『透明になる前の私』

@Thoma_Smith

第1話 プロローグ

『透明になる前の私』


私は、

“ちゃんとしてる子”だと思われてる。


クラスの空気は読めるし、

友だちの機嫌の変化にも気づく。

部活でも問題を起こしたことはないし、

親からも「しっかり者」って言われる。


でも。


夜になると、胸の奥が少しだけ痛くなる。

原因はわからない。

だけど、その痛みだけは嘘じゃない。


まるで、

自分の中に“もう一人の私”がいて、

その子だけが小さなSOSを出してるみたいだった。


——聞こえてるよ。

でも、どうやって返せばいいのか分からないんだ。


そんな感じ。


この前なんて、

友だちが話してる間、笑って相づち打ちながら

私の心はぜんぜん違うところを歩いていた。


「わかる〜」

と言いながら、

“何が?”って自分に問い返してる。


その「ズレ」に気づいた時、

ちょっとだけ怖くなった。


私って、

“自分”はどこにいるんだろうって。


世界には「正解」があるらしい。

大人も、先生も、先輩も、みんな言う。


でもその“正解”を信じている人ほど、

なんだか苦しそうにも見える。


じゃあ、あの苦しさを飲み込んでまで

“正解”って必要なんだろうか。


私も、その一歩手前に立っているような気がする。

足を踏み出したら、

きっと私も同じ顔になる。


だから私は足を止めた。

動かないことで、初めて気づいた。


——あ、これ。

私、ずっと自分の本音を置き去りにしてたのか。


その瞬間、

世界が一枚、薄い膜みたいになって

すこし透けて見えた。


今いる教室も、

笑ってる友達も、

スマホ画面の向こうの“評価”も。


全部、本物で、全部、同時にうすい。


なのに、自分だけがぼやけている。


“私って、どこにいるの?”


その問いが、

本当の私への入り口だったことを

この時はまだ知らない。


夜の窓に映る自分を見ながら、私は思う。


「このズレを、ちゃんと見つめてみよう。」


逃げるのはやめた。

だって、本当はずっと気づいてたから。


誰かの期待でできた私じゃなくて、

ちゃんと“私が見ている私”を、取り戻したい。


——ここから、静かな冒険が始まる。

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