第7話「囚われのディーヴァ」

 宰相と暁光団の繋がりを示す決定的な証拠を発見した日の翌日、ミカエルの屋敷に、一本の電話がかかってきた。それは、フィンがいつも使っている暗号化された回線ではなく、ごく普通の一般回線からだった。


『……リオンか?』

 電話の向こうから聞こえてきたのは、フィンの声だった。しかし、その声はひどく苦しそうで、背後では微かな雑音が聞こえる。

『助けてくれ……。奴らに、バレた。今、第7地区の廃工場に……ぐっ!』

 そこで、フィンとの通信は、一方的に途絶えた。


「フィン!? フィン、どうしたんだ!」

 リオンが何度呼びかけても、応答はない。血の気が、さっと引いていく。フィンが、捕まった? 自分たちの動きが、敵に筒抜けだったというのか?


「落ち着け、リオン。これは罠だ」

 隣で一部始終を聞いていたミカエルが、静かに、しかし力強い声で言った。彼の顔は、怒りで蒼白になっている。

「フィンは、こんな迂闊な連絡をしてくる男じゃない。敵が、フィンの身柄を使って、君を誘い出そうとしているんだ」


 罠。そう言われても、リオンの心は激しく乱れた。親友が危険に晒されているかもしれない。それが罠だと分かっていても、じっとしていることなどできなかった。

「でも、もし、本当だったら……? 僕のせいで、フィンが……!」

「だからこそ、冷静になるんだ。私に考えがある」


 ミカエルはそう言うと、すぐに部下たちに連絡を取り、極秘裏に部隊を編成し始めた。だが、リオンの心の中では、焦りと罪悪感が渦巻いていた。

 もし、自分のせいでフィンに何かあったら、一生後悔する。


 ミカエルが作戦の準備で書斎にこもっている間、リオンは一人、居間で震えていた。その時、ふと、机の上に置いてあった一枚のメモが目に留まった。それは、数日前にフィンが訪ねてきた時に残していった、走り書きのメモだった。そこには、調査の進捗と共に、走り書きでこう書かれていた。


『もしもの時は、あの星に誓った約束を思い出せ』


 あの星に誓った約束。

 それは、リオンとフィンが、まだ士官学校の学生だった頃の、二人だけの思い出だった。帝都の夜景が見える丘の上で、お互いの夢を語り合い、「いつか、この国を良くするために、二人で力を合わせよう」と、一番星に誓ったのだ。

 あの丘の座標。そして、約束の言葉。

 まさか……。


 リオンはハッとして、自分の端末を操作した。

 約束の言葉をパスワードとして入力し、丘の座標をキーにして、ある暗号システムを起動する。それは、リオンが個人的に開発した、緊急用のメッセージ送信システムだった。


(ミカエルさん、ごめんなさい……!)


 リオンは心の中で謝罪すると、一つの短い暗号メッセージを、ミカエルにだけ届くように設定して送信した。

『星は北。偽りの声に惑わされるな。信じて待っている』


 そして、リオンはミカエルの制止を振り切る覚悟で、一人、屋敷を抜け出した。フィンの身の安全を、この目で確かめなければならない。たとえ、それが罠だとしても。

 彼が指定された第7地区の廃工場へ向かったのは、無謀な行動だったかもしれない。だが、それは、友を思う、彼の精一杯の誠意だった。


 廃工場にたどり着いたリオンを待っていたのは、やはり罠だった。フィンはおらず、代わりに、暁光団の構成員たちが、彼を取り囲んだ。

「ようこそ、我らが歌姫(ディーヴァ)。君のことは、宰相閣下からよく聞いている」

 フードを目深に被った男が、嘲るように言った。抵抗する間もなく、リオンは捕らえられ、意識を失った。


 一方、ミカエルは、屋敷からリオンの気配が消えたことに、すぐに気づいた。

 机の上に残されたフィンのメモと、パソコンの履歴。そして、自分だけに届いた、謎の暗号メッセージ。


『星は北。偽りの声に惑わされるな。信じて待っている』


「……この馬鹿者が……!」

 ミカエルは怒りで我を忘れ、拳で壁を殴りつけた。一人で行くなと、あれほど言ったのに。自分を信じて待っていればいいものを。

 しかし、その怒りは、すぐに冷静な思考へと変わっていった。

 怒りで暴走しても、リオンは救えない。今は、彼が残してくれたメッセージを解読することが、最優先だ。


『星は北』。

 リオンとの会話を思い返す。以前、屋敷のテラスで星空を眺めていた時、彼が「僕の故郷は、この帝都の真北にあるんです」と、嬉しそうに話していた。


『偽りの声に惑わされるな』。

 これは、先ほどのフィンからの電話が、偽物だという確信の伝言だろう。


『信じて待っている』。

 これは、ミカエルが必ず助けに来ると、彼が信じているという、メッセージ。


 そして、メッセージ全体が、ある座標を示していることに、ミカエルは気づいた。それは、二人にしか分からない、思い出の言葉をキーにした、高度な暗号だった。初めて、ミカエルの屋敷で二人きりで食事をした日。その時に交わした、他愛のない会話。その言葉が、暗号の鍵になっていた。


「……見つけたぞ、リオン」


 暗号が示したのは、帝都の北、かつて先代皇帝が所有していた、今は廃墟となっている古い離宮の場所だった。そこが、暁光団のアジトに違いない。

 ミカエルは、怒りの炎を、冷静な闘志へと変えた。


「作戦を変更する。全部隊、第一級戦闘配備。目標は、旧北部離宮」

 集めた信頼できる部下たちに、彼は短く、しかし力強く命じた。

「我らが至宝を、不届きな輩から奪い返す。一人の犠牲者も出すな。だが、敵には一切の情けをかけるな」


 その青い瞳は、獲物を狩る獣のように、鋭く、そして冷たい光を放っていた。

 愛する番を救出するため、一人のアルファの、決死の反撃が、今、始まろうとしていた。

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