異世界に召喚されたけど、勇者を召喚するための実験だって!? 〜追放された少年は元の世界に戻るために魔王を倒す旅に出る〜

赤松 勇輝

第1話 召喚からの追放

「おはよ……って、どこだここ?」


 教室の扉を開けたはずなのに、目の前にあるのは見慣れた教室ではなかった。クラスメイトの姿も、騒がしい声も、どこにもない。


 代わりに広がっていたのは、城の一角みたいな豪華な光景だ。


 視線の先、間隔を空けて並んだ二つの赤い椅子。ひとつには王冠をかぶった銀髪の初老の男。もうひとつにはティアラをつけた金髪の少女。


 俺は引き戸を開けた格好のまま、呆然と立ち尽くしている。


 ……これは、どう考えてもおかしい。


 夢かと思って頬をつねると、痛い。


 意味がわからない。心臓がうるさく鳴り始める。


 ……落ち着け、俺。今朝の行動を思い返せ。


 朝七時、携帯のアラームで起きた。共働きの両親はもう出勤していて、制服に着替え、トーストとハムエッグをかき込み、自転車で家を出た。


 雲ひとつない青空。散った桜の葉が道に舞い、クラスメイトに「おっす南!」とか「翔太おはよう」と声をかけられたことも覚えている。


 学校に着き『1ー3』と書かれた駐輪場に自転車を停め、昇降口から三階へ上がり、教室の引き戸を開けた——その瞬間、これだ。


 ……何かのドッキリか?


 でも、サプライズなんてされる身に覚えがない。


 なら、この状況は一体……?


 足が震え、冷や汗が背中を伝い、俺はその場にしゃがみ込んだ。


 そのとき——。


「実験は成功ではないか。さすがはトライアート王国最強の魔法使いアリアだ」


 初老の男が拍手をしながら言った。


 ……外国人だと思っていたのに、なぜか言葉の意味がわかる。


「いやぁ、そんなことしかありませんわ!」


 背後から聞こえた声に振り向くと、そこには魔女のような格好の少女が立っていた。


 尖った黒い帽子、黒いワンピース、長い杖。赤い髪に、金色の瞳。まるで物語の登場人物みたいだ。


 見覚えのある廊下はどこにもなく、赤い絨毯が広がり、鎧を着た兵士たちが階段脇に立っている。


 本当に、ここはどこなんだ?


「おーっほっほっほ!」


 アリアと呼ばれた少女の高笑いが響く中、男が咳払いして口を開く。


「召喚に成功すれば、対象はこの世界の言語を理解し、特殊な能力を持つ……だったな?」


 召喚? この国の言語? 特殊な能力?


「抜かりはありませんわ、国王陛下」


 アリアはそう答えて俺のそばまで来て、しゃがみ込んだ。


「あなた、私の言葉分かるわよね?」


 確かに、わかる。だけど、返事をする余裕なんてない。


 黙っていると、アリアがむっと叫ぶ。


「ちょっと、無視しないでよ! ——って、震えてるじゃないの。顔も青いし、もしかして緊張してる? それなら早く言いなさいよね!」


 そう言ってアリアは杖を俺に向けた。床に白く光る魔法陣が出現し、眩しい光が俺を包み込む。


 そのとき、頭の中に聞き覚えのない、でも優しい女性の声が響いた。


『魔法の効果を無効化しますか?』


 何だ、この声は?


 わけがわからない。けど、直感が叫ぶ。


 これは、無効にしないとダメだ!


「無効だ!」


 白い光が消えた。体に異変はない。


 だが。


「どうして!? 私の魔法が効かないなんて!」


 怒り狂ったアリアに胸ぐらを掴まれた。


「それなら——」


 アリアに突き飛ばされると、今度は赤い魔法陣が杖に浮かび上がり、大玉ほどの火球が生まれる。


「——これならどう!」


 火球が俺に向かって飛んでくる。


「な、なんなんだよ!」


 顔を腕で覆ったそのとき、また声が響いた。


『魔法によるダメージを無効化しますか?』


 今度は即答した。


「無効だ、無効!」


 直後、火球が直撃したはずなのに、俺は無傷だった。服も燃えてない。


「なるほど、それがアンタの特殊能力ってわけね!」


 国王らしき男と隣の少女は、アリアの説明を聞いて納得したようにうなずいている。


 ……ちょっと待てよ。


 俺は、殺されかけたんだぞ。それなのに、何の説明もなしに話を進めるな!


「ふざけんなよ! 勝手に話を進めるな! 一体ここはどこで、何が起きてるんだ! 全部説明しろ!!」


 俺の叫びに、男は不快そうな顔をした。


「うるさい小僧だ。用済みだ、街にでも捨ててこい」


 その言葉を合図に、兵士たちが俺を押さえつける。


「何すんだ、離せよ!」


 床に押さえつけられた俺に、男は冷たく言い放った。


「お主は異界からの召喚実験の実験体だ。召喚成功、言語理解、特殊能力の発現、すべて確認できた。もう用はない」

「はっ……?」


 兵士に引きずられながら、俺は叫ぶ。


「ふざけんなよ! 実験が終わったら捨てるって、そんなのあるかよ! だったら日本に戻せよ!」


 だが、アリアは肩をすくめて言った。


「うーん、呼び出すことしか成功してないからね。戻し方は、まだ考案できてないの。まっ、最強の私ならいずれできると思うけど。今は無理。だから、ごめんね」


 その無責任な言葉を最後に、俺は階下へ引きずられていった。

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