姫騎士が異世界から来て、北区区民になりました ~転校初日に斬られた俺の学園生活~

東紀まゆか

第1話 転校生は姫騎士

 転校してきた姫騎士に、教室で斬りかかられた。

 信じがたい話だが、現実は小説より奇なりだ。


「今日は転校生を紹介します。入って来なさい」


 担任教師の言葉の後、廊下から転校生が入って来ると、教室はざわめいた。


「おい、マジかよ」

「あの話って、都市伝説じゃなかったのか」


 都市伝説がどうした。八尺様でも転校してきたか。そう思いながら、俺、新藤直人は机に突っ伏していた顔を上げた。昨晩、遅くまでバーチャライバーの配信を見ていたので寝不足だったのだ。しかし眠気は瞬時に吹き飛んだ。クラス全員がそうしたように、俺も自分の目を疑う。


 そこには、完璧な美少女が立っていた。


 サファイアのような碧い瞳に、整った顔立ち。腰まで伸びた金髪が、彼女の美しさを一層引き立てている。

 引き締まった体と、ミニスカートからすらりと伸びた脚は、まるでモデルのようだ。


 しかしクラス全員が引き付けられたのは、その美貌だけではなかった。

 彼女の体を包むのは、学校指定の制服ではなく、革製のボディアーマーに金属製の肩当て。

 腰には剣を収めているらしい鞘まで下げて、まるでファンタジー世界から飛び出してきた様な姫騎士がそこに立っていたのだ。

 ひと昔前のゲームに、出て来そうだな。そんな事を考えていると、転校生の自己紹介が飛び込んで来た。


「君たちからすれば異世界であるライオネル・ランドから、この日本に留学に来た、王都第三騎士団所属のテレサ・オーギュストと申す!」


 見た目はアイドルのように可愛らしいのに、声は応援団のように大きかった。

 しかしこれは一体、どういう事だろう。クラス全員からの突っ込み待ち状態になっている中、担任の先生が言った。


「オーギュストさんは、まだ制服が出来ていないの」


 いや、説明するのは、そこじゃないだろう。

 クラス全員の圧力がこもった視線を無視し、先生は教室を見回して言った。


「え~と、オーギュストさんの席は、この列の一番後ろね」


 俺の隣だ。確かに数日前から、不自然に隣の席が空いていた。

 おいおい、あんな変な女が隣かよ。面倒ごとはゴメンだぜ。そう思っている間にも、カッ、カッとブーツのヒールを響かせながら、転校生……テレサが歩いてくる。

 席まで来たテレサは、隣の席の俺に向かい、澄んだ瑞々しい声で言った。


「この世界には不慣れゆえ、不調法者だが宜しく頼む」


 不意に声をかけられたので、俺はつい、反射的に応えてしまった。


「あ、どーも」


 何気なく返した、その言葉に、テレサの顔つきが険しくなる。


「無礼者! どーも、などという挨拶があるかッ!」


 そう言うとテレサは、腰に下げた鞘から、一振りの剣を引き抜いた。


 そんな彼女に、俺は目を奪われた。

 長い金髪が、剣を高く振りかざす動きに合わせて宙を舞う。その煌びやかな輝きが、彼女の美しさをより引き立てていた。

 

 透明感のある肌、長い睫毛に彩られた、吸い込まれそうな碧い瞳、高く通った鼻の下にある花びらのような唇は固く閉じられ、彼女の強い意志を感じさせた。


 強い意志? 何に対する強い意志だ?

 俺は、そこで重要な事に気が付いた。


 こいつ、俺を斬ろうとしてる!


