第8話 「路地裏の魔女と、卑怯者専用ウェポン」
「足りねぇ。圧倒的に火力が足りねぇ」
宿の食堂で、俺は硬いパンをかじりながらテーブルを叩いた。
先日の「亀」との戦いで痛感したことがある。
俺の【金ダライ】は必中だし、音で怯ませる効果はある。だが、決定打に欠ける。
所詮はタライだ。ドラゴンを倒すには、何万回落とせばいいのか気が遠くなる。
かといって、俺の筋力は3。まともな剣など振れば、腰を痛めて労災認定だ。
「そうですか? ゴウさんのタライ、いい音してましたよ?」
「音ゲーやってるわけじゃねぇんだよ。……必要なのは、俺のような非力なゴミでも、確実に相手を無力化できる『搦め手』だ」
俺は昨日の報酬である銀貨を握りしめた。
表通りの立派な武具店には用はない。あそこに並んでいるのは「英雄」のための武器だ。
俺が行くべきは、もっと深く、暗く、湿った場所だ。
「行くぞシルヴィ。大人の買い物につきあわせてやる」
「えっ、また変なところに行くんですか? 私、お花屋さんとか行きたいんですけど」
***
俺たちが足を踏み入れたのは、バルドールの貧民街のさらに奥。『泥棒市』と呼ばれる闇市のさらにその裏にある、通称「魔女の路地」だ。
紫色の怪しい煙が漂い、どこからかカエルの潰れたような鳴き声が聞こえる。
「く、臭いです……ゴウさん、帰りましょうよぉ」
「我慢しろ。ここに掘り出し物があるんだ」
俺が目をつけていたのは、崩れかけたレンガ造りの小さな店。
看板には『実験失敗作・廃棄処分市』と書かれている。
普通なら絶対に入らない店だが、今の俺には「安物」という言葉が何よりも魅力的に輝いて見えた。
ギギギ……と錆びた蝶番を鳴らしてドアを開ける。
店内は薄暗く、棚には色とりどりの液体が入った瓶や、干からびたトカゲなどが乱雑に置かれている。
「ヒヒッ……いらっしゃい。珍しいねぇ、こんな掃き溜めに客なんて」
カウンターの奥から現れたのは、顔中シワだらけの老婆だった。
魔女のような帽子を目深にかぶり、手には怪しい色の液体が入ったフラスコを持っている。
「ようバアさん。何か面白いもんはないか? 『力がなくても使えて』『相手が嫌がる』やつだ」
「相手が嫌がる、ねぇ……。ヒヒッ、アンタいい目をしてるね。腐った魚のような、素晴らしい目だ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
老婆はカウンターの下から、埃を被った木箱を取り出した。
「これなんかどうだい? 『粘着スライムの濃縮液』だ。地面に撒けば牛でも滑って転ぶ。一度くっつけば三日は取れない」
「ほう……」
「こっちは『スカンク・ボム』。悪臭を放つガスを充満させる。吸い込めば呼吸困難と強烈な吐き気で、騎士団長でも悶絶するよ」
「最高じゃねぇか」
俺の口角が吊り上がる。
正々堂々? 騎士道精神? そんなもんは犬に食わせろ。
俺が求めていたのはこれだ。
滑らせて、視界を奪って、臭いで心を折る。
そこにタライを落とせば、相手は死ぬ。精神的に。
「ただ、問題はどうやってこれを敵にぶつけるかだ。俺は肩が弱いんだよ」
「なら、いいもんがあるよ。……ホレ」
老婆が奥から持ってきたのは、奇妙な形をした道具だった。
小型のクロスボウに見えるが、弦の部分がゴムのような伸縮素材でできている。
そして発射口には、矢ではなく「球」をセットするような受け皿があった。
「『悪ガキのパチンコ・改』だ。元々は子供のおもちゃだったんだがね、バネを強化してある。石ころでも、錬金カプセルでも、指一本で遠くまで飛ばせるよ。筋力のない子供(ガキ)でも扱える代物さ」
「……これだ。これこそ俺の聖剣(エクスカリバー)だ!」
俺はそのおもちゃ(凶器)を手に取り、震えた。
軽い。そして構えやすい。
これなら安全圏から、一方的に嫌がらせができる!
