2、真田政宗は両手に花

大学構内に足を踏み入れた瞬間、俺の両脇は完全に塞がれた。


右腕に真美。

左腕に絵麻。


ぴったり密着。

肩と肩が触れ合って、歩くたびに二人の髪や香水の匂いがふわっと鼻をくすぐる。


……いや、これどう見ても――


(完全にデートじゃん……)


しかも両手に花で、テンション高めなラブコメ系。

高校時代のクラスメイトが見たら土下座で土下座を重ねてお願いしてくるやつだ。


いやいや、違う。

違うだろ。

落ち着け真田政宗。

深呼吸だ。


俺たちは今日が今世の『初対面』だ。

戸籍上も、顔見知りとしても、客観的には他人。

せいぜい「前世からの知り合い」くらいの距離感で、こう……、さっぱりサバサバした関係でいくべきなんだ。

――と思っているのに、現実はこれである。


「政宗、こっちこっち!まず教室!時間割ボードがあるの!」


右側からぐいっと強い力がかかる。

真美が当然のように俺の腕を引っ張る。


「政宗くん、わたしはまず学食を見たいな……。だってこういうの最初に見ないと、混む時間とか分からなくなるもん」


今度は左側から、絵麻が俺の袖をぎゅっと掴んで反対方向へ引く。

左右から綱引きされる俺の腕。


「ま、真美……力強いって……」

「え?そう?政宗のことだから、このくらいしとかないと他の女の子にさらわれそうじゃん?」

「いや、その理屈はおかしいだろ……」


お姫様かなにかと勘違いしてない……?


