第2話 聖剣の力に呑まれた!

「どこですかー?」

「ここじゃここ!」


 幻聴はミカヤの頭に直接響いている。


「ここじゃ分かりませんってば。そもそも何を探せばいいの?」

「そんなことも知らんと来たのかの。ここは魔王と勇者の決戦の地、そこで武器といえば勇者の聖剣に決まっておるじゃろ。今時の若いもんはよっぽど学がないと見えるの」

「酷い! 誰も寄り付かないところで眠ってるくせに知られるわけないですし、そもそも武器とすら言ってなかったじゃないですか!」

「……そうじゃったかの?」


 ミスを誤魔化すための下手くそな口笛が聞こえてきそうだ。


「とにかく剣ですねっ」


 ざっと見渡しても目に入るのは金貨銀貨や宝飾品ばかり。せっかくの宝の山も今はボタ山に見える。幻聴は所詮幻聴、役に立たない。

 金銀七色の海を掻き分けて剣を探す。

 どうもふざけているとしか思えない幻聴に思考を乱されていたが、改めて考えると時間の猶予はない。ぶり返してきた焦りの中、ようやく剣の柄らしきものを見つけた。

 剣に巻き付いた龍の意匠。地方の土産物屋で売っていそう。もちろん切れ味はない。ミカヤはそれをため息とともに捨てた。


「部屋はいつでも片付けておくようにお母さんに習わなかったの?!」

「魔王手ずからそのようなことはせん! それより早くわらわを見つけるのじゃ! 間に合わなくなっても知らんぞ!」

「そんなに言うならそっちから姿を見せてよ!」


 とは言いつつも手を動かす。自称勇者の聖剣から来てくれることは無いとだけは確信していた。

 次の宝石の山を掻き分けたとき、それはたまたまか、声の主に導かれてか、ついにそれに手を触れた。


「それじゃ! 今おぬしが触れているその剣じゃ!」


 使い込まれて装飾も欠け落ちた剣の柄。財宝の山には似つかわしくない質素なものだが、それが逆に特別な存在であることを物語っている。


「これが聖剣……! なんかボロいですね」

「かようなことを言うなら力を貸さぬぞ? いいのかの?」

「あわわ、ごめんなさい!」


 謝罪の言葉と共にミカヤは恭しく剣を掲げる。


「そうじゃそうじゃ、人間どもはわらわに平伏するのがお似合いじゃ! では力を貸そうぞ」


 自称聖剣が禍々しい紫色の光を帯びたかと思うと、鍔からうねうねが這うように伸び広がり、柄を握る右手を呑み込む。

 鍔の中央、剣身との境に龍のような瞳が見開き、縦長の瞳孔が辺りを見回した。

 たちまちミカヤの全身に力がみなぎる。それこそ力としか形容できないものだった。圧倒的全能感。この世界の全ての暴力が手中に収まっている。


 数年前の多感な時期なら「我が内なる闇の力が今こそ目覚める」とか「鎮まれ、俺の右腕……!」とかやっていたかもしれない。そんなのは子供時代に卒業した。


「鎮まれ、俺の右腕……!」


 卒業していなかった。

 それもそのはず、ミカヤが呪術師を志したのもそんな若気の至りだった。もしそういうノリに飽きていたら、実際に呪術師にまではなってはいなかっただろう。


 剣を一振りすれば斬撃が放たれ、宝物庫の扉を両断した。埃を払うよりたやすく行われる破壊。


「これなら倒せる!」


 ミカヤは喜び勇んで宝物庫を飛び出した。それを待ち構えていたように黒い霧がミカヤにまとわり出す。しかし左手で払うと黒い霧はたちまち霧散した。対抗呪文を唱えるまでもない。


 ダンジョン主の間の中央に仁王立ちする。索敵の呪文で主はこの真下にいることを確認している。どう料理してやろう。みじん切りがいいか、ハムのように削ぐのがいいか。

 その前に顔の一つでも拝んでおこう。

 剣を突き立てれば地面に大穴が開いた。底には黒い霧が溜まっている。

 ためらうことなく霧の中に飛び込み、剣を一振りすれば霧は晴れた。


 そして露わになる敵の姿。

 いくつもの醜悪な山羊の首が肉団子のように塊になっている。見上げるほどの大きさはあれど、所詮大きさだけだ。

 こんなものに苦しめられていたのかと、今のミカヤにとっては落胆にも値するものであった。


「愚かな仔羊よ、我が剣の贄となるがいい」

「あやつは羊じゃのうて山羊じゃな」

「そういう意味じゃないです」


 ミカヤは聖剣を片手で振りかざし、そして無慈悲に振り下ろした。



 深い大穴からも一歩地面を蹴るだけで、空を飛ぶように飛び出した。 

 大穴を振り返ることもなく、倒れた仲間たちに駆け寄る。


「起きてください」

「もう敵はいません」

「眠り姫には目覚めの口づけが必要ですか」


 手近な順にデライア、バラク、ハンナと起こしていく。デライアの防護の呪文のおかげだろう、幸いにも三人とも致命傷には至っていなかった。

 冗談のつもりだったのに、ハンナには満更でもなさそうな顔で唇を差し出された。


 ハンナが順番に治癒の呪文で癒している中、バラクが口を開いた。


「で、ミカヤ、その右腕はどうした」


 聖剣から生えたうねうねはまだミカヤの腕に絡みついている。


「奥の宝物庫で見つけました。変なことを言ってるかもですけど、この剣に呼ばれたんです。それで剣を手にしたら右手が取り込まれて、凄い力がみなぎってきて、ダンジョンの主も一振りで倒せてしまいました」


 剣先で大穴を指し示す。バラクたちは大穴をのぞき込み、両断された山羊の頭たちを確認した。ハンナだけは一瞥すると口を押えてすぐに目をそらしていた。


「つまりミカヤがこの窮地を救ってくれたんだな。ありがとう」


 バラクに続いてデライア、ハンナもお礼を述べる。借り物の力とはいえ、仲間を救ったこと、感謝の言葉を貰ったことをミカヤは誇らしく思った。


「じゃあその剣、もう外していいんじゃないか」

「それが外れなくって……」


 うねうねはミカヤの右手を呑み込むだけでなく、腕に食い込んでいた。


「引っ張ってみても、こう、痛たたたた……」


 左手を鍔に引っかけるように持って引っ張るが、それに合わせて肌をつねるような痛みが走る。


「バラクも確かめてみます?」


 うねうねに包まれた右手をバラクに突き出す。


「え。ヤだ」


 デライアとハンナにも視線を向ける。


「任されない」

「生理的に無理」


 あっさり断られてミカヤの眉尻が下がった。当然の結果である。


「とにかく、持って帰れそうなお宝だけ取って、さっさと帰ろう!」


 バラクたちが宝物庫に向かいミカヤに背を向けたとき、ミカヤの中には沸々と再び力が湧いてきた。暴力を尊べとささやく。

 黒い衝動はそれを抑えつけようとする理性とぶつかり合い、右腕をガタガタと震えさせる。

 しかし長くは持たない。次第に剣は頭上に掲げられていく。


「逃げてーーー!!!!!」


 抑えきれなくなり、叫ぶと同時にバラクの背をめがけて剣を振りぬいていた。

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