第11話

高一の夏。

ウィーンに拠点を置いていたピアニスト永井 理人の、五年ぶりの日本公演。

あのレッスンは、コンサートの準備の合間だった。


その前の年、彼が音楽で関わった映画が世界的に大きくヒットし、そのコンサートチケットは日本では異例の即完だった。


販売開始の一時間も前からパソコンの前で臨戦体制をとる母さんの姿に、(離婚して十年も経つのにな……)と、思ったけど言わなかった。

母さんは、熾烈な戦いを制して三枚のチケットをゲットした。

母さんの分と、僕の分と、母さんの恋人の分だ。

嬉しそうに小躍りする姿に、

「いいの?デートが、子連れで元夫のコンサートなんて」と呟くと、

「まだまだ子どもね。いいのよ、わかってくれてるから」と小突かれた。



が。

あのレッスンの日。

帰りがけ、リヒトは僕に、一通の封筒を渡した。


中には、チケットが一枚。

「ヒナコさんには見られたくないんだ。お前は……まぁ、この道に来るなら見届けにおいで」

と、リヒトはそう、寂しそうに呟いた。



あの頃にはもう、自覚症状があったのだろう。

リヒトが薬指を失ったのは、その三年後のことだった。

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