「バアさん、これとスライム液、あとその『目潰しペッパー・パウダー』をくれ! 全部でいくらだ!」
「ヒヒッ、全部で銀貨五枚だね」
「高い! 四枚にしろ! その代わり、この店を俺の知り合いの変態(ピカロ)に紹介してやる!」
「……商売上手な小僧だねぇ。いいだろう、持っていきな」
こうして俺は、最強のサブウェポンを手に入れた。
見た目はただのおもちゃのパチンコ。
だが、その弾丸は凶悪極まりない。
***
店の帰り道。
人気のない路地裏を歩いていると、前方から薄汚れた男たちが三人、道を塞ぐように現れた。
手にはナイフ。目は血走っている。
典型的な路地裏のカツアゲだ。
「おい兄ちゃん、いい買い物したみたいだなぁ。その荷物、置いてけよ」
「姉ちゃんの方は、俺たちがたっぷり可愛がってやるからよぉ」
シルヴィが「ひっ」と悲鳴を上げて俺の背中に隠れる。
本来なら絶体絶命のピンチだ。
だが、今の俺は笑っていた。
「ちょうどいい。試し撃ちの的(マト)が向こうから歩いてきやがった」
「あぁ? 何言ってんだテメェ、頭おかしいんじゃ……」
男が言い終わる前に、俺は腰のホルスターから『パチンコ・改』を抜き放った。
装填するのは、さっき買った『目潰しペッパー・パウダー』のカプセル。
「食らいな! 新兵器『レッド・アイ・ブラスター』!」
パシュッ!
軽い発射音とともに、赤いカプセルが先頭の男の顔面で弾けた。
「ギャアアアアアアア! め、目がぁぁぁぁぁ!」
男が顔を抑えてのたうち回る。唐辛子成分百倍の粉末が、粘膜を直接攻撃しているのだ。
残りの二人が動揺して立ち止まる。
「な、なんだ!?」
「魔法か!?」
その隙を俺は見逃さない。
次はこれだ。『粘着スライム・ショット』!
俺は二発目のカプセルを足元に撃ち込んだ。
パリンと割れたカプセルから、ヌルヌルの液体が広がる。
「うおっ!?」
踏み込んだ男の一人が、マンガのように足を滑らせて盛大に転倒した。
後頭部を強打し、気絶。
残るは一人。
「テ、テメェ……! 卑怯だぞ!」
「最高の褒め言葉だ!」
俺は右手を高々と掲げた。
とどめは勿論、いつものアレだ。
――【金ダライ召喚】。
カァァァァァァン!!
最後の男の頭上に、美しい放物線を描いてタライが落下した。
男は白目を剥いて崩れ落ちる。
「…………」
静寂。
そして、俺の高笑いが路地裏に響いた。
「ハッハッハ! 見たか! これが『複合戦術(コンボ)』だ!」
「……ゴウさん」
シルヴィが恐る恐る声をかけてきた。
「なんというか……凄いですけど、絵面が酷いです。勇者の戦いじゃないです。いじめっ子のやり口です」
「勝てばいいんだよ勝てば! 歴史は勝者が作るんだ!」
俺は倒れている男たちのポケットをまさぐり、小銭を回収した(逆カツアゲ)。
銅貨数枚。しけてやがる。
「よし、帰るぞシルヴィ。この新装備があれば、明日はもっと深い階層まで行ける」
「はぁ……。私の魔力、いつになったら役に立つんでしょう……」
俺は『悪ガキのパチンコ・改』を愛おしそうに撫でた。
弱いなら、弱いなりに戦う方法がある。
卑怯? 外道? 知ったことか。
俺は生き残るためなら、スライムの粘液だろうがウ◯コだろうが投げつけてやる。
こうして俺は、「金ダライ」に続く第二の象徴(シンボル)を手に入れた。
このふざけたパチンコが、後に魔王軍の幹部さえも恐怖(と屈辱)のどん底に叩き落とすことになるのは、まだ少し先の話である。
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