第12話「贈り物」
ミルファーレ村での暮らしは、リディアにとって驚くほど穏やかで楽しいものになっていた。
王都にいた頃、広い部屋にいても心は窮屈だった。
王太子の婚約者に選ばれたことそのものが、重責だったのだ。
公爵家や侯爵家の娘が多くいる中、伯爵家の自分が選ばれた。
妬みや嫉みを受け、常に誰かの視線にさらされていた。
さらに、王太子妃としての務めを学ばねばならなかった。
政治に疎いレオンに代わって、多くの書を読み、礼儀作法も完璧にこなそうとした。
その忙しさと責任感が、彼女の表情を硬くした。
――そして、人々はリディアを「冷たい女」と呼ぶようになった。
だが、ミルファーレ村にはそんなものはない。
生きていくこと自体が大変で、だからこそ人は助け合う。
人間としての温かい営みがここにはある。
素直になれない若い男女の恋愛模様。
老夫婦の信頼に満ちた夫婦喧嘩。
明日を信じて疑わない子供たちの元気な遊び声。
それらを聞いていると、リディアはつくづく「楽しい」と思うのだ。
王都にいた頃のような贅沢はできない。
また、王都ほど物が豊富でもない。
それでもリディアは、心が満たされていた。
そんなリディアがここに来るまでの間に拾った聖獣、ルナ。
ルナは子供たちに人気で、よく一緒に遊んでいる。
それでもルナはリディアに一番懐いているので、リディアも子供と遊ぶことが多い。
子供はよく怪我をするものだ。
この村の人々に受け入れられるようになったのも、子供の怪我を治したことだった。
その時はルナの力で治したが、その後は惜しみなく王都から持ってきた薬を使った。
「痛いよお、リディアお姉ちゃん」
また女の子が転んで膝から血を出している。
「はいはい、薬を塗ってあげますから泣かないの」
元気な子供を微笑ましく思いながら、リディアは手当てをしてやった。
「……薬ももう終わりね。ここら辺じゃこの薬は売っていないし、どうせ今の私ではこんな高価なものは買うこともできない。薬草の知識を仕入れなくちゃ」
リディアは、そう呟きながらルナと子供たちが遊んでいるのを眺めていた。
その三日後、リディアが農作業の手伝いに行こうと扉を開けると、小さな包みが置いてあった。
それは、リディアが使い切ってしまった薬だった。
「なぜこんなものがここに?」
誰が置いたのだろう。
村人の親切かとも思ったが、ここでこんな薬を手に入れられる人がいるはずがない。
リディアは、ガロにも聞いてみた。
元貴族のガロなら、この薬を入手できるかもしれない。
「俺じゃねえよ。俺だったら何も夜中にこっそり家の前に置く理由がねえ」
「そうですよね。全然心当たりがなくて」
父や母からかとも考えたが、それなら薬だけというのはおかしい。
薬がなくなった途端に置かれていたことにも説明がつかないし、こんなことをするなら手紙くらいつけてもいいだろう。
何より、厳格で忠誠心の厚い父は罪人の娘にこんなことはできないだろう。
本心では心配していてもその素振りを見せない、それが父なのだ。
リディアがそんなことを考えている間、ガロはその薬を調べていた。
「特に怪しいことはなさそうだな。お嬢ちゃんに危害を加えるつもりかもしれねえと思ったんだが」
ガロはすっかりリディアに心を開き、今では「お嬢ちゃん」呼びをするようになっている。
「この薬は私よりも子供たちにばかり使っていますから、子供たちが先に危ない目に遭ってしまうわ」
「だが特に問題はない。安心して子供たちに使ってやんな」
「ありがとうございます」
リディアは、ガロにお礼を言った。
そして、心の中で誰かわからない贈り主にも感謝の気持ちを告げた。
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