第2話 そんなん、わかるかぁ!

「<ここはすでに 終末の過剰の中

  よって いかなる終末もやってはこない>」


 静かな庭の中に、私の声が響いた。四方の建物に反響して、少しエコーがかかって聞こえた。

 我ながら思うんだけど、女の子にしては、ちょっと声のトーンが低めなんだよなあ。昔っから気にはしているんだけど、こういうのって見た目とかプロポーションとかと違って、意外とどうしようもないところなんだよね。


「<もはやカタストロフィーのしるししか存在せず

  すなわち運命の微は存在しない>」


 場所は、お城の中にある、小さめの中庭のような所。前方の壁の前には土が高く盛ってあり、その前には、アーチェリーの的を小さくしたみたいなものが置かれている。ここは魔法の練習場だそうで、あそこに置いてある的に向かって、練習中の魔法を発射するのだそうだ。


 ……あ、そうだ。


 「あんた、さっきから何を言ってるの?」ってツッコミは、無しの方向で!

  私だって、こんな言葉の意味なんて、わかりはしないんだから。魔法を使う時って、謎の文句を唱えるものなんでしょ? あれよあれ。魔法の訓練だからって、こんなわけのわからない言葉を口に出さなきゃいけない、私の身にもなってほしい。

 まあ、まったく意味がわからない分、いかにもそれっぽい厨二病全開の文章よりは、ましかもしれないけど。


 それはともかく。魔法の詠唱をするのに合わせて、私の目の前には小さな黒い球が形作られていった。それは次第に大きくなっていき、


「……<ダークショット>!」


 詠唱が終わると同時に、前に向けて飛び出していった。そして設置された的にぶつかると球がはじけて、あたり一面が闇で満たされた。

 けどそれは、ほんの一瞬のことだった。周囲にはすぐに光が戻ってくる。闇が収まった後には、闇魔法「ダークショット」によってひびの入った練習用の的が、ほんの少しだけかしいでいるのが見えた。


「ま、こんなもんか。でもあれやな。やっぱ聖女ってのは、闇魔法は駄目なんかなあ。この前に練習した光魔法、ホーリーレイとか言ったっけ、あれならそんなに魔力を込めんでも、的が粉々になってくれてたのに」

「マリー様、ひとこと申させていただきます。あなたは近々、正式に聖女に任じられることになっているのです。そのようなお方が、闇魔法などというよこしまな術を使うのは、できるだけ控えていただいた方が──」

「ああ、かんにんな。でも、魔王っちゅうやつは、この手の魔法を使ってくるんやろ。だったら一度くらいは、それがどんなもんか、見ときたいと思ったんや」


 後ろで控えていた騎士に苦言めいたことを言われた私は、笑いながらこう返した。

 この人たち、西洋風の甲冑を身につけているから「騎士みたいな人」と思ってたんだけど、実は本当に「騎士」らしい。それから、この間突然倒れてしまった枢機卿さん(仮)も、本当にこの世界の枢機卿なんだって。私の勘って、けっこう当たるんだね。こんなのが当たっても、全然うれしくないけど。


「それにしてもやな。何度も言わせてもらってなんなんやけど、その『マリー様』ってのは、どうにかならへんか。うちには神白真奈っていう、ちゃんとした名前があるんやから」

「そうはおっしゃられても、聖女様のお名前はマリー様と、古来より決まっておりますので」


 そう答えながら、騎士がまた苦い顔になった。まあ、マリー呼びにも少しは慣れてきたんだけどね。でも、ときどき無性に突っ込みたくなるんだ。「マリーと真奈って、マしかうてへんやんか!」って。


 ……それはさておき。


 あれから、2週間がたった。


 枢機卿が倒れて大騒ぎになったしばらくあと、騎士たちはようやくのことで、私のことを思い出してくれたらしい。そしてようやく、いろんなことを説明してくれた。

 最初から薄々わかっていたんだけど、やっぱり私がいるのは、元の世界──地球があって日本があってネットやSNSがあった世界──とは別のところらしい。いわゆる、異世界召喚ね。

 そして私を召喚したのは、聖女となって魔王を倒してもらうため、なんだそうだ。これもまあ、なんとなく想像はしていた。枢機卿の人が倒れる寸前に、「魔王」とか「聖女」とか、それっぽいことを言ってたからね。そして魔王との戦いが終わったら、元の世界に帰してくれるのだそうだ。

 ほんとはここで、「戦うなんて嫌。すぐに帰して!」と言いたかったんだけど、それが言えなかった。


 理由は簡単。無言の圧力、ってやつですね。


 口では「お願いします」と言いながら、その隣では完全武装で大きな剣を持った男たちが、めっちゃ怖い顔でにらみつけてくるんだもの。とりあえずは、うなずくしかないでしょう。それに、こうしてここに来てしまった以上、帰すか帰さないかは、たぶん向こう次第なんだろうし。

 ちょっとだけ気が楽になったのは、「戦いが終わったら返してくれる」と言われたことだった。

 「魔王を倒したら」とかではなくて、勝っても負けても、戦いが終われば返してくれるんだそうだ。ここは大事なところだから、何回も確認しました。戦争って、どのくらい続くの? と聞いたら、もちろん絶対ではないけれど、たいていは1年以内に終わることが多い、との回答。一年かあ。一年だけなら、辛抱するしかないかあ。


 それでも、誰かを傷つけたり、もしかしたら殺したりするなんてのは、やっぱり嫌なんだけどね。



 といったわけで、その翌日から、私の聖女としての訓練が始まった。


 最初に行われたのが、私の鑑定だった。

 やっぱり、鑑定なんてものがあるんだね。HPとかMPとかは出ないらしいけど、その人のジョブとスキルがわかるらしい。私のジョブは「魔導師」だそうだ。しかも、すべての属性の魔法を使えるらしくて、鑑定した人が驚いていた。

 魔法には属性というものがあり、それはこの世界では火・風・雷・水・氷・土・闇・光の八つ(これ以外にも生活魔法というものもあるらしい)に分けられている。そしてたいていの人は、そのうちの一つか二つ、多くても四つくらいしか使えないのだそうだ。


 それを聞いた時、私は別の意味で驚いた。え、私って、魔導師なの? 聖女じゃなかったんだ。もしかしてこれ、間違い召喚ってやつ?


