『余りモノの俺、ネタ特典【金ダライ】で異世界を救うハメになる』

ダルい

第一章

第1話 「在庫処分の魂と、選ばれし(?)ネタ特典」

「――あ、パンツ見えっ……」


 それが、俺、剛田猛(ごうだたけし)、二十八歳の遺言だった。

 場所は駅の長いエスカレーター。前には絶世の美女。

 魔が差した、なんてカッコいいもんじゃない。俺の本能が「今ならいける、あの聖域(サンクチュアリ)を拝める!」と叫んだのだ。

 結果、限界まで身を乗り出した俺はバランスを崩し、見事な放物線を描いて後方へと転がり落ちた。

 走馬灯なんてない。最後に網膜に焼き付いたのは、白いレースの端っこだけ。

 ……うん、まあ、俺らしい最期と言えばそうかもしれないが、あまりにも情けなさすぎないか?


「はい、次の方ー。あー、もう今日は多いなぁ。残業確定じゃんマジで」


 気がつくと、俺は真っ白な空間に立っていた。

 目の前には豪奢なマホガニーのデスク。その奥に、ふかふかの社長椅子に座り、気だるげに爪やすりをかけている金髪の美女がいる。

 透き通るような肌、豊満な肢体、背中には白鳥のような翼。

 誰がどう見ても女神様だ。だが、その口調は新橋の居酒屋にいる疲れたOLのそれだった。


「あの、ここはいったい……」

「死後の世界的な? そんでもって私、女神のリリエル。担当は第十三管理世界ね。あー、君の死因……『覗き未遂による転落死』? プッ、ダサッ! ウケるんですけどー」


 女神リリエルは書類(というかタブレット端末)を見ながら、ケラケラと笑った。

 初対面の死者に対して「ウケる」はないだろう。俺だって反論したいが、相手は神様だ。ここで機嫌を損ねて地獄行きなんてのは勘弁願いたい。俺は染み付いた処世術である「媚びへつらい笑い」を浮かべた。


「へへへ、お恥ずかしい限りで。それで、女神様? 俺はこれから天国へ?」

「んー、本来ならそうなんだけどねぇ。あ、これ私のインスタ。フォローしといて」

「は、はあ(スマホ持ってないけど……)」

「で、本題。今ね、私が管理してる異世界『アルカディア』が結構ヤバいのよ。邪神とか魔王とかが調子乗っちゃっててさー。上司から『リリエルちゃん、今期ノルマ未達だよ? 世界滅亡したらボーナスカットね』とか言われちゃって」


 リリエルは「マジ最悪」と呟きながら、爪の輝きを確認している。

 話が見えないが、嫌な予感だけはビンビンにする。


「そこで! 最近余ってる魂……もとい、勇気ある魂を適当に……じゃなくて、選抜して勇者として送り込んでるわけ。君、採用ね」

「えっ、俺が勇者!? 異世界転生!?」


 俺の脳内でファンファーレが鳴り響いた。

 異世界転生。それは、冴えない現代社会から脱出し、チート能力で無双し、エルフや獣人の美女に囲まれてハーレムを築く、男のロマンの極致!

 死に際はダサかったが、結果オーライじゃないか!


「やります! やらせてください! 俺、こう見えてもRPGじゃレベル上げ頑張るタイプなんで!」

「はいはい、威勢がいいのは結構。じゃあ、サクッといこうか。どうせ君、『在庫枠』だし」

「在庫……?」

「ん? あー、なんでもない。気にしないで。じゃあこれ、特典カタログ」


 リリエルが空中に指を走らせると、俺の目の前に半透明のホログラムウィンドウが現れた。

 そこには『転生特典スキル一覧』という文字と共に、数々の能力がズラリと並んでいる。


【聖剣エクスカリバー】

【全属性魔法マスター】

【成長速度1000倍】

【鑑定眼(神級)】

【絶対回避】

【無限魔力】


 うおおおおお! すげえ! なんだこれ、選び放題かよ!

 どれにする? やっぱり定番の【聖剣】か? いや、【無限魔力】で魔法ぶっぱも捨てがたい。いや待てよ、【ハーレム構築スキル】なんてのもあるぞ。ゲスな俺としてはこれ一択か!?


