メタコレイド 

御簾神 ガクル

第1話 メタコレイド

 大好きだった犬が死んだ。

 私にとって家族を兄弟を友を超えた存在だった。

 悲しくて悲しくてしょうが無くて涙すら出来ないで何もする気が無くなった。 

 そんな私を見かねたおばあちゃんが教えてくれた。

 肉体は死んでも魂は不滅で天国できっとお前を待っている。

 だから天国で再会するのを楽しみにして今は精一杯生きなさい。

 今思えばよくある慰めの言葉だった。

 だがあの時の私には確かにその言葉が刺さった。

 魂って何?

 それが最初の疑問であり好奇心であり、私の原点である。


 古来より人には魂があると言われている。 

 だが魂は見たことも触ったことも存在が証明されたこともない。

 それでも人の本質は魂であると言われている。

 魂に近い概念として意思がある。

 スピリチュアルな話を一旦脇に置いたとして、この人を人たらしめる意思は何処にある?

 最も他人と区別される顔?

 熱き鼓動の心臓?

 戯れ言だ。

 異論無く脳にあると答えるだろう。

 脳で考え、脳から意思が生まれる。

 物質的にまさしく人の本質といっていいだろう。

 なのに脳が直接感じられるものはない。

 皆感覚器を通して脳が信号を受け取って信号処理をしているに過ぎない。

 そんなもの薬などを使うなりして神経に誤信号を送れば如何様にも誤魔化せる。

 無いものを在るように在るものを無いように虚実は入れ替わる。

 ならば感覚に騙されることなく直接脳が感じるものこそ真の世界と言えないだろうか?

 惑わされることなく直接世界を感じる。未だ人間はそこまで進化していないが、近いことは出来ている。

 夢の世界である。

 あれは感覚器を通さないで脳が直接感じて世界を構成している世界。

 一人の夢なら一人の人間の世界だが、その先には全ての人類が深層心理で繋がる夢の世界があると私は古今東西の書物を調べ確信に到った。

 その世界をメタコレイドと言う。

 

「さて寝るか」

 瞑想から目覚めた私は坐禅を崩すと立ち上がりストレッチを行う。そして1DKのボロ部屋には不釣り合いな高級布団にもぐる。この部屋にある全家具を足してもこの布団の値段の足下にも及ばない。貧乏学生がバイトに汗を流しローンで買った物だ。晴れた日には必ず日に干してメンテも完璧。その全財産に等しい布団にはシーツが高級旅館に負けないおもてなし技術で皺一つ無くピシッと敷かれている。

 大学では講義で頭をフル回転させ、バイトからの帰宅後にランニングと筋トレ、シャドーを行い体に適度な疲労を与え、食事も食べ過ぎず少なすぎずバランスの取れた栄養が取れるように計算されたものを美味しくいただいた。

 脳も体も適度に疲労し、疲労を回復する栄養素は体に適度に蓄積された。

 そして最後に心も整えた。

 これらは快適な睡眠を取るためである。

 私は貴重な青春を注ぎ込んでメタコレイドを求めている。せっかくの青春をドブに捨てる愚かな行為で全てが徒労に終わるかも知れない、それでも私は求めて止まないのだ。

 全てが徒労に終わる恐怖より、この心を押し潰して最後の眠りのときに後悔する方が私には恐ろしい。

 布団に入って数秒で体の感覚が消えていく。

 そして落ちるように意識が途切れ眠りに落ちる。


 私は独り歩いていた。

 私は今いる世界が夢だと認識している。長年の修行の結果私はかなりの確率で明晰夢に入れるようになっていた。夢の中の世界を自由に動き回れている私はメタコレイドへと一歩づつ近付いているを実感している。

 ふと見上げると空は夕闇に染まっていき天に向かって星が渦を巻いて舞い上がっていくのが見えた。

 宵闇の空に星はばらまかれ天で輝く。

 自分の脳で作った世界のはずだが酷く惹かれた。気付いたら渦が湧き出る元に向かって行た。

 近付くと空に槍のように突き立つ岩山が見え、その頂上から渦が舞い上がっているのが見えた。

 山に沿って螺旋を描いて上がっていく道々の脇には煌々と明かりが輝き、道々に立っている真っ赤な鳥居の連なりが鮮やかに浮かんでいた。

 近付くに連れて賑やかな祭り囃子や人々の笑い声が聞こえて来て、私も胸が沸き立つのを感じうきうきと心が弾んでくる。

 参道の入口に辿り着いて分かったが、浮かび上がる光の正体は夜店の灯り。今日は何のの祭りなのだろうか、皆楽しそうに笑い合いつつ参道を登っていく。

 一歩参道に踏み込めば、祭りの喧噪と夜店の匂いに包まれる。年甲斐にもなく夜店に目移りしながら人混みを掻き分け登っていく。

 綿飴屋、たこ焼きや、お好み焼き屋、輪投げ、射的と店の種類は豊富で目移りし山を登っていくのに退屈しない。

「おっ」

 お面屋だ。それも安いプラスチック製のキャラクターグッズじゃ無い。能で使えるような狐とか般若とか木彫りの本格的なお面屋だ。こんな面を付けた奴に夜道に出会ったら子供は泣いてしまうな。

