第5話 落下傘降下
私と大尉の分担は佐渡市立両津中学校かぁ。そこに、日本人男性400人、内自衛隊員約20名。こっちは、ロシア女性隊員200名。少なくとも二名ぐらいは日本人を味見できるじゃん!とアニーは思った。おっと、まずは分屯基地に侵入しないと。
赤外線スコープで基地のフェンスを見回す。CCDカメラの配置を頭に叩き込んだ。空挺部隊員は全員、全身黒のレオタードにバラクラバ帽を装着している。体の線がクッキリしていて、艶っぽいのだ。街路灯と街路灯の間の暗闇から侵入できるな、と判断した。
アニーは笑気ガスボンベとナイフ以外の装備をカテリーナ伍長に預けた。アデルマンに手話で侵入場所を指し示す。アニーと大尉がフェンスに近づく。大尉が両手のひらを組合せて片膝をついた。ちょっと助走してアニーが大尉の手のひらに脚をかけた。大尉がアニーを放り上げる。アニーはフェンスを越えて、体を二回転して着地。ゲートの方に消えた。
暗がりを進んで、ゲートの門衛所の裏に忍び寄った。都合のいいことに門衛所には給気ファンが設置されていた。給気ファンの外気吸込口に笑気ガスボンベをあてがった。二分。そっと門衛所の窓から覗いてみる。自衛隊員が二名、机に突っ伏していた。チョロいもんだわ。日本人っておバカさんよね?
アニーはゲート操作盤をチェックした。彼女はコリアン系ロシア人だが、漢字かなが読める。操作盤で、電動ゲートの電源を解除、手動で開けられるようにする。人間が通り抜けられる分だけゲートを開いた。
隊員が次々と分屯基地に入り、左右に散開し建物の裏に向かった。彼女たちも笑気ガスボンベを持っていて、アニーと同じく給気ファンから笑気ガスを噴射させるつもりだ。
15分後、建屋の各所から制圧完了の報告が入った。捕虜はインシュロック(電気工事用プラスチック製結束部材)で手足を拘束して、口にガムテープを貼り付けた。レーダーサイト群と除雪隊宿舎の分担のスヴェトラーナ、アニータからも制圧完了の連絡が入った。迷彩服に着替えながら、軽いもんだわ、訓練にもなりゃしない、とアニーは思った。
一時間後、鈍足の強襲揚陸艦オスリャービャとペレスヴェートに先行してウラジオ沖合はるかの日本海を遊弋していたポモルニク型エアクッション揚陸艦17隻も時速96キロの俊足を活かして、分散して、佐渡ヶ島の各制圧拠点に到着。すべての拠点の占領が終わった。
アデルマンとアナスタシアは、自衛隊のトラックを拝借して、自衛隊員の捕虜を各収容所に輸送した。
佐渡市立両津中学校収容所
ロシア軍による佐渡ヶ島占領作戦で、日本人民間人と急襲されて捕虜となった航空自衛隊、佐渡分屯基地の隊員の一部が佐渡市立両津中学校に収容されていた。日本人は中学校の体育館に集められた。四百人ほどいるだろうか?なぜか女性ばかりのロシア軍の軍人たちが日本人を促して、体育館の床に座らせた。
「私の名前は『エレーナ』です。ほら、この名札」と胸にコンビニの店員がつけていそうなプラスチックケースの名札を指差した。ロシア語を英語読みのアルファベットに直したのと日本語のカタカナの氏名、軍の階級が印刷されている。
「ここに、私たちロシア軍監視部隊の名前と階級を印刷しました。日本語、合っていますか?私は少佐、英語ではメジャーで、自衛隊の階級で言うと三佐に当たります。私たち監視部隊は、全員女性で編成されています。二百人の人員を配置しました。あなた方日本人は戦闘区域で保護された民間人です。ただし、一部、航空自衛隊、佐渡分屯基地の隊員の方々が混じっています。彼らには民間人とは違う衣服を支給しました。肩章が付いているでしょう?」と前の列に突っ立っていた自衛隊員を指差した。日本人捕虜はロシア軍女性兵士に素っ裸にされて、ロシア軍のカーキ色の制服を支給されてそれを着ている。民間人は肩章なしの制服で、自衛隊員は肩章付きだ。
