暴食を尽くした侯爵マシュ・マロ
サンドイッチ
暴食の大蛇と呼ばれた侯爵、或いは悪魔と契約した男の話
とある国にある侯爵が治める地
マロ伯爵家三代目当主である男マシュは食べることが大好きでした
それはそれはとても大好きで厨房に当主であるマシュ本人が立って調理するのは勿論自ら外に出て食材を探しに行ったり本来は毒があって食べられない生物の肉を安全にたべられるようにしたり、国が飢饉にならないように野菜を作る畑を豊かにする肥料を開発、畑を荒らされないようにする道具を作るするほどでした
そんなある日、変わり者の商人が屋敷にやってきて、緑の石と金の装飾が美しく施されたナイフとフォークを見せてこう言いました
「この中にいる悪魔と契約を結ぶべばどんな物でも喰べられることができる」と
最初は半信半疑だったマシュでしたがふと考えてしまいます
『悪魔と契約すれば毒も、石も土も………喰えるのか?』と
少し興味を示した彼はそれを商人に問えば「勿論ですとも。これはそういった力を授けるのです。これまで契約した人達も同じことを聞きました」と返ってきました
その言葉にマシュは視線をナイフとフォークに向けました
何故だか不思議と欲しくなり手を伸ばします
その手を商人は抑えてこう妖しげに囁きました
「悪魔との契約をご購入しますか?」と
マシュはその言葉に頷きました
商人は嬉しそうな笑顔でナイフとフォークを差し出しました
「どうぞ。あらゆるものを喰らい尽くす『暴食』の悪魔が宿る器です。ですが、ご注意を。その悪魔は契約者が死を迎う直前になればその肉を喰らう。必ずそうするとされております。生きたまま喰われることになります」
マシュはそれを承知でその器に触れた瞬間目の前が真っ暗になりました
***
「良き良き…いい人間と契約できた」
「食を求める者同士仲良くしような」
「貴様の味が楽しみだ」
***
マシュが目を覚ませば傍にあったのは青い宝石と銀の天秤が掘られたスプーンでした
『ナイフとフォークだけでは駄目ですよね?其方は相手によって姿を変える変わり者の悪魔が宿るものでしてね…貴方に合わせた形ですよ。せいぜい暴食と仲良くしてください』
そう書かれた紙が1枚置いてあった
***
その日からです
マシュ・マロが食を求めて暴飲暴食をしたのは
かつて、食を研究し太っていた体は細くなり
深い森のような色合いの髪と瞳に美しい顔の男へと変貌していました
どれだけお酒を飲んでもお肉を沢山食べても太らないし痩せない
普通の食材に飽き、いつしか彼は石や土、植物や虫だけには飽き足らず人が食べれば死んでしまう物すら口にしていました
それでも生きていました
悪魔との契約はあらゆるものを喰らい尽くす体を手に入れる
マシュにとっては最も求めていたものでした
それ以降彼はその刺激を強欲に求めて、皿を喰らい、グラスを、紙のナプキンも喰らい…
次に手を出したのは人の肉でした
彼の屋敷には誰もマシュ以外の人間はいません
彼が全員食べてしまったのです
屋敷の使用人だけでは飽き足らず彼は領地以外の人間を襲いました
自分の領地の人間を狙わないのは彼なりの優しさでしょうか?
ですがそんな彼も死んでしまいます
切っ掛けはかつての婚約者だった女性でした
不思議なことに何年経っても彼の体は若いまま
それを気味悪がった貴族達はこぞって『悪魔』『大蛇』と呼び恐れました
幼少期からの婚約でしたが当時は白豚のように太っていたマシュと仲良くしていました
やがて、マシュの噂が立つと彼女が喰われることを恐れた家族はその婚約は無くしました
彼女は彼が人喰いをしている噂を聞き、マシュに彼の好物をあの商人を使って送りました
その好物にはあの商人から彼女にもたらせら毒を盛っています
屋敷には誰も寄り付かず蔦が生え広がっています
不思議なことに彼はそんな屋敷の中で料理を口にしていました
虫を混ぜ、永眠が約束されという粉末の混ざったカボチャのポタージュスープに石よりも硬いパン
何かのひき肉が使われた肉包みのミートパイ
誰もいない、寂れた屋敷の食堂
蝋燭の火はゴウゴウと燃えています
彼はあの時の商人がかつての婚約者が自分のために作ってくれたブルーベリーのタルトを嬉々として貰います
香ばし香りのするタルト生地にほんのりと甘い香りのするカスタードクリーム
みずみずしくも青いブルーベリーにかけられたキラキラとする白い粉
彼は早速切り分けまじまじとタルトを眺めます
「彼女にこう伝えてくれ。『美味しい毒をありがたう』と」
「死を承知の上ですか?ソレは『節制』の器の粉末ですよ?貴方とは絶望的に相性が悪い」
マシュはタルトにかけられた粉を見る
「ソレは悪魔にとっての毒なのは承知の上だ。だがそろそろ私もこの世の食に飽きた。石も土も、虫も、毒草も、泥水も、人の肉も、飽きてきた」
「随分とご満足なされたようで…。死後はそんなこと言ってられないじゃないんですか?」
「神すらも食らえるなら本望だ」
商人の言葉にそう返した彼はタルトを口にする
「美味いな。みずみずしいブルーベリーにサクサクとしながらも数多くで少ししっとりとなるタルト生地…最期の晩餐にピッタリだ」
マシュはみずみずしいブルーベリーの香りを楽しみ、カスタードクリームを舌の上で溶かし、タルト生地を咀嚼し飲み込む
その瞬間、彼は血をゴホッと吐く
「歴史に名を残す厄災の器の一つ…実に美味だな。私のナイフとフォークだけでなく…今さらながら、気付いたが…あのスプーンも…どのような味なのか…」
「美徳と大罪。相反する物を二つをも手にした今の貴方は僕がコレまで見てきた『暴食』の契約者の中でも初めてだ。どいつもこいつも彼女に喰われた。君なら彼女を満足させられるかもね」
クスクスと笑う商人
「中々…悪くない人生だった」
「食人したことどうでもよさそうですね…まぁ、そんなところが大罪契約者だしなぁ」
意識が薄れ、床に伏すマシュを見下ろす商人
「きっと、貴方は地獄に墜ちてもその食を貫くんでしょうね?何か言い遺す言葉は?」
「そうだな…せめて、彼女をこの手で…」
喰いたかった
その言葉を最期に彼は事切れた
***
マシュは自身が咀嚼されているのを感じる
『お前はこれまでの奴らの中で一番美味い。誇れ。お前は今日から俺様の眷属だ!』
***
その後、国の騎士達が調査をしにやってきてみれば屋敷は何も無くもぬけの殻でして
ただ一つ
食堂にあった食べかけのブルーベリータルトだけが腐りかけて白い粉がキラキラと光っていました
後にかの商人は厄災をもたらした人物として追われました
「っはぁ~…しばらくはグロリア王国には居られないかな?…僕の結果的にも今回は全然駄目だ…マシュ・マロ侯爵、もっと欲張っても良いのに…。強欲くんはその辺の仕事をしてくなかったね?」
彼女はそう言ってスプーンを見る
スプーンは何も言わない
「次だ次!」
彼女は歩き出す
厄災を持って
「次は誰に渡そうか」
楽しげな鼻歌は空に混じり消えていった
暴食を尽くした侯爵マシュ・マロ サンドイッチ @user-v2vk4425
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