第3話: 数秒の極
#1:アストラル兄弟の転校
1年B組の教室。まだ少し緊張した空気が残る教壇で、一人の少年が静かに頭を下げた。
先生「今日からこのクラスに転校してきた、リオ・アストラル君だ。」
リオは顔を上げ、優雅に微笑んだ。その姿は、まるで彫刻のように整っている。
リオ「リオ・アストラルです。よろしくお願いいたします!」
教室のあちこちで、さざ波のような囁きが広がる。
女子生徒たち「え、ちょっと待って……」「あの子、人形みたいに可愛くない?」
同時刻、2年C組。騒がしさが漂う教室で、もう一人の少年が、まるで朝の気だるさを体現したかのように教壇に立っていた。
担任教師「新しく転校してきた、アレス君だ。自己紹介して」
アレスは大きく伸びをし、目元をこすりながら、面倒くさそうに口を開いた。
アレス「あー、どうも。アレス・アストラルっていいます。趣味は寝ること、特技は未来視、昨日1回死にました。よろしく」
教室が一瞬、静寂に包まれた。担任教師は、その言葉の意味を理解できず、顔を引きつらせる。
担任教師「あ……そう……。君の席はあそこだ」
アレスは返事もせず、窓際の一番奥の席に着いた。そして、大きな欠伸(あくび)を一つすると、すぐに机に突っ伏し、寝息を立て始めた。
◆◆◆
#2:演算の暴発
学校の一日が終わり、放課後の合図と共に生徒たちが三々五々、下校を始める。リオはアレスを探しながら、横断歩道の脇で信号を待っていた。
ーー突如。
リオの脳内に、冷たい氷のような膨大な数式が、爆発的な勢いで飛び込んできた。
“アーカ・メモリア”発動!
世界の色が、一瞬にして青白いコードと数値に塗り替えられる。
これから起こる出来事が、決定的な確率で予測され、その軌道が光の線として視界に焼き付いた。大型トレーラーの速度、スピード超過による急ブレーキ、スリップ、その現象は確定的な確率でその軌道が見える。
乗用車への衝突予測:4.7秒後、セダン車両との衝撃、トレーラーの方向、歩道への突入、前方の少女、クラスメイト、氏名 フィオナ・フローラ。15歳、致死率:99.2%。
リオ「っ……!!!」
予測された“破滅のエネルギー”が、リオの肺から空気をすべて押し出す。
視界の先、予測図通りに大型トレーラーが乗用車に追突し、轟音と共に歩道めがけて迫りくる。
フィオナ・フローラ「きゃ――」
フィオナの悲鳴が耳に届く頃には、アーカ・メモリアの膨大な予測演算が加速し、情景はまるでスローモーションに見えていた。
トレーラーの進路角度、車体下のわずかな隙間、車両の総重量6630kg、スリップの長さ18m、回避可能時間1.7秒。そして、自分の体重と推進力。
リオ「間に合う!!」
#3:最小限の動き、最大の力
ためらいはなかった。その一瞬の迷いが、0.003%の失敗確率を招くことを理解していた。
リオは、計算された全力で地面を蹴る。
最速の一歩。最短の軌道。そして、救うための勇気。
空気抵抗すら計算に入れたように、リオの身体は一直線にフィオナへ向かう。フィオナの顔の恐怖は、リオの視界の中では、静止したデータでしかなかった。
彼は少女を強く抱える。
そして、光の線が示した唯一の活路――トレーラーの下の隙間――へ向けて、二人の身体を地面へ叩きつけた。
ガッ
リオ「伏せてっ!」
トレーラーの下を潜り抜け、頭上スレスレを鉄の塊がすり抜ける。リオの背中を、熱風と油の匂いが撫でていった。
◆◆◆
#4:衝突の残響と予言
ドォン!!
背後で衝撃が爆ぜる。アスファルトの破片、鉄屑の無数の破片が飛び散るが、それもリオの予測範囲内だった。
飛散した破片の鋭利な一つが、リオの頬をかすめ、薄らと血が滲む。
少女は恐怖で全身を震わせる。その身体は硬直していた。
しかしリオは、それを優しく、柔らかく包み込んだ。彼の抱擁には、データには表れない“安心感”があった。
リオ「……もう大丈夫ですよ。」
その穏やかな声に、フィオナの頬は、恐怖から解放された安堵と、抱きしめられている緊張で一瞬にして赤く上気した。
フィオナ「……あ、ありがとう……」
離れた場所から、いつの間にか状況を観察していた兄が、ぼそりと地面に向かって呟いた。
アレス「惚れたな。」
リオ「え?!兄さん何言ってるの!」
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