第三章「公爵邸の謀議」
公爵家の壮麗な屋敷に、当主である公爵とその夫人が、揃って娘の帰りを待っていた。
「エレオノーラ」
大理石のホールに馬車が着き、エレオノーラ・フォン・アルテンフェルスが疲れた様子も見せず降り立つと、公爵が硬い声で尋ねた。
「早馬からの報告で聞いている。王城で、あの愚かな王子に冤罪を着せられ、婚約破棄を突きつけられたというのは、真か」
「ええ、お父様、お母様。概ねその通りですわ」
エレオノーラは侍女にケープを預けながら、応接室へと歩き出した。
「ですので、我が家の策の軌道修正を含め、改めてお話しする必要がございます」
重厚な革張りのソファが並ぶ応接室。
紅茶の香りだけが漂う中、エレオノーラの淡々とした報告を聞き終えた公爵夫妻は、呆れを通り越して感嘆の色を浮かべていた。
「……まさか、王子が自ら『証拠』を偽装し、公の場で我らを告発するとは」
「ですが、エレオノーラ。よくぞ事前に王子の不穏な動きに気づき、対抗する『調査書』まで準備できたものだわ」
夫人が称賛する。
「婚約者の動向に目を配るのは、当然の務めですわ」
エレオノーラは事もなげに答えた。
「あの殿下は、王家の力が私たち十三貴族によって妨げられていると考えている節がございましたからね。より注意を払って観察しておりました」
「して、婚約はどうなる」
公爵が問う。
「『結論は保留』とされるでしょう。王家とて、この婚約を破談にして、十三貴族筆頭である我が家との間に決定的な亀裂を作るのは避けたいはず」
エレオノーラは続ける。
「王家はアレクシオス殿下を『再教育』するか、あるいは我々にとって厄介な『側近』をつけるかもしれません」
「それでは困るわね」
夫人が眉をひそめた。
「エレオノーラの聡明さで、王位継承者であるあの王子を傀儡とし、議会だけではなく王家そのものを手中にして、この国をアルテンフェルス家のものとする――」
彼女は娘を見据える。
「そのために、十三貴族の持ち回りであった王家との婚約に、無理を言って割り込んだのですから」
「お父様」
エレオノーラが父を呼んだ。
「王家が王子の『教育係』や『側近』の人選を始めた場合、その候補者リストに干渉し、こちらに都合の良い人間を誘導してくださいますか」
「……うむ、わかった。その時が来れば、我らにとって『扱いやすい』者を紛れ込ませよう」
そこで、エレオノーラが考え込むように黙った。
「……」
公爵が「どうした」と問う。
「あの時、王子殿下の愚行を陛下はお止めになりませんでした。まるで、どちらに与するべきか見定めるように。十三貴族を束ねる我が公爵家との関係を考えれば、すぐさまその場を収めるべきでしたのに」
「お前の考えすぎでは?」
夫人の疑問に、エレオノーラは小さく首を振る。
「そうであればいいんですけど……。お父様、念のため、この件について調べていただけませんか? 陛下が事前に察知していた可能性も含めて」
「……ふむ。今回の件も、お前が抱いた違和感をただの予感とせずに動いたことで、事前に対策を取ることができたからな。一応調査はしてみよう」
「ありがとうございます」
話が一段落したところで、公爵が思い出したように言った。
「そうだ、エレオノーラ。お前に頼まれていた『あの件』だが、接触に成功したぞ」
「まあ。……王都に隠れ住む『革命家』を自称する反乱勢力に、ですか?」
公爵は頷く。
「奴らとて一枚岩ではない、か。お前の言う通り、金に靡く輩がいた」
エレオノーラの口元に、冷ややかな笑みが浮かんだ。
「では、手筈通りに」
夫人が、感心したように、しかしどこか恐ろしげに呟いた。
「公爵家の資金で、彼らに貧民街に蔓延する薬物を買い取らせる。表向きは民草のためになるから、積極的に協力してくれるでしょう。そして機を見て、中央に反抗的な辺境貴族の領地にそれをばら撒き、内側から力を削ぐ……」
公爵も続ける。
「ことが発覚しても、実際に薬物を買い取っていた反乱勢力に全ての矛先が向く。それに資金の出先がどこかで、反乱勢力も内輪揉めに陥る……我が娘ながら、恐ろしい策を思いつくものよ」
「これで、アルテンフェルス家の地位は、より盤石なものとなります」
エレオノーラは静かにお茶を一口飲んだ。
だが、彼女の脳裏には、一つだけ引っかかるものがあった。
(あの男爵令嬢、イリス・アッシュの態度……)
自分が彼女を「間者」に仕立て上げたのは、王子を黙らせるための完全な嘘だ。しかし、あの断罪の場で、彼女は一切動じなかった。
(王子が、彼女に唆されてあのような茶番を行ったのは明らか。ならば、彼女の真の『目的』は何?)
(放置するには、危険すぎる)
「お父様。もう一つ、お願いがございます」
エレオノーラは、父である公爵に、王女セレスティアと全く同じ要求を口にした。
「あのイリス・アッシュ男爵令嬢の身柄を、アルテンフェルス家に引き渡すよう、王家に正式に要求して頂きたいのです」
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