トレジャーボックス

流暗

第1話

 彼は隣人で創作者だった。


 つい二ヶ月前に家族で引っ越してきて、俺と通う高校が同じだって分かってから、よく話すようになった。


 いつでもおふざけアクセル全開ですって感じのハイテンション男子。


 趣味も話も合うヤツで、家に招くまでそう時間はかからなかった。


「お邪魔しまーっす。邪魔すんなら帰ってー。嫌でーす、上がりまーす」

「上がるんかい」

まりが来いうたんやろ」


 彼──たきは、俺と並んで靴を脱ぐ。


 今日も今日とて快調だな。


「にぃに! おかえり!」

「ただいま、ひいな」


 俺の腰くらいの背の女の子が、たたたっと駆け寄ってくる。俺の妹、だ。


 脇をすくって抱えてやると、ひいなはへにゃっと顔をほころばせた。


 うん、かわいい。うちの子、世界一かわいい。


「……毬、鼻の下伸ばすのどうにかせぇ。変態ジジイになってんぞ」

「誰がジジイだ」


 妹に鼻の下なんか、伸ばすわけないだろ。これは、ただの純粋な兄心なんだから。


 反論する俺を無視して、薫はひいなの正面に回りこむ。


「久しぶり、ひいなちゃん。俺のこと覚えとる?」

「誰? このチャラ男」

「ちゃっ……!?」

「ぶっ」


 きょとん顔の天使から放たれた代名詞に、俺は思わず吹き出す。


 さすが『黙ってればイケメン』だ……!

 溢れ出る女たらしオーラは隠しきれないか……!


「薫君だよ。俺のお友達」

「ひいな、知らない。こんな人」

「こんな……」


 興味なさそうに一蹴され、固まる薫。


 ちなみに彼は、昨日も俺の家に遊びに来ている。

 こんな面白……不憫なやり取りを見るのは二回目だ。


「あっせや。俺、ひいなちゃんにプレゼント持ってきててん」

「知らない人からのほどこしは、受け取りません」

「そんな寂しいこと言わんといてや……」


 昨日の今日でも、ひいなは絶好調だな。あの薫が急速にしおれてく。


 子どもが好き、なんだっけ。

 小学三年生のこの態度は効くだろうな。


「ひいなちゃん。なんやと思……」

「うんち」

「ひいなちゃん……」

「元気出せ、薫。初対面の人みんなにこんな感じだから」


 薫は捨てられた子犬みたいな目で俺を見上げ、鞄を漁る。


「じゃーん!」


 バッと引っ張り出したソレは……鉄のボール?

 手のひらサイズのサッカーボールみたいな切頂二十面体の柄。

 薫を見る限り重そうには見えないけど、色からして金属から作られてるのは間違いなさそうだった。


「これな、ここをこうすると……」


 薫が五角形の一つを押しこむと、びゅっと別の五角形が勢いよく飛び出した!

 鉄板はびよよーんとバネにひっついて垂れ下がってる。


 あ、危な……。人に向けちゃいけないやつだ……。


「俺が作ってん。ひいなちゃんにと思って」


 ひいなに……?


 そんな危険なモノ、って思ったけど、薫があまりにも得意げだったから、口をつぐんだ。


 ひいなは目を輝かせてソレに手を伸ばす。


 ブチッ。


 一瞬の間があった。いや、悠久の処理時間だった。


「ひいな!?」

「にぃに、これ、おもしろい!」

「そうやって遊ぶんじゃないからね!?」


 ひいなは手に握った五角形もとい、薫の作品の一片をぶんぶん振り回す。


 きゃっきゃとはしゃぐ姿もかわいいけど、今回は話が別だ。


「これ……徹夜して作ったんやけど……」

「ああぁあ! ごめん、薫! ひいなにはよく言っとくから!」


 今にも空気に溶けていきそうな薫。

 手の中の欠けたボールを見つめて、小さくなっていってる。


 そうだよなそうだよな!

 ひいなのために寝る間も惜しんで作ってくれたのに、それが喜ばれるどころか意気揚々に壊されたらな!

 さすがに残酷すぎ……。


「……俺が甘かったわ」

「へっ?」


 薫はキッと顔を上げる。


 気のせいか……?

 なんか燃えてね……?


「もっと完璧なの作ってくるわ! 覚悟しといてや、ひいなちゃん!」


 靴を履くのもおろそかに、薫は玄関を飛び出していってしまった。


「えっ、ちょ、薫!?」


 ひいなが壊しちゃったから、気でも狂ったか……?


 子どもってときどき、無自覚に残虐だからな。

 しょうがないで済ませてやるべきだけど、今回ばっかりはな……。


「ひいな、物は壊したらダメだっていつも言ってるだろ。しかもアレ、ひいなのために作ってくれたんだぞ」

「ひいなの物なら、どうしようとひいなの勝手だもん」


 ひいなはぷくっと頬を膨らませて拗ねる。


「そういう問題じゃありません。ひいなだってにぃにが、ひいなの作ったお花のティアラ、ぐちゃぐちゃにしたら悲しいだろ?」

「……うん」

「分かったならいいんだ。次、薫お兄ちゃんに会ったら一緒に謝ろうな」

「うん!」

「いい子だ」


 わしゃわしゃと頭をなでると、ひいなはきゃっきゃと笑う。


 部屋で遊んでおいでと送り出し、部品をつまんで見つめる。


 ……さて、どうするかな。


 怒ってる……ようには見えなかったけど、傷ついてるよな。

 最後のも、悟られないようにするための捨て台詞だったりして……。


 いや、考えてても仕方がない。誤りに行こう。


 敷居をまたいで鳴らしたインターホン。


 薫は、出なかった。

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