リンゴ竜神爆誕!

武内 ヤマト

第1章 リンゴ様のお通りでい!

1-1 林檎が赤く染まるとき1

ある日の夜のこと。


「逃げろ!」

「ちくしょう! なんで、こんな……ッ!」

「誰か、助けてッ!」


 都の至る所から聞こえてくる断末魔の叫び。つい数秒前は居酒屋が賑わい、帰りが遅くなった夫を叱る妻の声が聞こえていた。その中には夜更かしした子どもがいつもより強く感じる月光に身震いする声も混じっていた。


 赤の国の首都――赤の都を存在そのものが災害級の化物である九頭竜くずりゅうの一頭――天空竜てんくうりゅうが襲った。強大な力を秘めた巨大な白銀のドラゴンは瞬く間に都を半壊させ、最高階級のゴールド、中級クラスのシルバー魔術師の命をほおむった。


 あわや都が地図から消滅すると思われた時、彼が現れた。


 赤の都を、いや、赤の国を治める英雄にして最強の魔術師五代目赤の王。


「王だ!」

「五代目様が来られたぞ!」


 民衆は赤の王の姿を見るや顔色に血色が戻り、声には希望が纏われていた。


「みんな下がって! コイツを出来るだけ遠い所にテレポートさせる!」


 赤の王はそう言うや魔術師たちの前から忽然こつぜんと姿を消した。と思えば、いつの間にか天空竜の額の上に立っていた。これが魔術師最速の『迅雷じんらい』の異名を持つ男の初速である。だが、その口元にはすでに血が流れていた。


「四代目様! 後を頼みます!」


 次の瞬間、今度は天空竜ごと五代目赤の王の姿が消えた。


「これは五代目様の――『標的瞬動マーキング・ポイント』――か」


 数秒後、凄まじい衝撃波が音を置き去りにして半壊した赤の都を襲った。


 これが四代目と精鋭の魔術師たちが見た英雄の最後の雄姿である。


「五代目、お主……まさか!」


 四代目はすぐに護衛役を引き連れて轟音がする方向へ走り出す。

だが、遅かった。


 五代目が『標的瞬動マーキング・ポイント』で瞬間移動した場所に到着する頃には、全てが終わった後だった。


 そこに漂うのは不気味な静けさだけ。先程までの騒然とした空気は見る影もなくなっていた。


 絶対に見失うはずのない巨体を持った白銀のドラゴンが姿を消した。ここまで来るまでドラゴンが飛翔した影も形跡も見られない。


 ただそこにあるのは小さな祭壇と二つのむくろ


「封印したのか。あの天空竜を。それも命を代償とする禁術を使って……」


 そう。赤の王は自らの命を犠牲にして天空竜を封印したのだ。こうして白銀のドラゴンによる被害は最小限に抑えることが出来た。


 しかし、失ったものも大きかった。


 四代目は天空竜が封印された思われる依り代を回収するためゆっくりと歩みよる。


「おぎゃあああああああああ! あああああああああん! ああああああああああん!」


 けたたましく鳴り響く目覚まし時計のような鳴き声。いや、泣き声。


 小さな祭壇の中心にうずくまるのは生まれたばかりの赤子だった。


「おお。よしよし、もう大丈夫じゃぞ」


 隠居した身とは言え赤子が独りでうずくまり、泣いているとなればすぐに抱きかかえてあげるのが父性というもの。


 だが、護衛として四代目の周りにいた魔術師たちの考えは違った。


「四代目様、危険です! 離れて下さい!」

「その腹の封印式……間違いありません! その赤子の中には先程のドラゴンが……ッ!」

「ここで殺さねば、今度こそ都は滅んでしまいます!」

「四代目様!」


 護衛たちの声を聞いた四代目は祭壇のすぐ隣で永遠の眠りについた黒髪の男性と赤髪の女性に目を向ける。二人とも目元には涙が流れており、腹部には大きな刃物で貫かれたようなあとがあった。


