同級生が推しになりまして。

@dictator_kana

第1話

 彼とは保育園から小学校までの約9年間一緒だった。同じぶどう組、同じクラス。1年生から6年生までずっと一緒。さらには登校班まで。

 彼は可愛かった。名前は大悟。僕はずっと大悟と一緒だった。


「隼人くん!お医者さんごっこしよ!」


 大悟の家は両親ともに医者で、大悟はいつもぶかぶかの白衣を纏ってお医者さんごっこをしたがった。しかも必ず医者役で。


「そこに寝て?」

「こ、こう?」

「そう。うーん、異常無しですね!」


 毎回必ず「異常なし」だ。大悟の家には何度も通い、必ずお医者さんごっこをしたが一回だけ、僕が医者役をやったことがある。


「今日は隼人くんがお医者さん役ね!白衣着て!」


 ほんのり消毒薬の香りがする白衣を纏って、僕は横になった大悟に、大悟のお父さんの聴診器を当てる。少しくすぐったそうに笑う大悟に、僕は何故か嬉しかった記憶がある。


 3年間過ごした保育園を卒園し、そのまま僕たちは学区内の小学校に入学した。僕たちの登校班は必ず年長者が年少者の手を繋ぐことになっていたが、僕はずっと大悟と手を繋いでいた。


「隼人くん、今日から一緒だね!」


 これは僕と、大悟の濃密な9年間とその後のお話。


 2.

 小学生時代の僕は、いわゆる「悪ガキ」だった。授業中教室を抜け出して、隣の空き教室に忍び込んでゴミ箱にラクガキをしたり、やっぱり授業を抜け出して体育館裏でカードゲームをしたり。


 毎回毎回校長室に呼ばれていたことを記憶している。しこたま怒られたあと教室に戻ると必ず大悟は頬杖を付いたままこっちを見て笑っていた。


「隼人くんまた怒られてたね。」

「もう慣れたよ。次は何しようかなぁ。」

「あんまり怒らせちゃうと校長先生死んじゃうよ?」


 そう言って笑いながら、僕の頭を軽く撫でる。それが少し心地よかった。今思えばもう「大悟の沼」に落ちていたのかもしれない。


 大悟は勉強がすごく出来る子だった。僕とは違って。いつも休み時間は僕と話したり、本を読んだりしていた。それでも友達がいなかった訳ではなく、たまに外に出て走り回っているのを見た。


 放課後はよく大悟の家に遊びに行った。大悟のお父さんお母さんとはもう3歳からの付き合いだったし、いつも歓迎されていた。大悟のお父さんお母さんは子ども好きらしく、他の子どもたちが来ても嫌な顔一つせずにお菓子や飲み物を出してくれた。


