03.リョウオモイ

それから幾ばくか立ったある日、焔は家に帰ってこなかった。

朝帰りなんていつものこと。

だから気にしていなかった。

いや、気にしていないわけではない。

今この瞬間も、他の男に身を委ねているのかと思うと、狂いそうな程の嫉妬に焼かれた。


でも、慣れなければ。

焔は俺をただの式神としてとしか、なんなら便利に性処理ができる程度にしか思っていない。


朝帰りなんて、慣れなくては。

でも、いつか。


焔が本当に愛する奴が現れたら。

あゝ、この恋を、諦めたくない。

どんなやつより、俺の方が焔を愛せる。

それは、確信があった。


でも、焔がもし誰かを愛したら?

俺は、祝福できるだろうか?

焔を愛しているからこそ、彼の幸せを願えるだろうか?


考えたくなくて、首を振る。


そんな朝、庭に出て、庭先で膝を抱えてちょこんと座り込んでいる焔を見つけたときには、心臓が飛び出るほど驚いた。


「主、何して……?」


よく見ると、着物は酷く乱れ、あちこち破れていて、焔は傷だらけで、草履も履いていなかった。


「どうした」


急いで駆け寄って、抱き起こそうと手を伸ばすと、触れる直前で、びくり、と焔は体を震わせた。


「調子に乗ってたら、輪姦された」


余りの言葉に、俺はなんて返していいかわからず、でも、身体を清めなければ、と、黙って風呂を炊く。


水が湯になる頃、焔はまだ庭先に座り込んでいた。だからかがんで、目線を合わせて、手を前に出した。


いじけたような焔は、それでも、俺の腕を取ってくれた。嬉しかった。雛鳥が、やっと懐いてくれたみたいに。胸がじん、と鳴る。


「風呂行こう。頭も体も、綺麗にあらってやる」


こくり、と素直に頷く焔がどうしようもなく愛おしかった。可愛い、と思った。


うやうやしく手をひいて、風呂まで連れて行く。頭を石鹸で洗い、体も泡だらけにしてあらってやり、湯の中に体を沈めさせた。


「痛いところは、ないか?」


「痛い」


「どこが?」


「胸ん中、いっぱい」


それはそうだろう。無理矢理されたのだ。何人にかは。わからないけれど、無理強いの行為自体が、心を深く傷つけることだ。心を、殺されることだ。焔に酷いことをしたやつらに、殺意が芽生える。


「俺、初めてだった」


「そりゃ、そんな経験は滅多にないよな」


「じゃなくて、雅以外に抱かれるの」


「……え?」


驚いて、思わず声が出た。

初めて?俺以外が?

じゃあ、まて、初めての男が俺で、しかも他の男には、抱かれたことがないってことか?


まさか、そんな。


「雅が好きだったから。でも、ごめん。俺、汚れちまった」


待て待て待て待て。

聞いていない。

焔が俺を好き?

そんなの、一回も聞いたことないぞ?


「けど、焔、最初から慣れてる風だったじゃないか」


「オマエに抱かれる為に、毎晩自分で油使って慣らした」


「性に、奔放なのかと……」


「女とは、何度も経験あったし、オマエの前だと、気が緩んで、どんな自分でも見せられた」


「……だったら、もっとはやく好きっていってくれれば」


「オマエの式神の忠誠心を利用するみたいで、いいたくなかったんだよ」


「焔」


俺は下着のまま、ざばん、風呂の中に入って、目を見開く焔の唇を激しく奪った。


「好きだ、焔。汚れてねーし、汚れたって好きだ。」


「主、じゃなくて、焔って、呼んでくれるのか?」


「主従なんてどうでもいい。関係ない。ただ、愛してる。俺には、オマエだけだ」


湯の中、焔の身体を掌で撫でる。

下へ、下へ。


中心を握り込むと、「あっ」、と。

短く焔が鳴いた。


そこからは正直あまり覚えていない。

恐怖と悦びに震える焔の躰を、激しく、荒々しく抱いた、のはたしかだ。傷を受けた焔に、していいことではない。決して。


けれど、俺がどれだけこの瞬間を待っていたか、俺がどれだけ焔を愛しているか、知って欲しかった。汚されようと関係ない。


焔が焔である限り、俺はただ愛するだけ。


珍しく恥じらいを見せ、慌てる焔がどこまでも愛おしい。


「片恋、だと思ってた」


言ったら、


「俺も」


なんて返すから、もう言葉が見つからない。

嬉しくて。愛おしくて。


夢が、叶った。


そんな気分だった。



ふたり、思い込みの片恋同士。

オマエを愛する、赦しがでたなら。

俺はもうなにも怖くないんだ。

怯えた目でみないで。

大丈夫。


その傷は、一緒に乗り越えよう。な?



湯を出て、タオルで拭いてやって、着物も新しいのを出して、きせてやって、俺も着物を羽織ると、焔が、


「あ、雪」


と呟いた。


ああ、雪。どおりで寒いはず。


「積もるかな?」


もう少年のように目を輝かせるから、俺は、


「かもな」


といって、再び焔を押し倒した。


「ばっ、今散々したとこだろ」


真っ赤になる焔。


可愛い。

愛しい。

愛らしい。


「俺はあんなんじゃ全然たらねーの」


「俺、オマエとやっていくの、ちょっと無理かも」


「今更そんなこと言っても、もう『好き』は、とりけせないよ」


額にそっとくちづけて。


「永遠の愛を誓おう、貴方に」



《ただ、愛してる。勘違いカタオモイ。

今からは、幸せなリョウオモイ。

愛が、溢れてゆく――》




END





お読みくださり、ありがとうございました。

あなたの上に幸運を。願いは絶対に叶うと、信じています。from神田或人

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【BL】カタオモイ 神田或人 @kandaxalto

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