聖騎士、ですか?

赤川ココ

第1話

 人の住むことができる地には、必ず聖女か聖者が生まれる。

 そして、かの方が寿命でこの世を去る数年前に、国の何処かで新たに彼らは生まれ出で、大地を安寧に導く。

 この地でも例外ではなく、今の世は聖女を王都に迎え数十年経ったところで、そろそろ代替わりが行われることになっていた。

 次代も、聖女であるという話は、既に王都にも知らされていて、今回はその幼い聖女の故郷へ、聖騎士たちを派遣し、迎えに行くことになった。

 十代から二十代の若い聖騎士たちは、寂れた教会を訪れ、聖女を迎えに来た旨を伝える。

 出迎えた神官は三十代半ばの、色白の男だった。

 神々しい制服に身を包んだ騎士たちを見回し、神官は首を傾げる。

「失礼ですが……王命を記した書面は、お持ちでしょうか?」

「は?」

「……我々の容姿が、その証拠という事では、いけませんか?」

 思わず若い聖騎士が、鋭い聞き返しをしてしまったが、それを遮るように二十代の聖騎士が、笑顔でやんわりと首を傾げて見せた。

 が、神官は首を振る。

「全く、証拠にはなりません。ご存じの通り、この辺りは賊が横行しております。見目のいい者を使って入り込む輩も、居りますゆえ」

「なっ」

 あんまりな言い分に、空気が固まったが、それに構わず神官は続けた。

「王室への届の時に、聖女の年齢と性格を考慮した厳選を、お願いしたはずなのですが……」

 目を細め、神官は聖騎士たちを一人一人見つめる。

「見たところ、男性でございますよね? 王都には、女性の聖騎士も、多数おられると聞いておりますが、一人も来ておられないというのは、どういう事でしょうか?」

「そ、それはっ。この辺りが物騒だから……」

 言いかけた騎士が、思い当たって小さく笑った。

「まさか、聖女によからぬ事をすることを、疑ってるのですか? 清貧の女性を、そのような目で見ることは、ありません。過剰に心配しすぎです」

「そうですか?」

「そうですよ」

 神官の疑いを笑い飛ばすため、騎士たちは思い思いに笑いながら、口々に言った。

「だって、まだ幼い小娘なんでしょう?」

「そうそう、しかも代々、聖女に選ばれるのは、地味な娘だ。我々の食指に引っかかりませんよ」

「本当に、過剰な心配は、無用ですよ」

 笑う騎士たちをしばらく見つめていた神官は、その笑いが収まった頃を見計らい、尋ねた。

「私の勉強不足で、申し訳ありませんが……」

 やんわりと首を傾げた男は、静かに問いかけた。

「もしや、せいきし、とは、性欲まみれの騎士、を略した言葉なのですか?」

「……は?」

 再び、場が凍った。


「そもそも、大地を癒す役割の方の美醜を賢しらに評価する時点で、聖なる騎士ではございません」

 しかも、聖女を食指云々の話に持ち出す時点で、もはや信用に欠けると神官は言い切った。

「……黙って聞いていれば……そんな、偉そうなことを言っていられるのは、今のうちだぞっ?」

 やんわりとした雰囲気を投げ捨てた聖騎士に、神官ははっきりと言い切った。

「つい先ほど、王都より派遣された方々が、正式に入られております」

「は?」

「次代聖女様の御自宅にて面会し、既に戻ってきておりますが?」

 焦った面々を見回しながら、神官はあくまでもやんわりと続ける。

「面談の結果、現聖女様が存命の間は、御自宅にて暮らし、週に一度、教会に通いながら、聖女としてのしきたりを教えることに決まりました」

「はっ。何を悠長なことをっ。小娘の我儘ばかりを優先して、国を亡ぼす気か?」

「当然の配慮でございます。次代聖女様は、御年三歳。王都までの長旅に、耐えられるはずがないでしょう?」

 今度こそ、聖騎士を名乗る面々の思考が停止したらしい。

 漸く、黙り込んだ。


 間に合って、本当に良かったと呟く神官と、それに無言で頷いた王都より正式に派遣されてきた聖騎士の一人が、懐かしい故郷の地に戻ってきたのは、次代聖女が生まれたと知らされた、二年後だった。

 当時の聖女も健在で、今のところはご両親と共に幸せに暮らしていれば、この地を中心に大地は潤っていくと知っているから、神官をはじめとした教会の者も、余り干渉しないように距離を取って見守っていたのだが、それが前の人生では後悔しか残さない事態に発展した。

 まず、派遣されてきた聖騎士たちは、興味本位で志願した若い男ばかりだった。

 物々しく煌びやかな制服に惑わされ、教会の者たちは疑うことなく、次代聖女の生家を教えてしまったのだ。

 半日も経たず教会に伝えられた悲劇が、村だけではなく国中を震撼させた。

 聖女を含む一家が惨殺された上、近所の十五になった少女がかどわかされた。

 その知らせを王都へと伝えた時、聖騎士を名乗った面々が連れていたのが、そのかどわかされた少女で、聖女の年齢を知らされていた王宮と教会は、首をひねっていたところだった。

 派遣された聖騎士の責任者は、詰問されて悪びれもなく宣った。

「聖女のご自宅の訪問しましたら、まだ小さな女児と、年かさの男女しかおりませんでした。どうやら、娘を引き渡すのが惜しかったようで。丁度、聖女様が顔を出しましたので、家族を王命に逆らった者への見せしめにしたうえで、お連れした次第です」

