ハイスペカップルがポンコツすぎて、脇役たちの青春が始まらない話。

らむね!

プロローグ

プロローグ



 神は公平だが、時にとんでもないうっかり屋である。


 人類を創造する際、神はごく稀に「才色兼備」というパラメータを極振りした個体を生み出すことがある。


 容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、そして人格高潔。


 そんなSSR級の人間が、同じ時代、同じ地域、あまつさえ同じ高校の同じクラスに二人も揃う確率は、天文学的な数字になるだろう。


 県立の進学校、二年A組。ここに、その奇跡が存在した。


 窓際の一角、そこだけ後光が射しているかのような聖域。

 

そこに二人の主人公たちが座っていた。


 すれ違ったらたとえ同性でも二度見してしまうような美貌と全国模試トップの頭脳を持つ、生ける伝説たち。


天堂テンドウ 信也シンヤ花園ハナゾノ 姫花ヒメカ


 二人は幼馴染であり、美男美女であり、誰がどう見ても「運命の二人」であった。


 彼らが結ばれることは、太陽が東から昇るのと同じくらい当然のことわりであり、全校生徒の総意でもあった。


――しかし。  ここで神は、致命的な設定ミスを犯していた。


 彼ら二人に、「恋愛スキル」を実装し忘れたのである。


 ハイスペックなハードウェアに、ポンコツすぎるOS。


 彼らは互いを意識しすぎるあまり、目が合えばフリーズし、手が触れればバグり、会話をすれば幼稚園児以下の語彙力しか発揮できない。


 「好き」の一言を伝えるのに、彼らはあまりにも不器用すぎたのだ。


 ある春の昼休み。その悲劇喜劇?は起きた。


 

 教室の喧騒の中、二人は向かい合ってお弁当を広げていた。

 

 本来なら、青春映画のような甘いワンシーンになるはずの光景だ。クラスメイトたちも、息を潜めてその「尊い瞬間」を見守っていた。

 

 だが、聞こえてくるのはカチャカチャという箸の音だけ。二人の顔は熟したトマトのように赤く、視線は不自然に宙を泳いでいる。


 沈黙に耐えかねたのか、信也が決死の覚悟で口を開いた。  教室中の空気が張り詰める。告白か? デートの誘いか?


 「あ、あの……姫花さん」


「は、はいっ! 何でしょうか、天堂くん!」


 ビクッ、と小動物のように跳ねる姫花。  信也は震える指先で、彼女の弁当箱の一点を指差した。


 「その……卵焼き、だね。」


 …?


 「は、はい。これは、卵焼き、です。」

 

…!?


 「黄色くて……とても、おいしそうだね。」


…!??


 「きょ、恐縮です。天堂くんのタコさんウィンナーも……赤くて、足が八本あって……素敵です。」


…!?!?


「そうかな。……ありがとう。」


 ……以上である。


 偏差値70超えの天才たちが弾き出した会話が、「卵焼きは黄色い」「タコの足は八本」という事実確認のみ。


 直後、二人は耐えきれずに同時に飲み物を吹き出し、同時にむせ返り、お互いを気遣おうとして手が触れそうになり、「ヒュッ」と悲鳴を上げて硬直した。


その瞬間、教室の空気は凍りついた。  見守っていたクラスメイトたちの脳裏に、絶望の二文字が浮かぶ。


(((進展しねえええええええええ!!)))


 もはやこれは「尊い」を通り越して「介護」が必要なレベルである。  このままでは、彼らは卒業どころか、還暦を迎えても「卵焼きですね」「そうですね」と言い合っているに違いない。


 その時、教室のあちこちで、奇妙な現象が起きた。


 ブブブッ、ブブブブッ!


 まるで共鳴するように、数名の生徒のポケットや机の中で、スマートフォンが一斉に振動を始めたのだ。


 彼らは一様に無表情を装っている。  窓際でキザに髪をかき上げる女子。  教室の隅でじっとこのやり取りを見つめる男子。  頭を抱えて机に突っ伏す女子。  そして、全てを諦めたような目で遠くを見る男子。


 彼らは、耐えきれなくなったのだ。  通知の震えは、彼らの魂の叫びそのものであった。


ポン♪

菊池『待って。卵焼きって何!?誰でも知ってるよ!?』

ポン♪ 

目黒『接触失敗。知能指数低下。幼児番組でも見てる気分だ。』

ポン♪

真中『頼むからほんとに!真面目に恋愛してくれ!!』

ポン♪

君塚『私、初恋でも、もう少し動けると思うんだけど…』


 

これは、世界のバグに巻き込まれた、名もなき脇役モブたちの物語。  


 自分たちも安心して青春を送るために、最強に面倒くさい「推しカプ」の恋路を全力で支援する、涙ぐましくも馬鹿馬鹿しい奮闘の記録である。


 それでは、スマホの画面を覗いてみよう。  彼らの悲痛な作戦会議は、もう始まっていはず――。

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