わが娘は……

赤川ココ

第1話

 国王陛下の子が、新たに見つかった。

 しかも、陛下の能力を引き継いだ、将来有望な男児だ。

 意気揚々と男児の母の実家、とある伯爵家に使いを送ったのだが、使いは既に娘は病で亡くなった旨の言伝を持って、戻ってきてしまった。

 だが、国王陛下はその言伝に疑問を持つ。

 この伯爵家の一人娘の令嬢は元々、王妃候補の一人だったほど、魔力の量も甚大で、勢力争いに勝った公爵令嬢を娶る羽目にならなければ、彼女を選んでいたくらいには、陛下の心をつかんでいた女性だった。

 そして、公爵令嬢との婚姻後も彼女の事を諦めきれず、伯爵家の周辺に監視の目を置いていたのだ。

 子を産み、養っているという報告も、耳に入っていた。

 伯爵が、娘を譲る気がないと言う、明確な意思を察し、陛下は自ら動くことにした。

 中立の立場を維持する伯爵家の領地は、良くも悪くもなく、平穏な場所だ。

 そこに国王陛下率いる軍隊が、ぞろぞろと足を踏み入れ、先触れもなく伯爵の屋敷へと訪問した。

 娘を隠す暇を与えないためだったが、伯爵本人は冷静に陛下を迎え入れた。

「わざわざのご訪問、痛み入りますが……言伝は、入れ違いになりましたでしょうか? 確かに娘は、貴方の御子を産み落としましたが、その後、意識が戻らず、亡くなってしまいました」

 恐縮しながらもはっきり言われ、国王は信じられず怒鳴ってしまった。

「嘘を申すでないっ。報告は上がっているのだぞ。月を満たして子を産み、今は育んでいるとっ」

 伯爵は顔を上げ、目を細めた。


「何処からの報告なのかは、存じませんが……」

 やんわりと返され、国王は我に返った。

 監視しているというのは個人としての命であり、国としては度が過ぎていると自覚していたからだ。

 気まずげに目を逸らす国王に、伯爵はやんわりと申し出た。

「魔術師でもあらせられる陛下ならば、お分かりかと思うのですが、娘の魔力を探してみてはいかがでしょうか? 既にあの子は、この世を去って長い。感じぬはずでございます」

「……」

「多少は感じるかもしれませんが、それは、娘の眠っている墓所が、裏庭にあるからでございましょう。よろしければ、ご案内いたしますが?」

 すがる思いでその提案に乗り、国王はその墓の前に立った。

 僅かに、そこから魔力の欠片が感じられ、膝から崩れ落ちてしまった。


 伯爵は、墓の前で膝をつき嗚咽を漏らす、この国の最高権力者を、ついつい冷ややかに見下ろしていた。

 本当に、高慢な方だ。

 魔力の有無でしか人を図れず、娘をないがしろにして捨てた挙句、子を産んで育てていると知るや、子供の情を逆手に取り、無理やり娘を城へと向かい入れた。

 それで幸せになったのならば、こんな後悔はしなかった。

 幼い頃以来、思い出しもしなかった獣神に、恨み言とともに祈りをささげるなど、しなかった。


 前の人生では、平民となって子を養っていた娘は、城で改めて魔力鑑定をし、魔力がないことを指摘された。

 元伯爵令嬢を偽り、城に入り込んだと断じられてしまったのだ。

 子を産み落とした時に、魔力を失くしたと説明しても、誰も聞き入れてはくれず、そのまま処刑されたと聞き、伯爵は盛大に後悔した。

 娘を伯爵家から出したのは、娘の身の安全のためだ。

 王妃候補という肩書だけなのに、既に体の関係を強要されていた娘が、これ以上あのクズ国王に振り回されないよう、逃がしたつもりだった。

 秘かに生活の助けをしつつも見守り、ようやく、人並みの幸せを掴みかけていた娘に、祝いを伝えた矢先の悲劇だった。

 妻と共に憤慨し、悲しみ、恨んだ。

 領地を返上し、夫婦で山奥で生活を始めたが、数年で衰え、二人は前後して世を去った。

 と思ったら、時を遡って蘇っていた。

 時期は、娘の出産の瞬間だった。

 もう少し前ならば、あのクズの妻候補など辞退していたものをと、夫婦二人で苦い気持ちになったものだったが、今からでも、本当に最悪な事態を回避しなければと、頭をひねった。

 娘が、魔力を失った原因は、魔術師として特記していた国王陛下の子を孕み、産み落としたことなのは、

明白だ。

「……ですが、今持っていた魔力を奪われたというだけです。お嬢様は、新たに魔力を作り出せるはずです」

 伯爵家の主治医が、きっぱりと言ってくれた。

 国王の子は、その幼さゆえにまだ、加減が分からない。

 このまま娘が子を養うのならば、新たに作った魔力も、子供に取られてしまうだろう。

「逆に言えば、魔力がなければ、搾り取られることも、ありません」

 その見立てを聞き、伯爵家は家人全てを集めて話し合った。

 子を養うと言ったのは、娘本人だ。

「新たに魔力を作るという事は、別物の魔力になるってことですよね? ならば、あの人にとっても、別人です」


 そう、娘は今、自分の子を抱いて、伯爵の後ろに控えている。

 侍女の姿で。

 初めは貧血が酷かったが、魔力を奪われるのに慣れてしまったせいで、今では平然と控えることができている。

 女は強い。

 王妃となった、元公爵令嬢も、そうだ。

 後継ぎ候補を連れて帰るはずの夫が、手ぶらで戻ったのを見て、色々と察したようだ。

「国王陛下は、そろそろ病で倒れる予定ですので、それまでご辛抱を」

 王妃からの秘かな言伝が、後日届いた。

 そして更に後日……病を飛び越し、国王陛下崩御の報が、国全体に伝えられた。

 女は、怖いな。

 

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