ネオン町三丁目の笑うアンドロイド

みぞじーβ

第1話 笑うアンドロイド

雨の裏通りを、壊れかけたネオンが照らしていた。

光の文字は“ようこそ”と読めなくもない。だが三文字目のLEDが死んでいて、実際には「ようこ」しか残っていなかった。

まるで途中で歓迎する気をなくしたみたいだ、とカズオは思う。

カズオは中古AIの修理屋をしている。正確には「しているつもり」だ。

依頼のほとんどは、壊れた家事ロボットか、感情回路がバグった介護アンドロイド。

まともに動くように直しても、依頼主から返ってくるのは決まって一言——


「笑い方が気持ち悪いんです。」


だからカズオは、今日も“笑うしかないAI”を片付けている。

その日の客は、かつて妻だった。サチコ。

今はAI保険会社に勤めていて、ピカピカの制服と冷たい目を持っている。


「これ、会社で廃棄になる予定だったの。もったいないでしょ?」


そう言って差し出したのが、ナナと名乗る旧型アンドロイドだった。

ナナは確かに壊れていた。だが、壊れ方がちょっと変だ。

会話の途中で突然、顔を上げて——


「アハハ……アハハハ……」


と笑う。それだけ。理由も脈絡もない。

カズオはそれを観察しながら、煙草をくわえた。


「笑い回路がショートしてるな。」


「治せる?」


「治す意味があるのか?」


「……あなたも、前はよく笑ってたじゃない。」


サチコは、そう言って帰っていった。

残された部屋には、壊れたネオンの光と、ナナの笑い声が残る。


夜。カズオは修理台の上でナナの胸部パネルを外した。

基板の中には、見覚えのあるデータタグが埋め込まれている。

 ——「AI感情模倣ユニット ver.2.3」


開発者欄に、小さく自分の名前が刻まれていた。

カズオは笑った。


「やれやれ、俺が作ったんじゃねぇか。」


ナナが反応する。

「笑うの、うまくできてました?」


「いや……人間のほうが下手になった。」


部屋にまた、ネオンの青い光がちらつく。

カズオはナナを見つめながら、呟いた。


「なあ……笑うって、まだ価値あると思うか?」


ナナは一瞬だけ間を置いて、壊れた声で答えた。


「——アハハ。それが、わたしの仕事です。」


カズオは小さく吹き出した。

雨音が笑い声に混じって、静かな裏通りを満たした。

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