「空自の方々は戦時捕虜です。しかし、警備の都合上、民間人の方々と一緒に保護します。監視部隊がなぜ全員女性かというと、日本政府へ皆さんを開放する時まで、リラックスしていただきたいからです。皆さんが抵抗活動をしなければ、一切暴力を使用するつもりはありません。皆さんにもご協力をお願いします」
「それから、あなた方を盾…盾という言葉で良いのでしょうか?いわゆる人間の盾にするつもりはありません。ロシア連邦軍はそんな卑怯な手段を使いません。皆さんをはじめ、他の小学校や中学校、合計五校に保護されている皆さんの周囲には、攻撃を受けるようなミサイル装備や攻撃兵器は配置していません」
「ちょっと待った」とさっきの自衛隊員が彼女の言葉を遮った。「そんな話を信用できると思うかね?自衛隊、米軍のピンポイント攻撃をかわせるように、この学校、体育館の周りにミサイルが設置してあるはずだ」と彼はまくしたてた。
「あら、あなたは?佐渡分屯基地の隊員の方ですね?お名前と階級をお聞きしてもよろしいかしら?」と小首をかしげて彼女が自衛隊員に聞いた。
「私は航空自衛隊佐渡分屯基地、監視小隊の鈴木三等空佐であります」
「あら、私と同じ階級ですね。よろしくお願いします。仲良くできそうですね。独身ですか?」
「独身とか、エレーナ少佐、今の場合は関係ない話でしょう?とにかく、ロシア連邦軍は、我々を人間の盾として使うつもりなんでしょう?」
「それは、後でこの学校内を一緒に見て回れば納得できるはずです。後で、一緒に視察しましょうね。まず、現在の佐渡ヶ島の状況をご説明します。この島の人口は約52,000人ですね。民間人がそれほどいれば、我が軍の食料や他の消耗品への負担も大きいです。そこで、すべての女性、成人に達していない子ども、そして50歳以上の男性を島外に退避させています。日本政府にフェリーをお願いしました。佐渡汽船や新日本海フェリーを総動員しているようです。数日間で約5万人を島外に移す予定です」
「残すのは、あなた方を含めた成人男性約2,000人程度です。そのため、小中学校5校に分散して収容しました。それぞれ約400人が1つの学校に保護されています。ミサイルなどの攻撃兵器や防御兵器は、小中学校5校には配置していません。配置しているのは、日本人の方々が収容されていない加茂湖の南にある新潟国際藝術学院佐渡国際教育学院、そして島の反対側にある新潟県立佐渡高等学校です。」
「エレーナ三佐、そんな軍事機密を私たちに説明してもいいんですか?」
「鈴木三等空佐、あなた方は通信手段を持っていないでしょう?だから、衣服から持ち物まで、すべて取り上げました。別に、鈴木三等空佐が我が軍の情報を知ったからといって、我が軍が困ることはないじゃないですか?えーっと、それより、鈴木三等空佐、ファーストネームを教えていただけませんか?ファーストネームで呼んだほうが短くていいじゃないですか?私もエレーナと呼んでいただいて結構ですよ」
「わ、わかった。名前は博(ヒロシ)だ」
「ヒロシ、覚えやすい良い名前ですね。さて、皆さんには校庭に設置したテントで雑魚寝していただきます。日本の方々は入浴がお好きと聞きましたので、一度に50人が入浴できるお風呂も準備しました。男湯…というのでしょうか?その男湯の隣には、私たち監視部隊のシャワー室を設けてあります。覗いちゃダメですよ。まあ、覗きたいのなら覗いても構いませんけど。減るものでもありませんし、日本人女性が持つ羞恥心?その羞恥心は、私たちロシアの女性軍人にはありませんから」
「校舎内や学校のフェンスから10メートルより外での行動は自由です。フェンスには高圧電流設備を設置しましたので、触れないようにしてください。あなた方は400人、私たち女性監視部隊は200人ですが、人数を頼みにして抵抗しないようにお願いします。女性とはいえ、私たちは軍人ですので、サンボやその他の格闘術を学んでいます。ただし、私たちは全員丸腰で、武器は携行していません。もちろん、フェンスの外には別の男性警備隊が配置されています」
