ドアと窓のその向こう

八月休希《やつき やすき》

ドアと窓のその向こう

 ドアを開き教室に入ると俺はがっかりした。机は二つしかなかった。

 新入生のクラス分け表では、俺とフェアリーペンギンのツバサは同じクラスだった。ということはペンギンはおろか、飛べない鳥は俺達二羽だけということだ。中学や小学校では他にもニワトリやエミューがいて、床の上の机派閥と天井に吊るされた止り木派閥は拮抗していた。

 大きい方の机に鞄を置く。すぐにツバサも教室に入ってきた。

「ゴロー、ぼくたちだけだね」

 小さなツバサは、小さな机を撫でる。

 俺達ペンギン種は座る習性はない。むしろ足の骨は体内で折りたたまれているため、いつも座っているといってもいい。だから椅子はない。

 窓から次々と他の生徒も教室に飛来した。それぞれ自分のと思わしき止り木に止まる。

 そして、俺達のことを見下ろした。


* * *


 小学校の先生はクラスメイトの児童たちにこういった。

「持って生まれた特徴や性質、外観や種族を笑ったりバカにしてはいけません。本人が努力して直せることではないのですから」

 俺は、そんなことはないと思った。出来ることと出来ないことはもちろんあるだろう。出来ることならやってやろう。そう思ったのだ。そんなある日、テレビで「フライ・スカイ・コンテスト」を観た。手作り飛行機で湖の上を飛ぶコンテスト。これだ、と思った。

 飛べない鳥は校舎に入り、階段を登り、教室のドアから入る。飛ぶ鳥なら階段を苦労して登る必要はない。

 飛行機を作って、朝の登校で窓から颯爽と教室に入ってやる。鷹のフランク、カラスの九郎の他、バカにしてくるクラスメイトを見返してやる、俺はそう考えた。

 でも、カワセミのミーちゃんには敵わないだろうな。飛行機でホバリングはできない。

 算数や理科が得意だった俺は、飛行の原理やコンテスト優勝者の機体を一生懸命調べ学んだ。そして飛行機の翼は窓から入れるような大きさには到底ならないことと、すぐに悟った。窓から入ろうと思ったら、ジェットエンジンでも背負わないとならない。さすがにそれは作れる気はしなかった。

 俺は、飛行機なんて、と諦めてしまった。


* * *


 中三の秋、俺とツバサは同じ高校を目指すことを誓いあった。受験勉強の息抜きに満月を見ながら団子を食べながら。

 その時にツバサが呟いたんだ。

「高い空で見る満月はどんなだろうな」

 煌いている街の明かりと、その上で輝く月は美しいんじゃないかな、と言った。見てみたいな、とも。

 ツバサは、飛ぶことに憧れている。名前のとおり飛びたいと思っている。その思いは純粋だ。

 フランクに見返したいなんて考えていた子供の頃の自分がひどく矮小なものに感じた。

 飛行機の勉強を思い出す。

 そうさ、俺だって飛んでみたいんだ、空を。フランクとか関係ない。

「いつか見せてやるよ」

 俺はその時、そう言いたかったんだ。


* * *


 ドアを開き、教室に入った俺は。

 二つしかない机を見た俺は。

 「いつか」が来た、と窓を見た。

 その先の青を。


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ドアと窓のその向こう 八月休希《やつき やすき》 @yasuki3

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