「絵麻こそ、政宗の腕ぎゅーって掴みすぎなの!離して!」

「は、はなさないよ!?政宗くんはわたしと先に学食で!前世でもご飯一緒に食べるの好きだったもん!」

「それ前世の話だから!今世では一番最初に並ぶのは真美って決めてるの!」

「そんなの聞いてないよ!?」

「……二人とも! 腕が取れるから!」


まだ一限も始まってないのにすでに疲れてきた。

俺の肩と肘の関節が、初日から悲鳴を上げている。

そしてなにより新入生たちの視線が痛いほど突き刺さる。


「なにあれ……」

「え、もう彼女二人いるのアレ?」

「両手に花じゃん……?」

「うわ、クラスにいたら絶対モテるやつじゃん。ていうか敵だろ」

「でも女の子のテンションちょっと怖くね?」

「目が笑ってないんだよな……」


……うん、俺も少し怖いよ。

というか、視線の矢が痛い。

物理ダメージ。


「ねぇ政宗?こっちでいいよね?真美の案内にするよね?」


真美が自信満々に胸を張って見上げてくる。

距離が近い。

顔が近い。

肌綺麗だなとか思った俺を誰かぶん殴って欲しい。


「政宗くんは……わたしの案内の方が優しいと思うんだけどなぁ……?迷子にならないように、ちゃんと手つないであげるよ?」

「お前ら、もうちょっと俺の意志を……」


俺がそう突っ込むと、二人は同時にこちらを見た。


「「で、どっち?」」

「だからなんで俺に決定権押しつけるんだよ!?どっち選んでも片方が拗ねる未来しか見えないんだけど!?」


結局、二人が口論しながらもどちらも手を離さないため、三人横並びで強制散策ツアーが開始された。


……なんだろう。

大学デビューのイメージと、だいぶ違う。

高校デビューと、まったく違うなぁ……。


そんなことを思いながら最初に案内されたのは、キャンパスの端にある大きな建物である図書館だった。


「ここが図書館!政宗、絶対来ると思ったから調べておいたんだけど、ここの図書館は夜の9時まで使えるんだって!」


真美が胸を張って指差す。

大きなガラス張りの自動ドア、重厚な外観。

中にはぎっしりと本が詰まったフロアがいくつも続いているらしい。


「自習スペースもあってね、個別ブースもあるんだよ。静かで集中できるって書いてあった。……政宗、絶対ここ好きでしょ?」

「真美、お前……いつの間にそんな下調べを……」


受験の時より調べてないか、それ。


「政宗のためだよ?」


さらっと言うな。

こっちの精神防御力の問題を考えてほしい。


そもそも昨日まで、表面上は『知り合いでもなんでも無かった』状態だったんだぞ俺たち。

前世の話を抜きにすれば、いきなり初対面の女子にそこまで世話を焼かれてるようなもんだ。

心臓が破裂するだろうが。


俺が言葉に詰まっていると、左側の袖がちょんちょんと引っ張られた。


「政宗くん、わたしもいろいろ調べたよ」


振り向くと、絵麻が少し得意げな表情でスマホの画面を見せてくる。


「ここの学食の唐揚げ定食、大人気なんだって。ボリュームすごいんだよ?それに日替わりパスタも美味しそうで……。あと、プリンも有名で、SNSでめっちゃ写真あがってた」

「いや、なんでそんな全員俺基準なんだよ……?」

「政宗くんが好きそうだから……」


絵麻が当然のように言う。

前世の俺の好みを完全に覚えてやがる。

唐揚げ好きなのは否定できない。

プリンに目がないのも否定できない。


「でも真美の方が政宗を喜ばせられるし。図書館とおすすめの自習席エリアまで調べたもん」

「わ、わたしだって喜ばせられるもん!学食の人気メニュー、全部暗記してきたもん!」

「暗記した数でマウント取るなよ……」


また火花を散らす二人。


「あーもう、どっちでもいいから喧嘩しないでくれ……。俺は静かに資料読めて、静かに飯食えたらそれでいいから……」

「静かは無理じゃない?真美いるし」

「わたしもいるし」


2人が同時に自分を指差しながら、なぜか誇らしげに言うのはどうなんだ。

はぁ……もう少し静かな感じでゆっくりしたい……。

でも、これが俺の今世なんだろうなという予感もある。

真美も絵麻も、こんな性格だったかなぁ……?

いや、根っこは変わってないんだけど、前世よりも感情表現がストレートになってる気がする。


転生から20年。

別々の家庭で育っても、性格にはそれぞれの変化があるようだ。

でも、政宗に向く矢印だけは、前世よりさらに極太になってる気がする。

なんで……?