「あなた方の保護期間は、大体二週間を予定しています。なぜ二週間かと言いますと、中国人民解放軍の台湾侵攻作戦がそのくらいだからです。それと、ヒロシ、自衛隊はロシア連邦軍が北海道に侵攻すると想定していますが、北海道の留萌にちょっと上陸しただけです。北海道への侵攻は陽動作戦です。実は、この佐渡ヶ島が本作戦となります。そして、人民解放軍の武力行動が終了した時点で、佐渡ヶ島占領の本作戦も終了します。私たちはその時点で撤収し、ウラジオストクに帰ります」
「エレーナ、どうも、この作戦の意図がよく理解できないのだが?差し支えがなければ、教えてくれるか?」
「良いわよ、ヒロシ。ただし、民間人の方々には関係のない話ですから、校舎内の職員室?教師たちの事務所?そこで説明してもいいことよ。ところで、ここにはあなたの他に空自の隊員が十数名いらっしゃいますけど、あなたが最上官なの?」と彼女が鈴木三等空佐に聞くので、彼は周りを見回した。
肩章の付いている奴は?小野、小山、佐野、山下……監視小隊は小野だけか?後は、通信電子小隊、基地業務小隊、総括班……私が最上官のようだ、と鈴木は判断した。
「エレーナ、この中の自衛隊隊員で、私が最上官だ」
「あら?じゃあ、私たち、階級が同じで、同じく最上官なのね?仲良くできそうじゃない?」
「仲良くって……貴官と自分は敵国軍人同士ですぞ?」
「エ?何?キカン?キカンって何?」
「貴官というのは、軍人同士で相手を呼ぶ時の丁寧語です」
「ふ~ん、日本語の勉強になるわね。あとでどう『キカン』を漢字で書くのか教えてね。あ!皆さんに言い忘れたことがあります」
「私たち連邦軍の女性監視隊員は、敵地ですが、日本人の方々との交流は自由という命令をロシア連邦軍東部軍管区司令官から受けています。個人同士の交流は自由です。私はロシア語はもちろん、日本語、英語も話せますが、私の隊員たちも少なくとも英語は話せます。日本語も片言ですが話せるでしょう。ですので、ご自由に肩章にピンクのリボンが付いた女性に話しかけてください。監視任務がありますので、私の女性隊員全員が相手はできませんので、順番で一部の隊員は自由勤務といたしました。肩章にピンクのリボンがありますよ。あら、私も付けなくちゃ」と彼女は近くの隊員を呼んでピンクのリボンをもらい、肩章に付けた。
「もしも、交流が進んで、え~っと、あの、日本語でなんというのかしら?男女の仲?になってもご自由に。ロシア連邦軍はそのことを禁止?禁止はしていません。私たちが撤収した後、私の隊員が日本に残りたい、相手も同意?同意するなら、それも自由です。ロシア連邦軍はそれを脱走行為とはいたしません。除隊手続きを行います」
「ちょっと、エレーナ、何を企んでいる?」
「何も企んではおりません。皆さんを保護している間、できるだけリラックスして欲しいだけです。ここにいる私の隊員たちも、司令官の指示内容を納得し、理解して赴任しています。ねえ、ヒロシはロシア人女性が嫌いなの?」
「いや、そういう話では……嫌いじゃないが……ロシア軍とウラジオで交流したこともあるし……」
「あら、嬉しい。じゃあ、同じ階級同士、仲良くしましょう。みんなには悪いけど」と彼女は後ろに控えている女性隊員を見回して「鈴木三等空佐、ヒロシは私の管轄といたします。よろしいですか?」と彼女が言うと、隊員たちが「ダー」と了解し、敬礼した。
滑稽な光景で、一部の女性隊員は失笑している。「ヒロシ、私と話すことは反軍行為じゃありませんよ。安心して。あなたにとって、ロシア軍の軍事機密を調査する諜報行為になる良い機会かも。さあ、職員室に行きましょう」と腕を鈴木に絡ませて、体育館を出て行った。
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