 その日は、大悟と僕の2人きり。宿題を片付けていた。


「ねー、大悟。遊ぼう。」

「また宿題終わってないよね?宿題終わるまで遊ばないから。」

「ちぇー。あ、ここ分かんない。」

「ん?あぁここはね…」


 大悟に宿題の分からないところを教えてもらいながら、宿題をつつがなく終わらせる。遊びの時間だ。


「宿題終わったよ!何して遊ぶ?」

「限定のレアカード手に入れたんだけど、バトルする?」

「いや、僕カードゲーム分からないから。理玖の家でも行く?」

「そうだね。理玖くんちなら多分拓郎くんたちいるだろうから、バトル出来るね。」


 理玖とは、同じクラスのお金持ちな同級生だ。大悟の次に優しく気の弱い彼の家には、友人たちが毎日毎日集まっていた。


「あれー?大悟に隼人じゃん。どうしたの?」


 こいつは拓郎。リーダー格で逆らえるものはいない、ガキ大将だ。とは言っても殴ったりはしてこないけれど。


「限定のレアカード手に入れたんだ。バトルしようよ。」 「おっしゃ!負けねぇぞ!」


 理玖も僕もカードゲームをしないので、拓郎と大悟がカードゲームをしているのを壁にもたれながら見ていた。


「隼人くん、りっくんお菓子持ってきたから食べてね。」

「ありがとうございます!」


 流石お金持ち。出してくれるお菓子もどこか高級感がある。


「隼人、算数のドリルやった?」

「やったよ。見る?」

「見る。ありがとう。」


 理玖が僕の宿題を写している間に、拓郎と大悟は2戦目に入っていた。


「何、拓郎負けてんの?」

「ま、負けてねぇし!勝ちを譲ってやっただけだよ!」

「負けは負けだよ。さ、もう一戦やろうよ。」


 拓郎と大悟はカードゲームに夢中で、理玖は僕の宿題を写すのに夢中。僕は理玖が飼ってる猫と戯れていた。


「じゃあまた明日ねー!」


 理玖の家を出て、大悟と2人で家に向かう。ちなみに拓郎と理玖は同じマンションに住んでいて、僕は大悟の家から200m先にあるマンションに住んでいる。


「じゃあまた明日ね!」

「また明日!」


 大悟と別れて家路に着く。今日はお小遣いで買った、僕の好きなバンドのCDが届く日だ。


 翌日。登校班の集合時間に少し遅れて着いた僕は、先輩たちに挨拶をした後、大悟を探した。


「あれー?大悟は?」

「あぁ、風邪らしいよ。今日は休みだって連絡帳渡された。」

「そうなんだ…。」

「隼人、1年生の手、繋いであげてね。」

「あい。光貴くん手繋ぐよ。」

「はーい!」


 僕も大悟も2年生になり、年下の子たちと手を繋ぐことになった。2年生になっても大悟とはクラスが一緒だった。


「今日大悟休みなんだってー。」

「隼人寂しいんじゃない?」

「寂しいよ。大悟に逢いたい。」

「僕がいるじゃん。」

「理玖と一緒でもなー。」

「何それ!」


 そう言いながら理玖が笑う。僕も笑っていると担任の葉月先生が入ってきた。


「みんな席に着いてー。出席取るよ。」

「今日は大悟くんは風邪でお休みです。隼人くん、連絡帳とプリントを帰りに持っていってあげてね。」

「はーい!」


 1時間目は算数。大悟は僕の斜め前に座っているので、いつもは分からない問題の答えを教えてもらえるのだけれど、今日は休みなのでそれをする事が出来ない。僕は当たらないことを祈りつつ、教科書を眺めていた。チャイムが鳴る。当てられなかったことに安堵しながら、次の時間の体育に向けて体育着に着替えた。


