第2話 テレビの中の「倫理」
敦のアパートには、薄型テレビが一台ある。派遣切り後の寂しい日々の慰めは、過去の連続ドラマの再放送だった。
その日、彼は久しぶりに『必殺仕事人』の再放送を見ていた。悪辣非道な代官や高利貸しが、地獄の仕事人たちによって闇に葬られる瞬間。三味線が鳴り響き、涼しい顔で悪を始末する元締めの姿。
芹沢敦は、炭酸水が抜けたグラスを握りしめ、テレビ画面を凝視した。
「…これだ」
先日の、岸田上司への報復(架空接待費の内部告発)は成功した。岸田は監査部から追及を受け、体調不良を理由に休職に追い込まれた。敦は、そのニュースをネットで確認したとき、初めて、自分の行動がもたらした**「結果」の重みと、それに伴う「快感」**を理解した。
だが、彼は満足していなかった。岸田は金を失い、名誉を傷つけられたが、生きている。数年後には、別の会社で同じように他人を食い物にするかもしれない。
「仕事人たちは、悪を根絶やしにする。彼らには、警察も奉行も届かない悪を、闇で断ち切る倫理があったんだ」
敦の「悪の道」の哲学に、新たな指針が加わった。それは、**「法が裁かない悪を、個人が裁く」**という、仕事人たちの歪んだ正義感だった。
しかし、敦はITスキルを持つ現代の派遣社員だ。彼が刀や三味線の緒を使うわけにはいかない。彼の得物は、もっと冷たく、もっと現代的なものだ。
芹沢は、自分の復讐のスキルを磨き始めた。
得物の選定: 彼の得物は、デジタルタトゥーと個人情報である。彼は、復讐相手の過去の言動、家族構成、金融情報、そして最も隠したい「恥」を、合法・非合法な手段で収集する。
偽装と匿名化: 彼は、悪魔を召喚するための魔法陣を描くかのように、PC上に複雑なプロキシサーバーと暗号化ツールを構築し、自身の痕跡を完璧に消し去るための環境を整えた。
ターゲットリストの作成: 敦は、岸田の件で彼を裏切った同僚たち、不当な契約解除を行った人事部長、そして過去に彼がパワハラを目撃しながらも見て見ぬふりをした他部署のリーダーなど、**「裁かれざる悪」**のリストを作り始めた。
リストのトップに上がったのは、人事部長の大森だった。大森は、派遣社員をコストとしか見ず、面談の際に敦の履歴書を指先で弾きながら「キミは代替可能だ」と言い放った男だ。
敦は、大森のデジタルタトゥーを深堀りし、彼の過去のメールボックスから、社内倫理に抵触する女性関係のメールと、取引先から高級接待を受けていた証拠を発見した。
「大森殿、あなたは人を使い捨てにした。その報いを、社会的死という形で受けていただきます」
敦は、仕事人が悪人の身体に隠された急所を一刺しするように、最も大森の人生を壊滅させる箇所、つまり、彼が最も大切にしている社会的地位と家庭をターゲットに据えた。
彼は、その機密情報と証拠を、匿名で大森の妻、そして彼の出世を妬む社内のライバル、そして、取引先企業のコンプライアンス窓口へ、静かに、確実に送り届けた。
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