D.iary-20火山を引き裂く少女と、冥王代の誓い
アンカーに触れた刹那、白い光球が爆発的に拡散し、セシリアの全てを飲み込んだ。
光が引き、彼女は猛然と気付いた――指先に握っていたはずの手が、消えていた。
ノアが……消えた?
その瞬間、彼女の感知システムが全開になった。心拍、脈拍、呼吸……全てがゼロに帰した。
「なぜ……?」
浮かんだ第一の思考は、破砕に近いものだった。
「さっき手を繋いでいたのは……私の考え(イマジネーション)?」
論理の鎖が光の中で断ち切れ、また再結合する。
「私は……時域の中で思考していた?」
信じ難い。困惑。驚愕。人間的な感情に近い波動が、彼女の意識の中で層を成して広がる。
目の前の光景が秩序を失ったかのように急速に切り替わり始めた。
最初は深邃で果てしない宇宙背景――感情を含まず、時間を含まない、ただ静寂な黒。 一般人にとっては心を震わせる図景だろう。 だがセシリアにとっての第一反応は――異常(エラー)。
彼女の視覚モジュールが解像度を能動的に調整し、データが自動解析を開始する。
【宇宙背景放射:異常】 【時空構造:定義不能】
次の瞬間、視界が真っ赤な光で満たされた。一つの恒星が彼女の前で膨張、収縮し、その状態変化の速度は通常の恒星進化を遥かに超えている。 彼女は迅速にデータを捕捉する。
【スペクトル:不連続。主系列星または退化星の特徴と不一致】 【エネルギー変動:周期的振動を確認】 【判断:非実体天体。時域が生成した象徴的構造と推測】
恒星が振り切られ、画面は数個の惑星を連続して掠めた。 表面は荒廃し生気がなく、灰土に覆われ、ガス層は崩壊している。
【惑星地貌:統一して退化傾向を呈する】 【軌道配列:いかなる安定した星系構造とも不一致】 【物理法則:多数の矛盾/時間逆行の投影と推測】
惑星の数は減り続け、ついには散乱した灰色の残像だけが残った。
次の瞬間――まるで全ての構造が同時に支えを失ったかのように、目の前の光景が薄膜のように引き裂かれ、定義不能な光流となって砕け散った。
時間はもはや線形に運行せず、器からこぼれた液体のように、四方八方から雪崩れ込み、彼女の目の前で徹底的に開かれた。
セシリアは静かにその混乱した時間の洪水を注視する。データが彼女の視界の中で高速に跳躍する。
【時系列:アンカー区間】 【状況:進入許可】 【構造:ゼロへの回帰傾向】
彼女は小声で読み上げた。
――『最初の空白のアンカー』
彼女は手を上げたが、触れなかった。 不可能なのではない――すべきではないのだ。 最も原始的な起点に到達してこそ、そこでノアを待つことができる。ここでもう一歩進めば、彼女はアンカーに巻き込まれて新たな時間流に入り、そうなれば二人の軌跡は徹底的にすれ違う可能性がある。
だから、彼女は静止を保った。時間の洪水が足元から湧き出し、光景が崩壊しては再構築されるのを任せるままに。
待つ。沈着に、冷静に待つ。 ただ、あの最初の空白の中で、彼と再会するために。
溢れ出した時間流が次第に収束し、本来洪水のように奔流していた光が逆流し、折り畳まれ、合流する。
これはアンカーが終結しようとしている前兆だ――万物はゼロに帰し、全ての経路(パス)がここに収束する。
セシリアの視線が微かに明滅した。
――「ここです」
躊躇いもなく、停滞もなく。 時間が完全に閉じるその一瞬前、少女は手を伸ばし、その次第に止まりゆく流水に触れた。指先が落ちた刹那――世界全体が砕けた鏡のように割れ、光と影が無数のテクスチャとなって引き裂かれた。
次の瞬間、彼女の姿は強光に飲み込まれ、より深い場所――起点の起点へと墜落した。
彼女を包んでいた光の幕がゆっくりと消散し、最後の一層の薄膜が微風に吹かれたかのように砕け散った。
目の前の世界は、一瞬にして刺すような深紅色に徹底的に水没した。 それは灼熱、脈動、視界を焼き尽くさんばかりの紅光。
セシリアのシステムは第一ミリ秒で自動的に起動した。
――「直ちに現在の環境に対し分析を実行」
データストリームが彼女の体内で急速に奔流し、感知モジュールが全開になる。
温度:超臨界。 大気組成:高濃度の硫化物と火山性ガス。人類の生存は不可能。 地表状態:溶融状態の岩漿(マグマ)比率92%。固体岩盤の安定性極低。 空間構造判断:……
ここまで分析して、セシリアの視線が微かに上がった。
彼女はようやく周囲を「はっきりと見た」――煮え滾るマグマは燃える海のようで、巨大な気泡が深部で破裂しては再生する。岩漿の噴出柱が遠くでのた打ち回り、炎のように天蓋を引き裂いている。 彼女の足元にあるのは、固体岩石の結晶と液状融体の混合物だ。
――ここは、火山の核心腔室(チャンバー)。
「……アンカーは、私をここに送った?」
セシリアは激しく脈動するマグマの湖を注視した。全ての熱波が顔に吹き付けるが、彼女に何のダメージも与えることはできない。 だが彼女の思考は、軽微な収縮を起こした。
なぜなら、彼女は即座にある事を認識したからだ。 ここは生物が絶ッ対に生存不可能な位置である。保護プログラムがあるとはいえ、このような極限環境ではノアも長くは持たない。
つまり――ノアは絶ッ対に、このような場所にいてはならない。
「……ノア、貴方はまた何処へ墜ちたのですか……」
少女は頭を上げ、火紅の天蓋を凝視した。 次の秒、彼女は一歩を踏み出し、足元の結晶がそれに伴い砕け散った――彼女はこの沸き立つ岩漿を突破するつもりだ。
灼熱の火の海が彼女の周りで割れ、彼女の影は流動する火光の中を確固として進む。
――唯一の存在を探すために。
次の瞬間、セシリアは解放された光の束のように、火口から空を破って飛び出した。 灼熱の気流が彼女の背後で猛烈に巻き起こり、続いて、火山全体が天地を引き裂くほどの咆哮を上げ、岩漿の柱が天を衝き、まるで神が唐突に下した天罰のようだった。
一条一条のデータストリームが彼女の視界に浮上し、拡散し、再構成される――大気成分、温度勾配、磁場強度、放射線レベル、生物痕跡……全ての情報が迅速に抽糸剥繭(分析・解明)されていく。
最終的に、結論が出た。
「第一紀(The 1st Era)――到達」
彼女の瞳孔が微かに収縮し、光芒は深く冷静になった。
「確認:冥王代(Hadean Eon)の地球」
荒涼、暴虐、原始の世界が彼女の前にゆっくりと展開する。
少女は静かに空中に浮遊していた。まるでこの原始の天地とは相容れないかのように。 周囲に渦巻く塵は終わりのない灰の幕のようで、彼女の視線をぼやけさせ、世界の輪郭を遮蔽している。 しかし、未来に必ず訪れるその再会のために――彼女はまず、この全てを一掃しなければならない。
次の瞬間――銀白の影が唐突に暁の光と化し、浓烟と暗紅色の空を引き裂いた。
彼女はまるで冥古の大地が自ら鋳造した流星のように、重苦しい闇の中に一筋の眩い軌跡を描き出した。
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