「あのー、まだー? 私、この後合コンあるんだけど」

「ちょ、ちょっと待ってください! 一生の問題なんで!」

「チッ、これだから陰キャは……。制限時間はあと三分ね。それ過ぎたら強制決定だから」

「三分!? カップ麺かよ!」


 焦る。めちゃくちゃ焦る。

 俺は必死に画面をスクロールさせた。

 上の方にあるのは確かに強力なスキルだ。だが、俺のようなひねくれたゲーマー精神を持つ人間は、ついつい「下の方」も見たくなってしまう。

 隠しスキルとか、実は最強のユニークスキルとかがあるんじゃないか?


 俺は一気にリストの最下層までスクロールした。

 そこには【ネタ・バラエティ枠】という、ふざけたカテゴリがあった。


【アフロヘアー固定】(どんな攻撃もアフロが吸収……しない)

【イケボ(ただし独り言に限る)】

【全身発光】(夜道も安心! 敵にも見つかりやすい!)

【死んだふり】(本当に心臓が止まるリスクあり)

【金ダライ召喚】(ドリフ的なアレ)


「なんだこれ、ゴミばっかじゃねーか!」


 俺は思わずツッコミを入れた。

 誰が選ぶんだよこんなの。全身発光してどうすんだ。人間松明かよ。

 俺は鼻で笑いながら、一つ一つの説明文を読んでいく。

 【金ダライ召喚】の説明文なんて酷いもんだ。『対象の頭上3メートルに金ダライを出現させ、物理法則に従って落下させる。痛い。いい音がする。それだけ』。

 もはやスキルの無駄遣いである。


「ぷっ、これ選んで魔王に挑む勇者とか、想像しただけで笑えるわ。おーい魔王、お前の頭上にタライが……って、シュールすぎるだろ」


 俺は一人でニヤニヤしながら、その「ネタ枠」のページを眺めていた。

 これじゃない。俺が欲しいのはもっとこう、俺TUEEEできるやつだ。

 さあ、上に戻ろう。やっぱり【無限魔力】あたりが無難か。


「あ、時間でーす」


 リリエルの無慈悲な声が響いた。


「え?」

「タイムアップ。三分経ちましたー」

「ちょ、待って! まだ決めてない! 今、上に戻そうと……」

「ルールは絶対なんでー。カーソルが合ってるやつで決定ねー」


 カーソル?

 俺は恐る恐る、自分の指先が指し示しているウィンドウを見た。

 俺の指は、さっきまで馬鹿にして眺めていた【ネタ・バラエティ枠】の、ある一点に止まっていた。


 ――【金ダライ召喚】。


「う、嘘だろ……?」

「おめでとうございまーす! スキル【金ダライ召喚】を獲得しましたー! いやー、渋いね。通だね。芸人の魂を感じるよ」

「待って! 変えて! クーリングオフ! せめて【全身発光】にして! タライは嫌だああああ!」

「無理でーす。決定ボタン押しちゃったしー」


 パリン、という効果音と共に、俺の体の中に何かが入り込む感覚があった。

 終わった。俺の異世界無双計画が、始まる前に終わった。

 タライでどうやってドラゴン倒すんだよ。金属中毒にでもするのか?


「さて、特典も決まったことだし、早速転生させちゃいまーす」

「ちょ、待てよ女神! ステータス! ステータスの振り分けとかあるだろ普通! STR極振りとかさあ!」

「あー、それね」


 リリエルは面倒くさそうに頭をかいた。


「時間切れで強制決定したから、ステータス設定画面スキップしちゃった」

「はあ!?」

「だ・か・ら、ボーナスポイントの割り振り、できなかったの。つまり、初期ステータスのままってこと。ドンマイ☆」

「ドンマイじゃねええええええ! 初期ステータスってことは、一般人並みってことか!?」

「うーん、この世界の平均的な成人男性の筋力が10だとすると……君の魂のベーススペック的に、だいたい3くらいかな?」

「激弱じゃねーか! スライムにも負けるわ!」

「大丈夫大丈夫、死んだらまた別の魂送るから。リサイクル重要だし」


 こいつ、完全に俺のこと「使い捨てカイロ」くらいにしか思ってねえ!