「隼人、今日はペア組むよ。」


 理玖である。今日の体育は僕の得意なサッカーだ。理玖はサッカーが苦手なので、得意な僕と組むことで、何かしらの恩恵を受けるんだろう。多分。


 あれよあれよと授業は終わり、あっという間に帰りの時間となった。今日は拓郎もいないので、帰る方向が一緒な理玖と一緒に帰ることにした。


「理玖、帰るよ。」

「あっ、待ってよー!大悟の連絡帳持ってないでしょ?」

「あ、そうだった。職員室行かなくちゃ。」


 職員室。先生は机に向かって今日の国語の時間にやった漢字テストの採点をしていた。声を掛けると、「あぁ」と一言だけ発した後、僕と理玖に向かい合う。


「大悟くんの連絡帳ね。あと今日配ったプリントも全部入ってるから大悟くんに渡すんだよ。」

「はーい。」

「先生、彼氏いるの?」

「理玖くん、そういうプライベートな事聞かないの。いるよ。」

「いるんですか!?」


 何故か隣の中島先生が立ち上がった。理玖が笑っている。


「いますよ、彼氏くらい。」

「いるんだ…知らなかった…。」

「とりあえずこれ届けてね。気をつけて帰るんだよ。」

「はーい。」


 連絡帳類を自分のランドセルに入れ、職員室を出る。校庭では、拓郎たちがサッカーをしていた。


「おーい、隼人ー、理玖ー、サッカーやらねぇ?」


 僕と理玖の姿を見かけて、拓郎が大きな声で僕たちを呼ぶ。


「今日は帰るー!明日ねー!」


 理玖がそう叫んで校門を出る。僕も理玖を追いかけていった。


「今日の給食の杏仁豆腐美味しかったねぇ。」

「隼人、杏仁豆腐好きだもんね。」

「大悟の分まで貰えたしね。ラッキー。」


 僕と大悟と理玖の家は大きな橋を超えたところにある。僕より小さい、多分1年生が橋をふざけあいながら渡っている。


「危ないねぇ。」

「走る?」

「走らない。人がいっぱいいるところでは走らないって言われてるしね。」

「そうだね。ゆっくり帰ろう。」


 理玖と大悟は、何処か僕と波長が合う。逆に拓郎や雄飛たちは、今でいう「陽キャ」なのでたまに話してて疲れてしまうことがある。


「そういえばCD買ったんでしょ。どうだった?」

「良かったよ。すごくうるさいんだけどね。」

「うるさいんだ。今度貸してよ。」

「大悟の家行ったらうち来る?今日はお父さんもお母さんもいないけど。」

「行く!」


 そんな事を話していると、大悟の住むマンションに着いた。オートロックなので、入り口で部屋の番号を押して呼び出さなきゃいけないのだが。


「あれ、大悟んちって何号室だっけ?」

「何号室だっけ…。ポスト見て見れば分かるんじゃないかな。」


 2人して郵便受を見に行く。1105室が大悟の家だった。


「いつも裏口から入るから分からないよね。」

「そうだね。あ、隼人でーす!大悟くんにプリント持ってきました!」

「はーい。入ってー!」


 玄関先に出てきたのは大悟のお母さんだった。今日は仕事が休みだったらしい。


「これ、連絡帳とプリントです。大悟大丈夫ですか?」

「うん、だいぶ熱も下がってきたから明日には学校に行けると思うよ。上がってく?…って言っても風邪うつしちゃったら大変か。明日会えるのを楽しみにしててね。」


 そう言って大悟のお母さんが僕と理玖の頭を撫でる。いつもそうだ。僕の頭が撫で心地がいいらしい。よく分からないけれど。


「じゃあまた明日ね!」

「ありがとうねー!」


 マンションを出る。まだまだ空は明るかった。


「じゃあうち行こうか。」

「うん!楽しみ!」


 僕の家は12階建の6階にある。エレベーターで6階に登り、降りてすぐ右に曲がったところに僕の家がある。


「ただいまー。」

「お邪魔しまーす。」

「あら、隼人おかえり。理玖くんも一緒なんだ。」

「あれ?お母さん今日は仕事じゃなかったの?」

「今日は午前中だけだよ。さ、理玖くん上がって。今ジュースでも持っていくね。」

「ありがとうございまーす!」


 僕の部屋に入り、まずは今日の宿題を片付ける。僕は国語と社会。理玖は算数と理科を終わらせて、お互いに見せ合った。いつものパターンである。


「あー、ここ分かんないや。理玖これわかる?」

「えっと、ここをこうすれば…」

「なるほどー。流石算数得意な理玖。」

「それほどでも無いよ。隼人だって字きれいじゃん。」

「そうでしょ!もっと褒めて!」

「図に乗らない。」


 僕の頭にチョップを落とす。お母さんが部屋に入ってきた。


「はい、ジュースとお菓子。あら、先に宿題終わらせてるんだ。珍しい。」

「いつも違うの?」

「いつもは先に遊びに行ったりするからね。」

「宿題なんて写せばいい…痛っ」

「自分の力でやるの。それが普通よ。」


 そう言いながら母は出て行った。そんなに頭叩かなくても。


 ――――――

「よっし、宿題終わり!ゲームしよ!」

「いいよ!今日は負けないから。」


 僕と大悟が今ハマっているゲーム。格闘物でなかなか面白いものだ。


「あっ!理玖その技反則だよ!」

「公式な使い方だから反則じゃないよ!」

「ずるい…」

「はい、僕の勝ち!」

「うーん、納得いかない…」


 早々にゲームに飽きた僕は、理玖の家に遊びに行くことにした。多分拓郎たちも理玖の家にいるだろう。


「ただいまー」

「お邪魔しまーす!」

「あら、いらっしゃい。宿題は終わらせてきた?」

「はい!」


 理玖の家に上がると、理玖の飼っている猫、りんちゃんが迎えてくれた。そして雄飛と旭がいた。2人は双子なのだ。たまにどちらが雄飛なのか分からなくなる。


「にゃー」

「りんちゃんこんにちわ。今日も可愛いね。」

「にゃあ」


 当たり前でしょ、というように頭を僕の足に擦り付けてくる。撫でていると理玖がやってきた。


「何して遊ぶ?」

「拓郎来てる?」


 理玖が尋ねる。


「雄飛は来てるけど。」

「じゃあカードゲームだね。」

「お、隼人に大悟じゃん。」

「雄飛と旭の2人なんて珍しいね。」

「まぁ、たまにはね。旭が行きたいって言ってたから」


 雄飛は今日の宿題を、旭はまんがを読んでいた。


「雄飛そのまんが面白い?」

「俺旭だよ」

「あ、ごめん。間違えちゃった。」

「いいけど。隼人も読む?」

「読む!」


 旭が読んでいたまんがを借り、旭は新しいまんがを手にする。雄飛は理玖と宿題をしていた。


「あ、理玖。CD一応持ってきたけど」

「ほんと?貸して欲しいな。」

「はい」

「ありがとう。パソコンに入れたら返すね。」

「いつでもいいよ。」

「分かった。あ、雄飛そこ計算式違うよ」

「え、嘘?」

「ほんと。この計算式だよ。」

「あ、わかった!ありがとう」

「いいえー」


 時間は17:30を指していた。そろそろ帰る時間だ。


「僕もう帰るね。」

「あ、雄飛。俺たちもそろそろ帰らないと」

「ほんとだ。隼人一緒に帰ろ。」

「いいよ。お邪魔しましたー!」

「ありがとうございましたー!」

「はーい。またおいで!」


 外に出ると、もう真っ暗だった。


「冬だねぇ」

「そうだね。早く帰ろ。」

「うん。」


 15分後、旭と雄飛の家に着く。


「じゃあまた明日ねー」

「じゃあなー!」


 明日には大悟も来るだろう。その時には今日の話をしてやるんだ。

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