 軽やかに美しく、そしてしなやかに。

 テレサが戦女神のごとく剣を振り下ろすと、光の一閃がヒョウッと空気を切り裂いた。


「ひぃっ!」


 目の前で机が真っ二つに割れ、俺の心臓は割れんばかりに鼓動を早めた。

 慌てて駆け付けた先生が、引きつった顔でテレサから剣を取り上げる。


「ちょっと、学内に刃物は持ち込み禁止ですよ」


 いや、そういう問題かよと、俺を含むクラス全員が心の中で突っ込む中、テレサは教師に哀願していた。


「それは騎士の魂、魔剣ランホイザー。先生殿、なにとぞお返し下さい」


 魔剣とか言ってるよ。「魔」の字がつく物を、学校に持ってくるなよ。


「ダメです。職員室で預かります。下校時に取りに来なさい」


 下校時に返却するのかよ。それ学校の外でも銃刀法違反じゃねぇの。

 面倒くさい事になりそうだな。


 あの転校生には、関わらない様にしよう。

 そう思い、俺は大きくため息をついた。

 こうして俺と姫騎士との接近遭遇は、最悪の形で幕を開けた。


「ねぇねぇ、新藤くん」


 昼休み、廊下に出た俺の背中に、三人の女子が声をかけてきた。

 かろうじて顔と名前は一致するが、そんなに親しい子たちではない。声をかけられる様な仲ではなかった。


 さっき姫騎士に斬りつけられる災難があったばかりなのに、また何か、面倒ごとかよ。そう思いつつも、俺は平静を装って、女子生徒たちに尋ねた。


「あれ? 俺、今日、何かの当番だったっけ?」

「そうじゃなくて、留学生の事よ」


 そう言うと女子の一人が、開いているドアの隙間から、教室の中のテレサを指さした。

 休み時間には誰もテレサには近づかず、昼休みの今も、彼女は一人でポツンと座っていた。


 普通なら転校生が来れば、休み時間に女子が取り囲んで「どこから来たの?」「家はどこ?」と、根掘り葉掘り聞きだすものだが。


 そんなテレサを見て、俺は呟いた。


「しかし本当に、異世界から留学生が来るとはなぁ」

「新藤くん、知らないの? 滝野川って昔から異世界人の観光名所なんだよ」

「ああ、飛鳥山の桜を見に、向こうの世界から来てたっていう……アレ、ほんとだったのか」


 そう。ここ北区、滝野川は、江戸時代から、異世界に名をとどろかせた観光地だった。

 それにはまず、滝野川の歴史から語らねばならない。

 徳川家の鷹狩場として知られていたこの地に、八代将軍、徳川吉宗によって千本の桜が植樹され、江戸の一大レジャーランドである飛鳥山公園が創られる。


 四季を通じた景物の名所である飛鳥山公園と、豊かな水辺の恵みをもたらす石神井川を擁する北区は、美しい田園都市として『日本のリッチモンド』と呼ばれ、世界にその名を轟かせていた。


 それゆえ幕末には、日本人のみならず外国人も観光に訪れたが、噂は剣と魔法の異世界にまで届き、密かに次元の壁を超えて、そこの人々も観光に訪れていた。


 異世界と長い間、民間交流を続けて来たこの地域、今でいう北区周辺には、いつしか留学生を迎え入れる制度が出来上がっていたのだ。


 とはいえ、この滝野川学園に異世界からの留学生が来た事はなく、俺もクラスメイトから「去年は赤羽、一昨年は田端の高校に来たらしいぜ」と噂に聞いただけだった。

 

 まさか今年、自分のクラスに来るとは、夢にも思わなかったなぁ。

 そんな事を考えていると、女子の一人が俺に言った。


「オーギュストさん、留学して来たばかりなのに、一人ぼっちで可哀そう。新藤くん、話しかけてあげなよ」


 それを聞いて、俺は愕然とした。

 なんでさっき、あいつに斬られそうになった俺が、気を使ってやらなきゃならないんだ。


「そういうのは、女子がやった方が、いいんじゃね?」


 女子たちはテレサの方を見ると、声をひそめて言った。


「あのねぇ。いきなり剣を振り回して、机を真っ二つにする転校生に、話しかける勇気のある女子はいないよ」


 俺は呆れた。だからって、その斬りかかれられた当事者に頼むのかよ。

 女子連中は、妙に上から目線の態度で言葉を続ける。


「オーギュストさんを怒らせた、あんたの態度にも問題があるんだから、男らしく覚悟を決めなさいよ」

「あんた男でしょ。シャキッとしなさいシャキッと」


 出た、女子の謎理論。こういう時にだけ「男らしく」という単語を使う。

 仕方がない。言い争いでは女子には勝てない。

 そう思った俺は「ファイト! 」と言う女生徒たちを背に、教室に戻った。


 さっき先生に注意されたんだ。もう斬り付けてくる事もあるまい。

 自分にそう言い聞かせると、俺は思い切ってテレサに話しかけた。


「オーギュストさん?」


 次の瞬間。目の前のテレサの姿が消えたかと思うと、フッ、と周囲が暗くなった。


 あれ、教室の電気が消えたのかな? 

 一瞬、そう思ったが、それはジャンプしたテレサが、俺の頭上で、日光と照明を遮ったからだった。


 それを理解する前に、俺を飛び越えて、背後に降り立ったテレサは、後ろから左腕を俺の首に巻き付けて、思い切り絞め上げた。


 く、苦しい。息が出来ない。


「乙女の不意をつくとは、貴様、何者だ!」


 気管を絞められ、目を白黒させながら、俺は必死で答えた。


「ゴメン、俺、俺です!」

「君は確か……。ナオト・シンドーだったな」


 テレサはハッ、と我に返った様子で、慌てて手を放した。


「すまん。またやってしまった。考え事をしていたので、つい、いつもの癖で、背後から話しかけられると、防御姿勢を取ってしまった。もちろん、寸止めのつもりだったが……首の太さを測り間違えた」


 お前はゴルゴ13か?


 もうたくさんだ。俺は「さすがに相手にしなくていいだろ?」というメッセージを視線に込め、教室の出口にいる女子たちを見た。

 だが女子たちは「ファイト!」というジェスチャーを、俺に返しただけだった。

 うんざりだが、ここで変な態度を見せると、何をされるかわからない。作り笑いを浮かべると、俺はテレサに向かって言った。


「えーと、オーギュストさん?」

「テレサと呼んでくれて構わないぞ」


 顔を上げたテレサが、わかりやすく落ち込んだ表情をしていたので、俺はギョッとした。


「えーと、何か考え事をしていたの?」


 テレサは肩を落とし、微かなため息をつく。


「自分の愚かさに、嫌気がさしていたのだ。朝、あやうく君を斬る所だった。それなのにまた今、君に危害を加えてしまった」


 あやうく斬る所だった、じゃねぇよ! もし本当に斬ってたら、どうするつもりだったんだよ!

 そう思う俺だが、もちろん口には出さない。テレサはしおらしく言った。


「シンドー殿。本当に申し訳ない。故郷にいた時、よく、ああして後輩に喝を入れていていてな。その癖がつい出てしまった」


 そんなテレサの憂いを湛えた瞳と、少し曇った表情が、彼女の美しさを際立たせている。やっぱりこの子、変だけど可愛いな、と俺は思った。




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