ザ・プロヴィデンスの男Xについて

Lutharia

「悪い日」

 かつ、かつ、かつ、かつ。ペンが鳴る。

 ゲルインキボールペンを机に叩きつけながら、あることを考えるのだ。私は忙しい。毎日死にそうだ。人類のために労働する身として、さぼるような真似は許されないのだが。

 目の前の八十二億のモニターを眺めながらする書類仕事はなかなか楽しいものだ。

 杞憂でもないのがある。なんちゃら大統領も、なんちゃら主席も、なんちゃら連合もアジアもアフリカもユーラシアもインドもうにゃうにゃスタンもうにゃうにゃネシアも南米も北米も南極も北極もみんなバカだ。だから最近は忙しい。


 しかも、あいつらは自分で勝手に陰謀論を作り出す。だから私はそれの矛盾ができるだけ起きないように、辻褄合わせをしなきゃならない。天動説を実現するためにどれだけ試行錯誤したか。宇宙全体を書き換える羽目になることはちらほらある。


「手を貸すなんて言わなきゃよかったよ。先史時代のが楽だったんじゃない?」

「新しい思想も決めなきゃならんのよな〜…」

「“人間は全員仮想の存在説”とか面白そうじゃない?来年のトレンドだなこりゃ。なあ、クロン。」


にゃあ。              それは適当過ぎるよね。ネタ切れ?真面目に考えて。こんなんじゃ猫だましにもならない。


 そうそう、クロンというのは私の猫であり───灰色の毛並みを持つ、美しいマンチカンだ。かわいいね。また、唯一私と対等な立場の生命でもある。


「さすがだ。」


 さすがは、人類の大半を使役する生物としての身分は甚だしいものだ。軽んじることはならない。

 ※説明しておくが、猫は、生物としての進化を可愛い方向へ全振りした結果、可愛いという一点で宇宙的上位存在に昇格した生命体であり、重力、電磁気力、可愛力きゃわりょく、強い力、弱い力という五つの基本相互作用のうちの一角を完全に支配してしまった。これは私でも説明がつかない。量子的観測は常に猫の味方であり、人類が猫に餌をやるのは自発的従属である。

 ただし、私はそうとはいかない。

 私が餌をやり、猫に癒されるのは対等だと思い込んでいる。───ところで。


「あ、そうだ。人口減らそ。」


 増えすぎた。モニターが天井かつかつで、部屋に収まりきらなくなってきた。そろそろ減らしどきだ───髪も伸びてきたから、散髪に行かなきゃいけない。


「あれは流行らしたし、これも何発か起こしたでしょ?」

にゃ。       でも戦争系とか金融危機は勘弁。調整がむずい。

「ネタ切れ〜。」


 イヤホンをずっと繋いで八十二億人の声を全部理解して、すべてのSNSを監視して、たまに5G有害電波を流して、報道を書き換えて、教科書に嘘を混ぜて、…


「は〜〜〜本当にイライラするな。レッドブルじゃ足りんよ。」



 そんなとき、ふと電話が一通。珍しい。だいたい十年に一回レベルの出来事であった。

 私はすぐにそれを取った。面倒事と知らなければ、週末は幸せ、クリスマスは笑って過ごせただろうに───



「は!?レプティリアンヒト型爬虫類がバレた!!????」

「レプティリアンが独立運動をしてる!??!??」

「レプティリアン系クリエイターがTikTokに動画を上げてバズった!????は!??!??」



 もうだめかもしれない。私は頭を抱えた。


「なんでレムリアの隠蔽をまたしなきゃならんって言うんだよ〜~………」

「うにゃヴィング朝、うにゃチャイルド家、うにゃうにゃ王室、うんちゃら家、おんだら家はレプティリアンの一族ってか??知ってるよ!!!そのコード書いたの俺だもん!!」


 ため息をつきながら急いで隠蔽工作を行う。

 だが、なぜか世界は動かない。思ったとおりに。心なしか、今日は耳から入ってくる情報が少ないような────


「あ、あれ?っていうか…」

「なんでモニターが全部止まってるの???」


 ドシャン!部屋のドアが開く。


「たっ、大変です!X総裁!!」

「すべての陰謀論が、一般アクセス可能になりました!!!どういったおつもりでしょうか!!!!」


 太った男。金正世…どこかの国の専政王の本当の父だ。私の唯一の側近だが、私やクロンよりずっと下級だ。


「黙れ!!分かってる!!!」

「は、はひいっ!!!」

「とにかく、現状整理に努めろ!!全国家支部にも通達だ!!!」



 この日、ディープステートは、完全に力を失った。

 誰も彼も、世界を統御できなくなったのだ──────

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