――命をして都を、国を守り、自分の子どもに未来を託したのか。


 四代目は瞬時に五代目の真意を理解し、そして、命令を下す。


「これよりこのコの正体については一切の他言を無用とする。漏らした者には重い罰を与える! 命を絶つことも絶対に許さん! よいな!」


 こうして赤子は何も知らぬまますくすくと育ち、そして、都の皆から忌み嫌われ孤独という地獄を味わうのだった。


☆☆☆☆☆☆


 十二年の月日が流れた。


 入学試験に五度落ち、六度目にしてようやく合格をもらえたが『補欠』合格だった。それでも合格は合格だ。その喜びを誰かと分かち合いたかったが、耳に入る言葉と言えば、


「なんであのコが?」

「ズルしたんでしょ?」

「あの悪ガキ、他の子たちの邪魔にならなきゃいいがな」


何か言い返してやろうかと思ったが止めた。言い返せば悪口を言ってきた奴らと同じになってしまうから。だから代わりにその辺で拾った生ごみ入りのゴミ袋を投げ飛ばしてぶちまけてやった。


 そんなことをしていた自分もいよいよの卒業試験だ。


 十二歳になった少女――リンゴは背中の辺りまで伸びたぼさぼさの黒髪を後ろで結び、気合十分と言った面持ちで二名の教員の前に立つ。


「それでは卒業試験を始める。試験内容は初級魔術の成功だ」


 一人の教員が仏頂面で言う。違う。リンゴが合格できないと心の底で思いながらさげすんでいる。


「リンゴ、落ち着いてやるんだぞ」


 もう一人の教員――ヨイバネはリンゴをあやすように言う。リンゴの担当教員になり六年という時間の中で彼女がひたむきに努力する姿を何度も見てきた。もちろん過ぎた悪戯に対して拳骨に特大お説教コースも何度もしてきた。


(ああ、思い出すとちょっとイラっとしてくるな。全く、ホントにお前って奴は……)


 ヨイバネは微笑みながら教え子の雄姿から目を離さない。


 リンゴは頷き返すと百メートルほど離れた場所にある的に身体ごと向ける。


 百メートル。これは攻撃魔術の射程距離として最も標準的な距離であり、必要不可欠な距離だ。これが出来なければ魔術師として名乗ることはできない。もちろん百メートルを維持するだけなら身体に魔力を纏って的を殴り飛ばしてもいい。


 そもそもリンゴの身体能力は魔術学校でも飛び抜けている。魔術や魔力を纏わずとも素手で的を叩き壊すのは簡単なことだ。


 ただそんなことをすれば魔術の評価としては最低クラス。何せただ破壊しただけなのだから。合格するにはやはり百メートル先の的まで攻撃魔術を当てなければならない。


「集中、集中……」


 リンゴは深呼吸をして精神を落ち着かせてから両手を前に突き出す。


 体内を巡る精神エネルギーと体力。それらを混ぜ合わせることで生まれるのが魔術の源である魔力。


「……よし」


 リンゴは目を開け、生み出した魔力を循環させて両掌に集める。だんだんと掌が温かくなっていくのを感じる。それが確かな熱さに変わったところで魔術を発動させる。


「――『火球ファイヤー・ボール』――ッ!」


 炎属性の初級魔術にして試験に合格したほとんどの生徒が放った魔術だ。


 魔力も十分に込められた。今までは発動すらしなかったが、ようやっと両掌ではおさまらないほどの大きな火球を作り出すことができた。


 あとは放つだけ。なのだが、


「あ、あれ? 嘘、飛んでいかない!」


火球はまるで吸着したようにぴったりと両掌にくっついていた。そう。文字通りくっついていた。


「あ、熱ッ! あちちち!」


 ついに火球の火の粉がリンゴを襲い始めた。


「リンゴ、落ち着け!」

「口出しはいかんぞ、ヨイバネ」


 ヨイバネの隣に座る教員が眉間に力を込めて静止させる。


 正しいのは教員の方だ。試験担当者が助言をするなんて論外だ。


 ヨイバネは今にも飛び出したい気持ちを抑えながらリンゴを心配そうに見つめる。


(あと十秒、いや、五秒待ってもダメなら……)


 ヨイバネは右手に魔力を集め始める。


 十三秒。


 それがヨイバネの我慢の限界であり、リンゴがびしょびしょになり両掌に火傷を負った時間である。

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