スペース飯テロ輸送艦 最強宇宙船で本物の食材を狩り尽くし、最高のグルメで銀河をわからせる

空向井くもり

第1話 スペースかつ丼

意識が浮上するのと同時に、鼻腔をついたのは無機質な消毒臭だった。

目を開ければ、視界を覆うのはグレーの金属パネル。

横を見やれば、強化ガラスの向こうに、深淵のような星の海が広がっている。


「……ここ、マッコウクジラの中か?」


寝起きの頭でも、状況は瞬時に理解できた。 見慣れたアパートの天井じゃない。ここはVRゲーム『スター・フロンティア』の世界。

俺が人生の3000時間を捧げ、廃人ランキングの頂点を目指して作り上げた、銀河級の輸送船『マッコウクジラ』の船内だ。


上半身を起こし、両手を握りしめてみる。 指先まで神経が通っている感覚。 違和感はない。むしろ、現実の肉体よりも思考と動作が直結しているようにさえ感じる。


船の構造、操縦法、……何千回と繰り返したゲーム内ではパラメーターを左右するだけだったパークが、そのまま俺自身の技術や知識として体に刻み込まれているようだ。


「総員、状況報告! 各部署のステータスを知らせろ!」


俺は反射的に声を張り上げた。

ブリッジには常時、十数名のNPCクルーが詰めているはずだ。俺が課金と厳選を重ねて集めた、精鋭の部下たちが。


だが、返答はない。


広大な空間に、空調の低い駆動音が虚しく反響するだけだ。


「……おい?」


静かすぎる。 俺はブリッジを飛び出し、回廊を疾走した。

居住区画、機関室、ハンガーベイ。 どこに行っても、人の気配がない。


そして、俺は第三貨物倉庫の前で足を止めた。


本来なら、この前何時間も掛けて採掘した獲得したレアメタル『オリハルコン鉱石』、が山を成しているはずの場所だ。


「は……?」


からっぽだ。サッカーコートがすっぽり収まるぐらいの広大な空間に、塵一つ落ちていない。 あるのは、冷ややかな床材の輝きだけ。


震える指でポッケに納められていたコンソールを叩く。


積載率、0%。 食料備蓄、0%。 資金データ、0クレジット。


「マジかよ......。」


背筋が凍りつく。俺の3000時間の結晶が、電子の藻屑と消えたのか。 だが、腰に手が触れた瞬間、硬質な感触があった。


愛銃『アトラス・ロックブレイカー』。 高精度スキャナ。 インベントリ――つまり、俺自身が身につけている個人装備だけは残っているらしい。


艦のステータスも確認する。


シールド出力、正常。

主砲、装填済み。

超光速ドライブ、スタンバイOK。


「なるほどな。船と俺だけ残して、あとは全部消え失せたってわけか」


転生って事なら理解できないこともない。でも、納得できるかは別だ。

積み荷なし、金なし、クルーなし。 あまりに広すぎる船内が、急に巨大な墳墓のように思えてきた。


「これじゃ転生前とどっちがマシかわかんねーぞ。」


ぐぅ、と腹が鳴った。 ゲームから現実になった以上、しっかり腹も減るようだ。


「……腹が減ってはなんとやら、か」


嘆いていても資源は戻らない。まずは補給だ。


俺は船長室へ向かった。そこにある緊急用備蓄だけが、今の俺に残された唯一のライフラインだ。保管庫を開放する。 ゲーム内では全艦船で中身を共有するご都合個人用インベントリで、消費アイテムが詰まっている。


