第10話「信頼の灯」

激しい雷鳴と共に、黒雲が山を覆いはじめたのは午後のことだった。

リディアは村の子どもたちと山間の植物を観察するため、小屋近くの斜面に来ていた。

天気は安定していると思われていたが、予期せぬ嵐はあっという間にその予測を裏切った。


風がうなりをあげ、冷たい雨が大地を叩く。リディアは子どもたちの手を取りながら、急ぎ小屋へと戻った。

木造の簡素な避難小屋は風に軋みながらも、雨をしのぐには十分な頑丈さを保っていた。


「みんな、落ち着いて。ここなら安全よ」


怯えた子どもたちの中には泣き出す子もいた。雷鳴が響くたびに肩をすくめる彼らに、リディアは自らの外套を脱ぎ、濡れた体を包んであげた。

そして持っていた火打ち石で焚き火を起こすと、薪を積み上げ、温もりを作り出す。


「寒いね。でも、火があるから大丈夫」


彼女の手際は落ち着いていた。実は以前、騎士団の救護訓練でこういった場合の対処方法を学んだことがある。その程度には、ゼノとの関係は良好なものになっていた。

リディアは雨具を壁に張て漏れる雨を防ぎ、濡れた服を乾かす。

子どもたちに少しずつ落ち着きを取り戻し始める。


「リディアさま、怖い……」


一人の幼い子が、ぽつりと漏らす。

リディアはその子をそっと抱きしめ、焚き火の明かりの中で静かに語りかけた。


「私も、昔は怖がりだったの。何もできなくて、祈ることしかできなかった時期があったの。

でもね、祈るって、ただ助けを求めることじゃないの。自分が何を大事にしているかを、思い出す時間なのよ」


子どもたちは黙って、リディアの言葉に耳を傾けていた。

雨の音に混じって、彼女の低く柔らかな祈りの声が、火のゆらめきと共に心に沁みていく。


一方その頃、村ではリディアたちの帰りが遅いことに気づいたゼノがすぐさま捜索隊を編成して出発していた。

険しい山道を懸命に進み、濁流となった小道を乗り越えていく。


「リディアがあの子たちを見捨てることはない。きっと安全な場所を見つけているはずだ」


ゼノは冷静に、だが一瞬たりとも足を止めず、焚き火の灯りを探して進んだ。


そして夜の帳が落ちる頃、小屋にたどり着いたゼノの目に飛び込んできたのは、揺れる焚き火のそばで身を寄せ合う子どもたちと、その中心に座るリディアの姿だった。

静けさの中、誰もが火を見つめながら、安心しきった顔で温もりを受け取っていた。


ゼノは言葉を発さず、ただ頷いた。その場の空気が、どれほど彼女の落ち着きと優しさによって守られていたのかを感じ取っていた。


「ゼノ……ごめんなさい。もう少しで戻るつもりだったけど」


「……いや。よくやった。全員、無事で何よりだ」


村へ戻る道中、雨はすでに止み始めていた。

ぬかるんだ地面を一歩一歩確かめるように進む子どもたちの表情には、まったく不安は見えなかった。

その夜、村に戻った子どもたちのうち一人がぽつりと口を開いた。


「リディアさまと一緒だったから怖くなかった」


それに続いて、他の子どもたちも頷いた。「リディア様といると、安心できる」「怖いのがなくなる気がする」


その言葉にリディアは目を伏せ、小さく微笑んだ。

自分の中の痛みも過去の失敗も、こうして少しずつ、誰かの役に立つ形に変わっていくのだと実感する。

焚き火の炎は消えたが、その夜ともった信頼の灯は、心の奥で今も静かに燃え続けていた。



その頃、リディアのいない王都では不穏な空気が流れ始めていた。

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