 俺は抗議しようと詰め寄るが、リリエルは優雅に指を鳴らした。


「それじゃ、頑張って邪神倒してねー。あ、魔王もついでによろしく。期待してないけど! バイバーイ!」


 足元が輝き出す。

 重力が消失し、俺の体が光に包まれていく。


「ふざけんな! 呪ってやる! 絶対にレビューで★1つけてやるからなぁぁぁぁ!」


 俺の魂の叫びは、白い空間に虚しく響き渡り、やがて消え失せた。

 こうして俺、剛田猛は異世界へと旅立った。

 最強の剣も、無限の魔力も持たず。

 あるのは、虚弱な肉体と、ゲスな根性。

 そして――いつでもどこでも金ダライを落とせるという、人類史上最もどうでもいい能力だけを携えて。


***


「……ここ、どこだ?」


 目を開けると、そこは森の中だった。

 鬱蒼と茂る木々。遠くから聞こえる得体の知れない獣の鳴き声。

 俺はボロボロの布の服(初期装備ってやつか?)を着て、土の上に座り込んでいた。


「マジで来ちまったのか……異世界」


 頬をつねる。痛い。夢じゃない。

 とりあえず立ち上がろうとして、よろけた。足腰が弱い。

 ステータス3というのは伊達じゃないらしい。ちょっとした段差でつまずきそうだ。


「どうすんだよこれ。魔物が出たら即死だぞ」


 その時だった。

 ガサガサッ、と近くの茂みが揺れた。


「ヒッ!」


 俺は情けない悲鳴を上げて後ずさる。

 茂みから飛び出してきたのは――緑色の肌をした、子供のような背丈の怪物。

 ゴブリンだ。

 錆びたナイフを持ち、下卑た笑いを浮かべてこちらを見ている。


『ギャギャ! ニンゲン、ヨワイ! クウ!』


 言葉はわからないが、殺意だけは明確に伝わってきた。

 やばい。死ぬ。転生して五分で死ぬ。

 走って逃げようにも、この貧弱な足じゃすぐに追いつかれる。

 武器は……ない。木の棒すら落ちてない。


「く、来るな! 俺は……俺は女神の使徒だぞ! 多分!」


 俺は震える手でゴブリンを牽制する。

 ゴブリンは俺の怯えっぷりを見て、さらに調子づいたようだ。舌なめずりをして飛びかかってくる。


「うわあああああ! なんでもいい、なんか出ろおおお!」


 俺は無意識に右手を突き出し、念じた。

 最強魔法でも、バリアでもない。

 俺が唯一持っている、あのふざけた力を。


 ――スキル発動、【金ダライ召喚】!


 ヒュンッ。


 空間が歪んだ気がした。

 次の瞬間、跳躍の頂点にいたゴブリンの頭上、正確に三メートルの位置に、真鍮色の輝きが出現した。

 それは紛れもなく、昭和のバラエティ番組でよく見た、あの「金ダライ」だった。


 重力に従い、金ダライは落下する。

 ゴブリンは気づかない。獲物を目の前にして、勝利を確信した笑顔のままだ。


 カァァァァァァァァン!!


 森に、小気味よい金属音が鳴り響いた。

 それはもう、完璧な音色だった。お笑いの神様がいればスタンディングオベーションを送るだろう。


『ギョベ!?』


 ゴブリンの脳天に、タライの底がクリティカルヒットした。

 物理的なダメージは、正直そこまで大きくないはずだ。あれは薄い金属板だ。頭が割れるほどの威力はない。

 だが、勢いよく飛びかかっていたゴブリンは、上からの予期せぬ衝撃にバランスを完全に崩した。

 空中で変な姿勢になり、そのまま顔面から地面に激突する。

 さらに、跳ね返ったタライが回転しながら落ちてきて、再びゴブリンの後頭部を「コンッ」と小突いた。


『グ……ギュウ……』


 ゴブリンは白目を剥いてピクピクしている。

 どうやら、着地の失敗で首を痛めたか、あるいは脳震盪を起こしたらしい。


「…………は?」


 俺は呆然とその光景を見ていた。

 勝った。

 勝ってしまった。

 金ダライで。


「ぷっ、あはははは! ざまあみろ! 見たかコラ! これが俺の、剛田様の力だ!」


 相手が動かなくなったのを確認するや否や、俺は一気に強気になった。

 倒れているゴブリンに近づき、靴の裏でペシペシと頬を叩く。


「おいおい、どうしたー? さっきの威勢はどうしたよ? タライごときで伸びてんじゃねーよ雑魚が!」


 完全に小物のムーブである。

 だが、俺は生き残った。

 そして直感した。

 このふざけたスキル……使いようによっては、意外といけるんじゃないか?

 いや、いけるわけがない。今回はまぐれだ。

 でも、やるしかない。


「待ってろよ邪神、魔王。俺がこのコントみたいなスキルで、世界を救ってやるよ。……あ、その前に誰か、飯と宿を恵んでください……」


 俺の腹が、グゥと鳴った。

 情けない勇者の、情けない冒険が、ここに幕を開けたのだった。

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