そこには、見覚えのある銀色のパウチが整然と積まれていた。


合成食テイスティキューブ


ゲーム内の回復アイテム。説明文には「豊富な味のバリエーション」とあるが、NPCの間ではもっぱら「虚無の味」とか揶揄されていた代物だ。


「……これしか選択肢なしかよ」


山の中から、俺は一つのパッケージを手に取った。 『スペースKATSU-DON』。

かつての地球文化圏のデータを参照したという、伝統ある味。

なお地球がどうなっているかは推して知るべしである。少なくともカツ丼屋が無いことは確かだ。


「カツ丼……」


その響きに、喉が鳴る。

サクサクの衣を纏った豚ロース。甘辛い出汁を吸ってクタクタになった玉ねぎ。それらを優しく包み込む半熟卵。そして、熱々の白飯。


もしかしたら、いけるかもしれない。 ここは現実になった世界だ。中身が「本物」に更新されている可能性はある。


「頼むぞ、マジで……!」


祈るような手つきでパウチを破る。

中から滑り落ちてきたのは、定規で測ったような完全な立方体キューブだった。


上半分は茶色と黄色のマーブル模様。下半分は白一色。

一切の有機的な揺らぎがないそれは、どう見てもプラスチックの建材か、巨大な消しゴムにしか見えない。


鼻を近づける。


……香りは完璧だ。醤油と出汁の芳醇な香り。揚げ油特有の香ばしさ。

嗅覚センサーは、これを「極上のカツ丼」だと脳に誤認させてくる。


俺は覚悟を決め、そのブロックにかぶりついた。


「んぐっ……!?」


前歯が沈み込む。

その瞬間、俺の淡い期待は、物理的な不快感と共に粉砕された。


粘土だ。


これは、紛れもなく粘土だ。


肉の繊維がほどける抵抗感も、衣が砕ける軽快な音も、米粒の弾力もない。

あるのは、高密度に圧縮されたペーストが、歯の隙間にまとわりつく不快感だけ。


「……っ、ぐ……」


味は、確かにカツ丼だ。濃厚な出汁の旨味、豚肉の脂の甘み、卵のコク。味の構成要素だけなら完璧と言っていい。だが、食感がすべてを台無しにしている。


咀嚼するたびに、「ぐにゅり」「ねっとり」という湿った音が頭蓋骨に響く。


まるで、カツ丼をミキサーにかけてゼラチンで固め、それを半乾きになるまで放置したものを食わされている気分だ。脳の処理が追いつかない。


味覚は「美味」を伝えているのに、本能が「これは異物だ」と警鐘を鳴らし続ける。

飲み込むのが苦痛だ。喉を通る塊が、食道を無理やり押し広げて落ちていく。


「……不味い」


誰もいない船室で、俺の声だけが虚しく響いた。


なんとか一個を胃袋に収め、空になったパウチを握りつぶす。 満腹感はある。だが、心に穿たれた穴は、からっぽの貨物倉庫と同じように埋まらないままだ。


「……ふざけんなよ」


俺は立ち上がり、足元の床を強く踏み鳴らした。

積み荷も金もどうにでもなる。クルーがいないなら、これから集めればいい。

だが、この食事だけは我慢ならねぇ。


そこで、はたと嫌な予感が脳裏をよぎる。


そういえば、ゲーム時代に「まともな飯」を見た覚えがない。 回復アイテムは全部アイコン表示だったし、酒場のテーブルに並んでいたのも、今のこれと同じような謎のキューブか、色のついたペーストだった気がする。


あれは単に、ゲーム的な容量削減のための「省略」だと思っていた。

だが……もし、この世界に「料理」という概念そのものが存在しなかったらどうする?

豚肉は? 米は? 醤油は? そもそも、食材としての動植物は実在するのか?


背筋が寒くなる。それは全財産ロストなんかより、よっぽど深刻な事態だ。


「食ってやる。意地でもな」


拳を握りしめる。


「この宇宙で「本物の食材」を探し出して、俺はこのマッコウクジラの中で、至高のカツ丼を作ってやる。キッチンがないなら作る。……邪魔する奴は、この船の主砲で消し炭にしてな」


怒っても腹は減るし、泣いても味は変わらない。

なら、笑って美味い飯を食うために動くしかないだろ。


待ってろよ、黄金の出汁。待ってろよ、白米の湯気。

俺の胃袋が満たされるその日まで、このマッコウクジラは止まらない。


「……あー、腹減った」


俺は操縦桿を握る。すべては、至高の一杯のために。



――――――――――――――――――――

改めて起動したらベセスダのはもうちょっとおいしそうだった( ˘ω˘ )

ちゃんと飯テロがお届けできるまで毎日投稿したい(見切り発車)


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