「おっ兄ちゃん気に入ったのかい。どうだい一つ買ってかないか」

 夜店のオッサンが気さくに声を掛けてくるが今の私には金がない。夢の世界なので盗んでも捕まることはないのだろうが、やはり夢の世界でも罪を犯すのは気分が悪い。魂が穢れる気がする。

「悪いね持ち合わせがないんだ」

「ほう~兄ちゃん折角の祭りなのに可哀想だな。金が無くちゃ女にももてないだろ」

「余計なお世話ですよ」

 夢の世界でまで説教されたくない。

 いやここは私の夢の世界、全ては私の脳が作り出した世界。説教してきたオッサンも私の無意識が作り出した人物なら自分で自分に説教していることになるのか?

「しょうが無い。ここであったのも縁だ。

 ほれ、お小遣いだ。このお面と一緒に持っていけ」

 おっさんに無理矢理渡されたのは時代劇のように六文銭を紐で縛ったのと鷹を模した木彫りのお面だった。

「いいのですか」

「いいさ。孫にお小遣いをやるようなもんだ」

「じゃあ遠慮無く。ありがとう」

 現実なら有り得ないが私は夢の世界なので遠慮無く好意を貰って礼を言う。

 鷹のお面だった。いいじゃないか、天空を舞う自由の翼は私の心を顕しているようだ。

「では良い旅を」

「ありがとう」

 その後も人混みの中を登っていくと段々と人混みは薄れていく。そして誰もいなくなった頃山頂に着いた。

 山頂には火口が開いていて噴煙の代わりに星々が渦を巻いて吐き出され天空の銀河へと降り注がれていく。

 美しい。

 夢の世界だが素直に美しいと感じて感動した。ここは夢、自分の脳が作り出した世界を自分が見て感動するのは可笑しいかも知れないが、無意識が自分の望む光景を生み出したと思えば不思議でもない。

 これはあれだな。芸術家が己の無意識に眠る美を掘り起こし芸術作品を生み出すのに似ているのかも知れない。

 だがこれは本当に私が生み出した光景なのか?

「ん!?」

 目を凝らしてみると内側に火口に沿って螺旋に降りていく道があった。あれを降りていけば星の渦の元までいけるということだろうが、ちょっと覗いた感じでは登った山より深く続いているようで底は全く見えない。夢だからと安易に火口に飛び込んだら下まで落ちるどころか空に舞い上げられそうである。

「行くか」

 私は気合いを入れ、螺旋階段に踏み込んだ。

 一歩一歩踏み締めていく。少しでも気を抜けば星の渦に空に巻き上げられてしまいそうだ。

 降りていくにつれ感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。明晰夢とはいえまだ完璧に感じることは出来ずどこか雲の上をふわふわ歩くように感じていたのが、現実のように一歩一歩しっかりと踏み締める感触を感じる。

 もはや現実世界と遜色はないのかも知れない。

 体を切り裂くような星が吹きすさび、私は腰を落とし顔を手でガードして降りていく。

 もう自分がどう歩いているか分からない。

 星の大瀑布が直ぐ横で沸き上がっていて呑み込まれれば助からない。勘だが目が覚めるだけでは済まない気がする。

 必死に耐えて歩いて行く内に圧が弱まったのを感じた。

 手のガードを上げ顔を上げて前を見ると、私はいつの間にか左右を石造りの建物に挟まれた人3人分くらいの幅の石畳の道を歩いていた。

「火口から気付けば町中とは、流石夢の世界だな」

 夢で終わらせてしまえば、どんな不条理も納得できてしまう。だがこの世界を単なる私の脳が作り出した夢とは何かが違うとも感じていた。

 大地を踏み締める足裏の感触。

 この肌を撫でる風の触り心地。

 風に運ばれる薫。

 今までの明晰夢での五感とは実感の格が違う。

 いや寧ろ現実世界にいるより実感する。

 脳が直に感じているのか?

 もしかしたらここは私が求めた夢の先にある人類の深層心理の集合世界メタコレイドなのでは?

 だがメタコレイドを望む私の願望が生み出した夢の世界の可能性も高い。卵とは言え学者の端くれなら落ち着いて思い込みを排除して冷静に検証しなくては成らない。

 私は胸から沸き上がるワクワクを抑える為深呼吸をしてから進むのであった。

 カツコツ

 靴音が響いていく。

 分かれ道はなく真っ直ぐ進む。裏道なのか今のところすれ違う人はいなく無人の道を進んでいく。上を見上げても建物には窓はなくただ壁が空高く聳え立ち、その先の切り取られた青空が見えるのみ。

 前に向き直しカツコツと一人靴音を響かせて歩いていくと、いきなり視界が開けた。

 そして運命に出会った。


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