 国王陛下をはじめ、教会関係者もこの言い分には激怒した。

 特に、まだ健在だった当時の聖女は怒髪天を抜いていた。

 この聖女も、王都に向かう道すがら、聖騎士とは名ばかりの連中の、邪な目と揶揄いに耐えて来ていた。

 勿論、王都についてから王室に訴え出て、彼らの処分をしてもらったが、どうやら、一部の若い聖騎士の間には、処分された者たちの言い分が正しいと、伝わっているらしい。

「代々の聖女は、かなり美とかけ離れた容姿をしているのに、男に目がない。だから、道中でその醜さを教え込まなければならないと、伝わっております故」

 などと当然のごとく言い訳していたから、確かだった。

 聖女の代わりに連れ去られてきた少女は、長い道中で人格否定され続けた結果、村に戻る道すがら、命を絶った。

 婚姻話が進んでいた矢先の悲劇で、初めの対処を間違った教会は、その怒りの矛先を受ける事態だったが、そんな場合でもなくなった。

 聖女が突然体調を崩し、儚くなってしまったのだ。

「……この国は、大地に見捨てられました。いずこかの他国へ、亡命してください」

 そこから、大地が穢れるのは早かった。

 さほど大きくはなかった国だったが、それでも、何人かは逃げ遅れ、その穢れを纏ってしまい、亡命先の国で早くに命を散らしてしまった。

 神官や真っ当な聖騎士たちは、国民と王族たちを誘導しつつも後まで残り、逃げ遅れた者たちと共に亡命した。

 亡命先の国でも、大地を癒す者が代々生まれ、今も存在している。

 聖者、聖女をないがしろにした結果、どうなってしまうのかの見本ができたことで、この広い大地に住む人々は、より深く彼らを大切にするようになった。

 神官は、悲劇の生き証人として語り継ぐことが、使命となっていたある日、不思議な夢を見た。

 白い大兎を名乗る、小柄な白髪の男だった。

 何処が兎?

 と不思議に思う神官に、男は故国の話をするよう促した。

 いつも教会で話す語り草を、滔々と話し出したのだが、途中、突然言葉が遮られた。

「? 待て? 次代の聖女は、年頃の娘じゃなかったのか?」

「違います。三歳の娘を、年頃というお国柄ですか?」

「そんなわけあるか。じゃあ、あの地の連中が言い伝えていた話は、でたらめという事か?」

 あの地の連中?

 怪訝な顔になった神官に、兎を名乗った男は咳払いした。

「この地の国々は、あの地に、犯罪者を追放しているな?」

「は、はい……」

 神官は首をすくめて頷いた。

 その通りだ。

 最近まで、どの国々も極刑が死刑だったが、今はそれをせずとも、実質死刑にできる場所があると、重罪の者をかの地に追放していた。

「その中に、件の聖騎士共もいたんだよな?」

「その通りです……」

 亡命した頃には、かの地には人は住めなくなり、代わりに澱みに堪えられる獣が横行し始めていた。

 そこに追放された犯罪者たちは、跡形もなくいなくなっているはずだと、そう思っていた。

「生きてたぞ」

 男に言われるまでは。

「は?」

 言葉を失くした神官に、兎を名乗る男は淡々と話し出した。

 その聖騎士だった者たちを中心に、不毛の大地と化したそこで、王家を名乗り、家族を作って、ついでに少しでも環境を改善しようとして、よその世界から、赤子を連れ去って贄にしていたが、最近滅びた、と。

「は?」

「ここまでは、事後報告だ。犯罪者だけが残っているのなら、構わないな?」

「な、何のことでしょうか?」

 話に追いつけていない神官に、男はきっぱりと言い切った。

「あの地、沈めるぞ」

 そこで、目が覚めてしまった。


 翌日の朝方、故郷の地が無くなったという報が、国々に伝えられた。

 本当だったのかと、諦観が混じる溜息をついたのは、既に土地すら存在しない地を故国としていた者たちだ。

 当時の事情を知るだろう神官には、詳しく話を聞いたようだが、地を沈める宣言は、全員が夢でされたらしい。

 諦観と共に、矢張り後悔が心を蝕む。

 初めの間違いが、取り返しのつかない事態になった上に、知らぬうちに全く知らない場所の赤子が、犠牲になっていたという事実。

 あの時に戻れるならば、絶対に間違わないのに。


 これが夢なのか、現実なのかは分からない。

 この二十年ほどで、徐々に体に回ってきたよどみが体力を奪い、齢五十で体が動かなくなってしまった。

 そんな中で、若いこの時に舞い戻れるのは、今わの際に見る夢だろうとしか考えられなかったが、これはチャンスだと思った。

 自分よりも年若い聖騎士たちに、後れを取る謂れはない。

 戻った時点で日付を確認し、早急に王都に知らせと共に嘆願書も送る。

 夢だからなのか、王宮はその嘆願に答えてくれ、件の聖騎士が来るよりも前に、真っ当な騎士を数名送り込んでくれた。

 そして現在、先程偉そうに様々な言葉で聖女を貶めていた騎士たちは、拘束されている。

「我々も、王都まで付き添っていいですか?」

 冷ややかに彼らを見下ろしながら、騎士に問いかけているのは、この日かどわかされた少女と、添うはずだった少年だ。

「勿論だ。君には、その権利はあるだろう」

「ええ。……完全に、その高慢な性格を、へし折ってきます」

 ……本当に、夢だろうか?

 ちょっとだけ、不審が芽生えた。

「鞭でも持ってくか?」

「そうね。……聖なる方ならば、それに耐えてこそ、なんですものね?」

 優しく見やる少年の、物騒な物言いに頷くのは、当の少女だった。

 ? まさか、夢、じゃない?


 



 

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