 あるよねー、間違い召喚。いや、いわゆる「なろう小説」の中での話だけど。私はあの手の小説、わりと読んでいたんだ。ご都合主義とか、欲望丸出しとか、いろいろと悪口を言われがちで、それはそのとおりだとは思うんだけど、やっぱり読んでいて楽しい。安心する。

 私、ハッピーエンドが大好きなんです。古い映画なんかで、これ作った人はハッピーエンドを憎んでるんじゃないかと思うくらいストーリーをねじ曲げてバッドエンドにするやつがあるけど、あれはなんなんだろうと思う。バッドエンドじゃなくてもいいじゃない。ハッピーエンドだからって、安っぽいわけじゃないと思うよ。

 その点、ああいう小説は安心して読むことができる。シビアなストーリーが欲しければ、その手の小説なり映画なりを選べばいいんだから。


 まあ、なろうにだって、ハッピーエンドじゃないものもあるんだけどね。


 話を戻そう。

 けれど、これ(間違い召喚)に関しては、私の勘違いだった。

 聖女というのはジョブではなくて一種の称号みたいなもので、「魔王を討伐することを固く誓った高位の魔導師」に贈られるもの、なんだそうだ。そんなこと、私は誓ってなんかいないけど、私を召喚した枢機卿が「この子は聖女だ」と宣言したので、そう認められてしまったらしい。

 私が真奈ではなくマリーなんて呼ばれているのも、称号のおまけみたいなもので、歴代の聖女はみな、こう呼ばれるんだって。ヨーロッパのあたりの国王が、○○三世とか十六世なんて呼ばれるみたいなものなのかな。

 でも、こっちのマリーには何世とかはついていない。聖女がみんな同じ名前だと、どこかで困るんじゃない? とも思ったけど、正式な名前は別にあるのだそう。私にも、タイの首都みたいなめちゃくちゃ長い名前がついていて、それで区別するんだとか。

 その長い方には、一部に元の名前(私だと「マナ」)が入っているらしい。それならそっちで呼んでもいいじゃない、とも思ったけど、これは却下されてしまった。聖女といえばマリー、という固定観念があるらしくて。実際、過去には男性の聖女がいたことがあるんだけど、その人も女性名の「マリー」で呼ばれていたんだとか。

 っていうかその前に、男でも「聖女」になるんだね。そっちの方が驚きだよ。


 ちなみに、魔王というのもジョブではなくて称号で、ヒト族の国を滅ぼすことを強く決意した魔族の王が自称する、あるいは他から呼ばれるようになるものなんだって。そんな称号なんてつけずに、勝手にヒト族と戦争始めてくれてれば、召喚なんてされなかったかもしれないのになあ。

 あ、ヒト族というのは、地球で言う「人間」によく似た種族をまとめて指す言葉で、私を召喚したカーペンタリア王国は、ヒト族の中でも大きな国なんだそうだ。この世界には、ヒト族や魔族の他に、獣人なんて種族もあるらしいんだけど、そのあたりはおいおい。っていうか、私も名前を聞いただけで、よくは知らなかったりする。


 ……話を戻そう。


 鑑定が終わると、次にやらされたのは魔法の訓練だった。


 意外なことに、これはあんまり苦労しなかった。先生役の女魔導師の人が拍子抜けしたくらい、簡単に魔法を使うことができた。さっきも言ったとおり、魔法には八つの属性があるんだけど、その八属性の全部を、初級レベルの魔法とは言え、すぐに使えたんだ。

 どちらかというと、授業の内容よりも、先生の体型の方に目が行ってしまっていた。具体的に言うと、バストのあたりね。魔法使いってスレンダーなイメージがあったんだけど、この世界では違うのかな。授業の間、私は話半分で、先生と自分の胸を交互に見ていたりした。

 さっき、プロポーションはなんとかなる、と言ったな。あれは嘘だ。


 ……時を、じゃなかった話を戻そう。


 ちょっと大変だったのは、魔法の詠唱をすることだった。なにしろ、言っている言葉の意味がわからない。そして意味がわからないと、覚えるのが大変なのだ。厨二病じゃなくて助かったと言ったけど、その点では、


「終焉より生まれし虚無なる剣よ、いま眼前の理を越え、我が敵を貫け」


とかの方がましだったかもしれない。少なくとも覚えやすいし、なんとか意味もわかるから。

 詠唱なんてそんなに長くもないんだから、覚えるのはわけないって? でも、文章が暗記できても、今度はそれが何の魔法なのかがわからなくなっちゃうんだよね。ちなみに、次の詠唱はいったい何の魔法なのか、考えてみてください。


「<あらゆるエントロピーへ向かう指数的傾向

  そこに生ずるインフレーション、加速度、そして運動性

  そこに生ずるめくるめく渦、意味、そして情報の過剰

  それらのすべてを統合せよ>」


 答は、火魔法の「ファイアーランス」でした。


 ……。

 …………。

 ………………。


 そんなん、わかるかぁ!



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