キャンパス中央の噴水近くまで来たところで、真美が急に立ち止まった。

真っ白な石造りの縁。

水面には青空と桜の花びらが映って揺れている。

新入生たちが記念写真を撮っていたり、座ってパンを食べていたり、いかにも『大学生活スタートです!』と言わんばかりの光景だ。


「……ねぇ、絵麻」


真美が、少しだけ真面目な声で話しかける。


「な、なに?」


絵麻も、つられて立ち止まる。

俺の手からも、そっと力が抜けた。


「仲良くしよ?」

「え?」


噴水の水音が静かに響く。

遠くで誰かの笑い声と、カメラのシャッター音。

真美は一見普通の笑顔だけど、どこか目が据わってる。

冗談じゃなく、本気で何かを覚悟した目だ。


「この世界ではさ、お互い正々堂々といこ?」


ぽつりと、真美が続ける。


「……正々堂々?」

「うん。政宗を取り合ってギスギスしてても、つまんないじゃん。ね?」


言ってることだけ聞けば、とてもまっとうだ。

まっとうなんだけど、俺を取り合う前提はしっかり固定なのやめろ。


「…………」


絵麻は下を向いて一瞬黙り込む。

そして、ゆっくり顔を上げた。


「それに、ほら。絵麻、前世で……その……」

「……真美ちゃんに殺された、って話?」


静かな声。

でも、その一言にはちゃんと重量が乗っていた。


「う……。ちょ、ちょっと!そこまで言うつもりじゃ……」

「でも、言いかけたよね?」

「ごめん!」


真美が慌てて両手を合わせる。

本気で悪いと思っている顔だ。

眉尻が下がって、唇を少し噛んでいる。

自分のやらかしが、今世になっても心に残っているのだろう……。

それはそうだ。

人を殺したという事実が、簡単に消えるわけがない。


それに、俺は知っている。

浄化ゲームのあと、真美が地獄みたいな苦しみを味わったことも。

俺なんかよりずっと深い場所で、自分を責め続けていたことも。


だからと言うのも変だが――俺は真美には幸せになって欲しいと思っている。

絵麻にも、千冬にも、他のみんなにも。


「わたしね、恨んでないよ」


ふいに、絵麻が言った。


「え……?」


真美の目が見開かれる。


「前世のあれは、真美ちゃんだけが悪いんじゃない。わたしも悪かったし。みんな追い詰められてたんだもん。……それに、政宗くんが間にいてくれたから、わたし……ちゃんと、真美ちゃんのこと嫌いになれなかった」


絵麻が微笑む。

その横顔は、前世のあの日――あの島ではじめてキスした時と同じだ。


「だから今世では……仲良くしたいなって」


ぽん、と自分の胸に手を当てて、絵麻が言う。

声は少し震えているけれど、それでも前を向いていた。

真美はしばらく黙っていたが、ぽつりと呟いた。


「……絵麻、そういうとこ……ずるい」

「え?」

「可愛いし……優しいし……政宗すぐ惚れるじゃん……」

「ほ、惚れないよ!?惚れないから!!」


反射的に否定しながら、俺の心臓はしっかりドクンと跳ねた。

……正直、惚れないって言い切れる自信は、正直あまりない。


「え? 政宗くん惚れてくれないんですか……?転生したら恋人関係解消ですか……?」


今度は絵麻が潤んだ目でこちらを見る。

そんな顔で見られたら、世界中の男は土下座して求婚すると思う。


「どうせ惚れるよね政宗?」


真美が悪戯っぽく片眉を上げながら追撃してくる。


「ああもう! なんで俺に振るんだよ!!? 何その惚れる前提の話し方!」

「だって政宗だし」

「政宗くんだもん」

「説明になってねぇ!!」


2人が顔を赤くしてわちゃわちゃし始める。

噴水の前で、前世の加害者と被害者が、今世では肩をぶつけ合って笑っている。

その姿を見ながら、俺は胸の奥がじんと熱くなっていた。

前世では絶対に起こり得なかった光景。

憎しみ、恐怖、嫉妬、死。

本当に色々あった。

あの時の俺たちは、誰もが生きることに必死で、誰かの幸福を願う余裕なんてなかった。


その二人が今、大学の噴水の前で言い合って笑ってる。


……これだけで今世に来た意味があった気がする。


あの血溜まりの中で、裸で横たわっていた絵麻の姿が――

ようやく、俺の中で少しだけ解放された気がした。


「政宗、これからどうする?」


真美が俺の顔を覗き込む。


「政宗くん!一緒に学食行こ!さっき話した唐揚げ定食、絶対美味しいよ!」


絵麻も、期待に満ちた瞳で見上げてくる。


「政宗は真美と回るって決めてるの!」

「聞いてないよ!!?」


はい、平和だけど騒がしい地獄が帰ってきました。


「……とりあえず、まずは3人でキャンパス歩こうな。ゆっくり。時間はまだまだあるだろ?」


俺がそう言うと、二人は一瞬きょとんとしたあと、同時に顔を真っ赤にして頷いた。


「そ、そうね……政宗がそう言うなら……」

「うん……3人で歩くの、嬉しい……」


そんな2人の表情を見て、さすがに俺も照れて前を向いて歩き出す。

右腕にはギャルで嫉妬深い重カノ候補。

左腕には天使系で隠れ重い元恋人。


(……大学生活。心臓、本当に持つよな……?)


不安と期待と、少しの幸福感を胸に抱えて。

俺は2人と同じ歩幅で、ゆっくりとキャンパスの中へと足を進めていった。

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