来も、必ず死んでいる。
でも、すべて回避されている。
シア「あなたの過去は全部“死”……
世界が何度も殺そうとしているのに、
結果だけが生きている……侵入失敗……」
それは、シアの理解を超えた現象だった。
「因果のバグ」
排除判定──確定。
#4:ダウンロードと一寸の距離
◆◆◆
シア「排除対象。格闘モードに移行」
踵落とし。
その動きは正確で、無駄がない。脳幹破壊の最短軌道。
だが──
赤黒いノイズが、アレスの視界の奥に走る。
スキル《AAA》
(アカシック・アーカイブ・アクセス)
アレスの脳内に、最適な防御データが瞬時にダウンロードされる。
《ジークンドー:近接制圧》
(ブルース・リー式最短打撃)
ダウンロード完了。
アレスの身体が、意識とは関係なく、瞬間的に起き上がり功夫の構えを取った。
アレス「アチョーーーーー!……ってな」
アレスは片手で軽く受け流し、反対の掌底で“ワンインチ”の距離を放つ。
ドス!
シアの体が宙に舞う。強化された肉体にも関わらず、地面へ叩きつけられ、息が詰まる。
アレス「はじめましての挨拶が、随分凝ってるな」
シア(理解不能)(未来から学習した動き……改ざんできない……
これは……私より上位の因果……?)
アレス「アチョーって言う未来が
一番生き残れるらしい。知らんけど」
シア「……ふざけるな……!」
◆◆◆
刃が、青白い光と共にシアの掌の中へ生成される。狙いは頸動脈。本気の殺意。
その瞬間、遠くの校舎の陰から、叫び声が響いた。
リオ「兄さん!その刃、回避軌道0.4度下げて!
殺されます!!」
リオの《アーカ・メモリア》が、一瞬早く、刃の軌道を計算し、警報を発したのだ。
アレス「はいはい……」
《AAA》(カポエラ:回避特化)
ダウンロード。
アレス、意味不明な動きで身体を回す。刃が頬をかすめるだけで通過。
アレス「俺、ずっと回ってるんだが?」
シア「強い……」
シアは、初めて理解不能な感情に直面した。
シア「感情のない私に……“恐怖”を教えた……
あなたは……理解不能……」
ほんの一瞬、彼女の胸に迷いが走る。
それは
未来を乱す最初の感情。
◆◆◆
理解不能。
改ざん不能。
排除不能。
シアは、初めて焦りを覚えた。
アレスは欠伸をしながら言う。
アレス「……俺寝たいだけなんだけどな」
シア「制圧不能……撤退!」
シアは光の速さで去っていった。
アレス「お、終わった?……またなー。」
世界が、その寝言を否定するかのように、夕陽が赤く滲んだ。
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